お助けラジオ
「それで、何の話でしたっけ。」
ふと、猫実さんがノートの白いページを覗き込む。そこには何も書いていないのに。
「あの、文化祭の話です。」
猫実さんに聞こえない声を聞く。巧は、その言葉に強く囚われているというほど考え続けていた。難聴の自分が、自分と同じような境遇の主人公を小説で書く。その気持ちに、それほど強い使命はなかった。ただ、言葉にできないままでいることに納得がいかなかった何かが心にあった。言葉にされないまま、忘れ去られてしまうのではないか。そんな思いが巧の中にあった。それをうまく書けているかどうかは別の話だが、とにかくペンを動かさずにはいられなかった。
誰の声を聞いていたのだろう。
巧は思い出す。初めて小説を書き始めた瞬間を。何度も思い出した、あの甘酸っぱいような感触を。今まで、形がなかったものが言葉を纏い、輝き出す瞬間を。自分の弱ささえ、語ることができるのだ。
「文化祭の前に、一度、宣伝をするのがいいと思います。同じ形式で。」
猫実さんは、ストローに口をつけたまま唖然とした。うつむいた姿勢から、そのまま首を曲げて巧に丸い目を向けている。
「例えば、昼休みにお悩み相談をラジオ形式で生放送するとか。」
「おおっ」
猫実さんが、椅子から飛び跳ねる勢いで喜んだ。巧の心にもどうしょうもないぐらい甘い思いが広がる。どうして、彼女が喜んでいるだけでこんなに嬉しいのだろう、と不思議になるぐらい猫実さんの動きの機微が直接自分の心に突き刺さってくる。
「あっでもそれ楽しくないな。僕は聞こえないから。」
「う〜ん」
猫実さんが腕を組む。
「あ、文字に起こして新聞にします。」
「新聞部にお願いしますか。」
そこまですることだろうか。他の部活にお願いすることになりそうになって巧は躊躇する。そもそも、自分のように聞こえない生徒が他に学校にいるのだろうか確認してからするべきではないか、と思った。
「最初から、聞こえなくても楽しめることをするべきかなあ。お助け部だけで新聞作るとか。」
新聞を作ってアピールするのは前にもやったことがある。しかし、他の生徒の声が返ってこない。猫実さんも、考えて言葉を探している。頭の回転が、遅くなるのを感じると、自然にため息とあくびがでた。
「時間はあるので、考えていきましょう。」
猫実さんも、伸びをした。伸びているのだが、もともと小柄なので伸びている感じがしない。何だか、突然手を伸ばして何かを掴むような仕草をした。
「でも、お助けラジオはやりましょう。」
「そうですか。」
巧は、意外に思った。自分が考えていたことがすぐに形になるとは思わなかった。何をするべきかは、もう色々な人が選択肢を考え尽くしていて、そこから選ぶだけであると思っていた。もし、自分が言わなければ何もできなかったことになる。そう思うと何となく、チームに貢献した気持ちだ。
「初めから、巧さんが言ったようなことをしたいと思っていたので、やってみて損はないですから。」
猫実さんは、そう言い切って少し微笑んだ。その目には自信が満ち溢れていた。こうなったらもう、彼女を止めることはできないだろう。巧は何となく直感した。




