泣いたら泣いた分
カフェには、陽気な音楽が流れていて、聞いているだけで心地よい。巧には歌詞は聞き取れない。おそらく英語で歌っているだろう。ガラス張りの店内からは、街を歩く人たちが見える。目の前には猫実さんがノートを見て考えている。時々、アイスコーヒーのグラスについた水がたらりと落ちる。巧は、夏でもホットコーヒーだ。何となくあったかい方が美味しい気がする。ゆっくり冷ましながら飲むのが好きなのかもしれない。
「ホールでやるってどういうことですか。」
「もちろん、皆さんの前でお悩み相談するのですよ。まあ、悩みを聞くだけでもいいですし。」
何だか、不思議な画になりそうである。巧は、軽音部や演劇部の幕間に、お助け部という謎の名前の部活が何やらお客さんを前に雑談をする光景を想像した。
「いいんですか、それで。」
「それ以外に何かありますか。」
猫実さんは、開き直っているのか本心なのか、ノートの新しいページを開いた。
「まず、猫実さんが文化祭でしたいことを教えてください。」
「したいこと。」
うーんと猫実さんが、あごに手を当てて考える。久しぶりにこのポーズを見て巧は自分も頭かせ回転してくるのを感じる。何だかいつものお助け部の部室に戻ったみたいで楽しい。
「まず、皆さんにお助け部の存在を知ってもらうことです。」
猫実さんは、ノートに書きながら応えた。カフェに清涼な声が通る。
「いくら、人助けといっても助けてほしいという人の声を受け入れなくてはなりません。」
巧は、猫実さんの目を見る。ずっと見ていられないほど、眩しかった。
「僕は、猫実さんのことを信頼しています。だから、一緒にいると気が楽なんだと思います。」
「そうですか。そういってもらえると嬉しいです。」
猫実さんは少し、恥ずかしそうに俯いた。巧も一緒に赤くなる。
「猫実さんの言葉を今でも覚えています。「助けて」と言えないことは不幸だって。」
「はい。」
「だから、お助け部も、そういう人たちが気軽に来られるような場所にしないとですね。」
「はい。」
猫実さんは、また強く頷く。
「巧さん。」
しばらくの沈黙の後、猫実さんは少し真面目になって巧を見た。
「私がこんなこと、言ってもいいんでしょうか。」
巧は、まっすぐに見つめられて鼓動が早くなってくる。耐えられなくて、コーヒーの水面を見た。
「巧さんには、私には聞こえない声を聞いてほしいです。」
「それは。」
「巧さんに会うまで、私は自分の生きている世界が普通だと思っていたんです。」
猫実さんは、何かを思い出すように虚空を見た。手を膝に乗せて、机の上に視線を当てて。
「でも、私の生きている世界と巧さんの生きている世界は違うんだとやっぱり思います。」
巧は黙って彼女の言葉を聞いていた。聞き逃さないように、ずっと見つめていた。
「私は、多分生きている世界が違っている人のことも助けたいんです。」
猫実さんが言っている世界とは、何だろう。巧は考えた。目の前に座っているのに自分たちは違う世界に生きている。当たり前が違う世界に。違う日常を生きているし、今まで生きてきた。
「だから、巧さんには色々なことを教えてほしいです。」
巧は、頷く。
「想像したいんです。きっと私の想像は間違っているだろうけど、想像して、その想像を超えていきたいです。」
猫実さんは、そこで黒いストローに口をつけた。巧は、自然に言葉が溢れてきた。
「猫実さんが何を見てどう感じているかを僕が知ることはできません。」
いつものように声が震える。猫実さんが聞いていると思うとなおさら。けれど、猫実さんにはなぜか自分の言葉が素直に届くような気がする。何を言っても、笑ってくれる気がする。
「それなのに、人を助けるって本当におせっかいで厚かましいと思います。でも、」
巧は急いで言葉をつないだ。
「僕は、自分が感じた辛いことを辛いままで終わらせたくないんです。だから、もし誰かが悲しそうにしていたら手を差し伸べると思います。そういう人になりたいです。そうじゃないと、意味がないじゃないですか。」
「それでいいんだと思います。人を助けるって本当に、なんか傲慢な気がします。でも、私たちは困っている人を見てどうしても辛くなるじゃないですか。泣いたら泣いた分、優しくなりたいじゃないですか。」
「そうですね。泣いたら泣いた分、優しくなりたい。」
何だか、その言葉が自分の心に拠り所をくれたみたいに思えた。心が温かくなってどうしょうもなく緩む。
「ああ、お助け部っていう名前、変えたいなあ。」
猫実さんが、真剣なのかふざけているのか頭を抱える。
「じゃあ何て変えるんですか。」
巧は、笑いながらきく。
「うーん、見守り部?」
猫実さんは、首を傾げて巧を見た。しばらくして、二人で笑った。




