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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十二章

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第八十八話 諦め悪く

 一見何もない空中に小さくない亀裂が入っていた。

 そこに向かい、大きな甲冑が体当たりを食らわせる。すると空中に入っていた亀裂が更に大きくなっていき、遂には硝子が砕け散るような音を響かせた。

 砕けたのは魔法により造られた空気の壁。

 支えを失った恐怖からか、床にしゃがんでいた少女は甲高い悲鳴をあげる。


「ひゃわぁっ!」

「ブロック」


 その悲鳴を打ち消すように力強い声があがった。

 アンナがすぐに魔法を発動し直し、新たな防御壁を展開したのだ。

 とはいえ、危機が去った訳ではない。

 中身の無い鎧武者は新たな壁をも壊そうとして猛然と襲いかかってくる。


 普段ならば静かで平穏な書庫は今、その場にいるだけで不安と恐怖を募らせるような修羅場と化していた。


 そんな状況に余裕を削られ、汗を浮かばせる透人はうめくような弱い声で呟く。


「んー……どうするかな……」


 襲いくる鎧武者を相手取る彼ら三人は苦戦を強いられていた。

 戦国時代の甲冑そのものの姿をした襲撃者は、重厚かつ堅固で剛力を誇る強敵だ。

 そんな相手でも戦闘開始当初はこちらが優勢だったのだが、徐々に形勢は傾きつつある。


 壁を造っても時間がかかるとはいえ破られてしまう。空気弾をぶつけたり硬化したショルダーバッグで殴ったりしても多少バランスを崩す程度だ。脆くする魔法を使えば破壊出来ない訳ではないが、そうしたそころでまた新しい無傷の鎧が投入されてしまう。

 重力を増加する魔法も、動きを封じ込むには何回分も重ねがけしなければならないので効率が悪い。

 その上戦場となった書庫が狭いので有効に使える魔法が限られていて戦いにくいのだ。


 今は念のために硬化したビー玉を床にばらまき、空気弾等との会わせ技で転ばせたりといった小細工でなんとか凌いでいる。

 大きな甲冑は場所をとるので、一度に攻めてくる数は少ない。だから壊さず動きを封じた方が効率よく守る事が出来るだろうという判断だ。

 ただしそれは時間稼ぎに過ぎない。しかもいつまで保つかは不明。このまま疲労が蓄積し集中力が低下していけば、形勢の悪化は避けられない。

 いつ崩壊してもおかしくないような危うい均衡である。


 こういう場合は情報を整理し、改めて打開の為の考えを巡らせた方がいいだろう。

 視線は鎧武者から外さぬまま、まずは未知を解決すべく質問する。


「観鳥さん。あれってどういう魔法か分かる?」

「ごめん。私はよく分からない。でも……」


 魔法を使用中のアンナに答えを求めたところ、彼女は言い淀んで従妹であるカレンに目配せをした。


 当の彼女は震える体を抱いて床にしゃがんでいる。鎧武者の初めの攻撃からずっとこの調子だ。

 だから彼女は今まで戦闘に参加していなかった。ずっと透人とアンナの二人で耐えてきたのである。

 とはいえ、そんなカレンを透人は責めない。

 彼女の異常な怯え様はどうもトラウマを刺激されているようなのだ。何を抱えているのかは不明だが、だからこそアンナ達は守ろうとしているのだろう。


 そんな信頼出来る相手からの優しさがこもる視線で、カレンは少しだけ落ち着いたようだった。

 上げた顔に怯えの感情を表しながらも、声が震えていながらも、毅然とした姿勢でアンナから返答を引き継ぐ。


「……透人さん。あの鎧は式神です」

「ん? それって魔法なの? 魔法使いじゃなくて陰陽師とかじゃ?」


 若干高くなった声の、興味津々といった体の透人。反射的に迫る敵から目を離しそうになった。

 場違いな彼に十分前のカレンならまた不謹慎だと反発したかもしれないが、今はそんな反応をする余裕すらないらしい。表情には少しの変化も生じなかった。


 カレンの答えに透人の好奇心は大いに刺激された。

 ただし今現在は流石に余裕がないので深く突っ込んで尋ねるのは自重した。

 有用な情報が先決だと諦め、次の質問を繰り出す。


「それより、対抗策とかないの?」

「術者をどうにかするのが一番簡単な方法ですが……」

「その人は安全な外にいるって訳か」


 立場や感情のせいか複雑な顔をしていたカレンの台詞の先を自分で補い、冷静に相手が有利だという事を把握した。

 やはり簡単にはいかないらしい。

 最後に方針を決める際に重大な要素を確認する。


「じゃあジニーさんは? 援軍は来ないの?」


 透人の疑問を聞いた途端、カレンは一瞬だけ怯えたようにビクッと体を震わせた。

 彼女を心配してか不安げな顔で振り返ろうとしたアンナを、カレンが手で制して口を開く。


「……ジニーさんは今、一番警戒すべき人から目を離せません。助けは期待出来ないと思います」

「ん、分かった」


 絶望するような悪い情報を聞いた透人だが、顔色を変えずに頷く。

 応援が来ないのなら時間稼ぎは悪手だ。攻めるか逃げるかして突破しなければならない。


 身を守る為の魔法、パターン化した作業を続けながら並行して思考する。

 アンナとカレンがいるが、そんな場合ではないと魔法以外の力も候補に入れて突破口を探す。


 しかし答えを見つける前に、ガシャリという鎧の立てる音が集中から引き戻した。

 ほぼ真上から聞こえたそれに、透人の本能が警鐘を鳴らす。

 確認する手間を惜しみ、直ぐ様行動に移した。


「ブロック」


 空気の天井を生み出すと同時、そこに上方から甲冑が落下してきた。位置は透人のやや後ろ、カレンのほぼ真上だ。

 衝撃と重低音に体が震えたが即席の天井は無事。

 だと思った瞬間、鎧の式神が更に落下してきた。

 二体目、三体目。次々衝撃を受けた空気の床はその度にみしみしと軋み、遂に砕ける。


 別方向からの出現により挟まれ、退く事も出来ず固まる透人達。彼らの反応をよそに三体の式神は床に着地すると同時に一体ずつ別れた。

 一体は透人に、もう一体はアンナに向かう。

 そして最後の一体は透人とアンナの間にいたカレンに掴みかかった。魔法を使わせる暇を与えずに床に倒し、持っているだけだったメモ帳を手の中から奪う。


「カレンちゃん!」


 なんとか急襲から逃れ、従妹の危機に甲高く叫んで急いで駆け寄ろうとするアンナ。

 しかしその行動を寸前で思いとどまった。


 式神の数がまたも増えていたからだ。立ちはだかる鎧は合わせて五体。

 見上げる程高い巨体。ガチャガチャと絶えず響く金属音。迫力に圧倒され、ごくりと唾を飲み込んだ。


 カレンを助けようとして透人とアンナは目前に集中していた。

 それが隙となり、背後からの強襲を受けてしまう。


「きゃっ!」

「うおぅ!」


 二人共気づくのが遅れてしまった。

 一撃目は免れたものの、避けようと無理な体勢をしたために転び、そこをすかさず抑えられた。右手を捻られた上、かなりの怪力で体の自由がきかない。

 アンナも似たようなものだ。

 これでは打てる手はほとんど無いに等しい。とうとう敗北が近いようだ。


 それでも透人は痛みを堪えて首だけを動かして周囲を確認する。

 四体の鎧がカレンを抑える鎧を囲み、ガチガチの防御陣型を築いていた。それらは微動だにせず守りに徹しており、陣型を崩すのは非常に困難そうである。

 もっとも、まずはのしかかる重りを何とかしなければならないのだが。


 その為のヒントが無いかと更に視界を動かしたところ、鎧の集団の上で飛び回っている蚊を発見した。これも恐らく式神なのだろう。

 それの規則的な動きと軌跡に光が残るのが妙に気になった。

 無意味な行動ではない筈だと凝視する。そして何処かで見た覚えがあると思い至った時、空中に魔法陣を描いているのだと気づく。

 それも転移の魔法だ。

 このままではカレンが連れ去られてしまう。


 一刻も早く拘束から抜け出した上で守りを固める式神を突破し、更にカレンを引きはがさなければならない。


 抑えられた状態で可能なのか。

 よぎる不安を無視し考え、そして方法を見つけた。賭けかもしれないが、勝算は悪くない。

 左手でズボンのポケットから白い鍵を取りだし、早口でボソリと呟く。


「ワンダーヨーカー」


 発光し、鍵から変化したリング。それを握り締め、体を押さえつける背中の鎧武者を殴りつけた。

 無理な体勢で上手く力が入らない。だがそれで構わないと何度も何度も繰り返す。

 結果、徐々に拘束する力は弱まっていった。


 それは白いリングの力によるもの。管理者の証という名前らしいこのリングの力は、エネルギーの吸収。

 ぶつかった相手から力を奪い、透人に与えるというものだ。ただしまだまだ検証が足りておらず、その認識が本当に合っているかは不明である。

 そんな不安要素がありつつも、今のこの場に適した重要な力だった。


 リングに充分力が溜まった時点で掴まれていた右腕を勢いよく振り、重かった鎧を背中から無理矢理どかす。

 拘束を逃れた瞬間、床を力任せに蹴った。リングの力の恩恵により人間離れした勢いで跳躍し、立ちはだかる巨大な障害物を軽々と飛び越える。

 そして空中で身を捻り、気を失っているらしいカレンを抱える鎧武者めがけて手を伸ばす。

 ゆっくり流れる時間感覚の中、指先が兜の先に触れる。のろのろと進む指先に焦りを覚える。喉がカラカラに渇く。

 待ちくたびれるような膨大な時間を体感して、ようやく兜を掴んだ。


 それと同時に魔法陣が完成。

 円陣が放つ光の中心地で、透人は視界が白く塗りつぶされ、体が浮遊する感覚を得る。


 カレンを抱える鎧武者と一緒に、透人もまた何処かへと転移してしまったのだった。



  *



 地下で一人の少女を巡る乱闘が行われていた一方。

 かつて暖かく平穏だったリビングでは、剣呑な雰囲気の会話が継続されていた。


「例え報告したところで協会は動かないよ」

「ええ。そうでしょうね。おば様の名の前では」

「だったら、一体どうするつもりなんだい?」

「決まっています。私達だけでも抵抗させて頂きます」

「ふん。私だけじゃない。我が一門も敵に回すよ」

「覚悟の上です」


 麗しき魔女と老練な陰陽師。敵対する二人は互いに譲らず睨み合う。

 緊張感が高まり、空気がはち切れそうに張りつめる。

 一触即発。今にも物騒な出来事に発展しそうな気配だ。


 しかし、実際にはそうなる事なく緊張感は緩和した。


 切っ掛けとなったのは人の形をした白い紙が老婦人の懐から飛び出した事だ。

 白い紙は持ち主の耳元まで滑るように浮遊していき、しばしその場所に留まる。

 数秒後、老婦人はおもむろに立ち上がった。


「どうやら終わったようだね。私が手を出すまでもなかったようだよ」

「終わった?」

「用は済んだ。帰らせて貰うよ」


 これ以上は問答無用。そう言わんばかりの態度を示すと、数枚の長方形の紙片をばらまいた。直後、発生した光に包まれその姿を消す。


 彼女が訪問してきた目的は力づくでカレンを連れていく事。

 そう確信し、いつ仕掛けてくるかと警戒していたジニーは拍子抜けしたようにしばし呆けた。

 ただし我を取り戻した途端、胸騒ぎがして素早く行動を起こした。慌てて地下の書庫へと向かう。

 扉は閉じており、保護の魔法も破られていない。破ろうとして失敗した痕跡すらない。

 それなのに安心出来ない。


 急いで魔法を解除し、地下室に踏み込む。

 中は酷い惨状だった。

 内装は滅茶苦茶に荒れており、守ろうと思っていた姪も信頼出来ると思っていた少年もいなかった。


「ママ……」


 残っていたのは、はらはらと涙を流しながら放心しているアンナただ一人。


 それが意味しているものはたった一つ、最悪の結果だ。

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