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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十二章

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第八十七話 急転の夏休み

 朝と言うには少し遅い時間。

 空は夏の太陽を完全に覆い隠すどんよりとした雲に埋め尽くされている。直射日光は差さないが、気温も湿度もあり不快指数は高い。


 そんな気候は関係無いとばかりに、街中を黒塗りの豪華なリムジンが走っていた。

 颯爽と道路上を進んでいくそれは、やがて平均よりもやや大きな住宅の前に停まった。普通の住宅地に不似合いなその光景は道行く人々の注目を集めている。

 先に降りたのはスーツをきっちり着こなした運転手。彼が恭しく開けたドアからは和装の老婦人が降りてきた。

 皺が目立つ顔だが厳格そうな険しい目つきをしていて、背筋も真っ直ぐに伸びている。

 彼女は年齢を感じさせないきびきびとした動作で歩く。そして住宅の扉の前に立つとチャイムも押さず、無遠慮に開け放った。


「話は通っているだろう。早く出ておいで」


 張りのある声での、他人への配慮が一切感じられない不遜な物言い。

 横柄な態度を示した客人を、それでもやってきた家の住人である女性は笑顔で迎えた。


「あらぁ、富枝(とみえ)おば様。お早いお着きですね。ですが、そうは言われても急な話では困りますわよ?」

「そんなもの理由にはならないよ。だらだらと人を待たせるんじゃない。アンタはちっとも変わらないね」

「おば様も相変わらずの様子で。お元気そうですね」

「ふん。さっさと案内おし。老体を立ったままにさせるんじゃないよ」


 失礼な態度を咎めない柔らかい笑みを前にしても、富枝という名の客人は厳しい口調のままで要求した。


 訪ねてきた老婦人は家の住人である女性、ジニーにとって妹の夫の母にあたる。

 彼女は長年日本古来の呪術、魔術の業界を支えてきた重鎮だ。その経歴が傲岸不遜な性格の源なのだろう。

 親戚とはいえ普段はおろか年末年始等の機会であっても交流はなかったのだが、今朝方急に訪問すると連絡があったのだ。使いの者ではなく忙しい筈の本人の来訪である。

 その理由は伝えられなかったものの、ジニーには大体察しはついていた。


 だから内心警戒はしていたものの落ち着いて客人をリビングに案内し、彼女がソファに着いたところで歓迎の用意をしようとした。


「今、お茶をお持ち……」

「要らないよそんなもの」


 その行動を老婦人は高圧的な声音で遮った。

 立ったままのジニーに、鋭い眼光で威圧しながら問いかける。


「あの子はここにいるね?」

「どの子の事でしょう? 言って下さらないと分かりませんわ」


 緊迫感に満ちた状況でも、ジニーはあくまで笑顔を浮かべて応じた。勿論誰を指しているのか分かった上で言葉を選んでいる。

 富枝はその反応が気に入らなかったのか鼻を鳴らす。それから険しい目つきで正面の笑顔を射抜き、上から命令するような態度で発言した。


「これは我が家の問題だ。余計な真似はせず、さっさと私の孫を返すんだね」

「返す……ですか。お断りさせて頂きます。私の姪はうちの子と実の姉妹みたいに仲がいいんです。二人の為にも、もう少しの間我が家で預からせて貰います」

「ふん。そんな事許す訳ないだろう。連れて帰らせて貰うよ」

「お断りさせて頂きます、おば様。可愛い姪を不幸な目に逢わせる訳には参りませんから」


 ジニーの台詞を耳にした富枝は、その意味を理解して僅かに沈黙した。

 そしてぎらぎらした光を瞳に宿し、より高圧的、威圧的となった声で話を続ける。


「そうかい。やっぱりあれから聞いているんだね。だったら分かるだろう。私の崇高な研究の邪魔をしないで欲しいもんだね」

「おば様がしている事は崇高な研究などではありません。それとも、子供を犠牲にするのに何か正当な理由がおありで?」

「正当な理由も何も、子供が親孝行をするのは当然の事じゃあないか」

「当然……ですか。でしたら……」


 どちらも譲らない、互いに相手の言葉に重ねるように行われたやり取り。

 その論戦を一度途切れさせたジニーは笑顔の中に冷たい怒気を滲ませ、キッパリと告げた。


「やはり、おば様を許す訳にはいきませんわ」

「そうかい。あくまでそういうつもりなんだね」


 敵対的な雰囲気を溢れさせた魔女に対抗するように、老婦人も暗い感情を剥き出しにして睨んだ。


 静かに対峙する二人の間には、熱く激しく火花が飛び交っていた。



  *



「……んー……何があったの?」


 透人は本のページを捲る作業を中断し、思い詰めた顔をしているアンナに怪訝そうに尋ねた。


 勉強中に地下書庫に入ってきた彼女はおやつを持ってきた訳でも書物を読みに来た訳でもなく、ただじっとしているだけなのが非常に気になったのだ。


 透人の声で顔を上げたアンナは後ろにいたもう一人の少女に目配せした。そして斜め下に視線を下げた彼女の姿を確認すると、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「ごめんね、とうどくん。事情はちょっと言えないんだ。でも、もし何かがあったら力を貸して欲しいの」

「ん? それはまぁ、別にいいんだけど……」


 透人は事情がよく分からないままにアンナの頼みを軽々しく引き受けた。相手がどんな状態にあっても彼はいつもと同じ調子だった。

 だがただ一つ、棚上げに出来ない疑問があったので質問する。


「その人は誰?」


 赤みかがった金髪が目立つ彼女を一昨日に一度見かけた事は覚えている。だが知っているのはそれだけで、アンナとどういう関係なのかも知らなかった。


 アンナは一瞬ぽかんとしたものの、透人の視線を辿ると両手をぽんと叩いて状況を把握した事を示した。


「ふぇ? ……あ! そうだよね。まだ紹介してなかったよね。この子は私の従妹のカレンちゃんだよ」

「あっ、すいません。自己紹介が遅れてしまって……明海透人さん……ですね。話はアンナちゃんから聞いています」

「あぁ、うん。従姉妹なんだ。まぁ、よろしく」


 ほぼ初対面のカレンと簡単な挨拶を済ませた。年下らしい彼女は敬語だったが、透人はいつも通りの気軽な口調だ。

 ただ、自己紹介の後、カレンはアンナの後ろに身を隠して無言になってしまう。人見知りや引っ込み思案という感じではないのだが、会話は出来そうになかった。


 見た目から従姉妹という話は納得出来る。そしてこの地下室に連れてくるからにはアンナと同じく魔法使いなのだろう。


 ひとまず疑問が解消されたところで、透人は気にかかるものに思考を巡らせる。


 とりあえずはカレンの表情だ。明らかに元気がなく、曇っている。アンナの同じように不安で心配げな表情は、従姉妹へ向けられているように見えた。

 もし何かがあったら、という発言はカレンが狙われているという事なのかもしれない。

 それも、お互いに身を寄せ手を握る彼女らの様子からすると、迫っているのはかなりの危険のようだ。


 状況を整理した透人は、とりあえず読んでいた書物を本棚に戻した。

 何かが起こるかもしれないというのなら備えておくべきと考えたのだ。


 今すぐに何かがあるというなら、今更勉強したところで身につかない。

 それよりも、夏休みに入ってから新たに得た知識は前日に実践出来るように纏めている。それを復習した方が建設的だ。

 ショルダーバッグ内の物を確認し、メモ帳の魔法陣を一通り確かめた。


 あとは霊視で警戒網を張る。

 この場の魂は三人だけ。一階には二人の人間がいる。他にこの家にいるのは小さな虫くらいだ。今のところ荒事が起きそうな気配はない。


 地下室に静寂が満ち、緊張感が高まっていく。

 代わり映えのしない空間では時間が流れているのも分からなくなる。


 とにかく暇だった。

 その上空気が重い。


 透人は気が滅入るようなその状況を払拭すべく、暗い二人へ向けてある提案をする。


「ねえ、二人とも。しりとりでもしない?」


 場を明るくしようとした気楽で能天気な声に、年下の女の子から激しい怒声が飛んできた。


「こんな時に何を言っているんですか!? ふざけないで下さいよ!」

「いやぁ、だって暇だし。それに緊張し過ぎるよりも適度にリラックスしてた方がいいと思うよ?」

「だからってしりとりはないでしょう!?」


 それきりカレンは口をつぐんだ。


 溜まっていた感情が爆発したような大声に、切羽詰まった複雑に歪んだ表情。

 よほど追いつめられていたようだ。これから来る何かは透人の想像以上かもしれない。


 不安定な精神状態のカレンはアンナになだめられている。流石に透人でも、もう一度声をかける気にはなれない。

 重い空気がまた戻ってきた。


 そんな空気を嘲笑うようにプーンと音が響く。扉を開けた時に入り込んでいたのか、蚊が飛んでいるらしい。

 透人は宙に円を描く蚊を目で確認した。ただ確認しただけで、わざわざ潰そうとは思わない。

 やる事がなくなったので霊視での警戒に再び集中する。


 地上階の魂に動きはない。地下室にも三人だけ。あとは建物の外で待機している人物に、通行人、それから蝉等の小さな魂。

 そこまで視回したところで、ふと違和感を覚えた。

 それは小さな引っかかりだったが、無視してはいけないと感じ、その正体を探り当てようと思考を思い返す。

 記憶を辿り、一つ一つを吟味していく。見逃さないよう真剣に集中して。


 そして異常事態に気づいた。

 それと同時に、弾かれたような強烈な勢いで立ち上がり、飛んでいる蚊を狙って両手を打ちつける。


 アンナは透人の突然の行動に驚き、目を見張って大きな声をあげる。


「ふぇっ!? とうどくんどうした――」

「気をつけて観鳥さん」


 透人は表情を変えぬまま、緊迫した声音で警告する。


 霊視で視えた魂はこの場には三人の人間だけ。違和感の正体は、そこにいるのに魂が視えない存在がいる事だった。


「それ、ただの蚊じゃない。もう何かが始まってる」

「っ!」

「ふぇ? ……あっ!」


 カレンが直ぐに、アンナが少し遅れて事態を理解した。立ち上がってそれぞれのメモ帳を用意し、身構える。

 透人はその後ろを守るように控えると、打ちつけた手をすり抜けて上方に逃げた蚊に向け魔法を放った。


「ショット」


 空気の塊に押し出され、あるいは逃れて、数匹の蚊が周囲へと散っていく。

 これで相手も奇襲に気づかれたと気づいたのだろう。方針転換でもするのか、奇妙な変化が発生した。

 三人の目の前で、蚊の姿をした何かを中心にして星の形をした光が出現したのだ。

 そして光に包まれた小さな蚊だったものは、一瞬にしていかつい鎧武者へと変貌を遂げた。戦国時代の武将を思わせるその甲冑は、武器は所持していないが、二メートル近い大きさを誇っており充分な脅威だ。

 それも一体ではない。鎧武者は合計三体。しかも未だ蚊の姿を保っているものも多い。


 突如として明らかな劣勢に陥った三人だが、それだけで闘志が消えはしなかった。


「「ショット!」」


 アンナと二人がかりで空気の塊をぶつけ、魂なき鎧武者のされど猛々しい突進を押し返す。

 しかし僅かに一歩引いただけ。大した効果は無いように見えた。すぐに持ち直し、攻撃を再開してくる。

 そこで透人は動きを止める方向に手を変える。


「重力増加」


 目論みは成功。いくつにも重ねた魔法による重量のせいか、動作は緩慢になり動くのもままならない様子だ。


 ただし別方向にはまだ健在な他の鎧がいる。

 その内の一体がアンナへと突き進む。目前の迫力のせいか、カレンが異常な怯えを見せてしゃがみこんだ。


「大丈夫だよ」


 が、鎧武者はアンナが造りだした空気の壁に止められた。頑丈な壁は敵対者をなんなく弾き返し、傷一つない。

 守るべき対象を背中にしたアンナは真剣な顔で宣言する。


「カレンちゃんは絶対に守るから」


 空気の壁で防御を敷くアンナ。重力で動きを封じる透人。

 両者は襲い来る鎧武者を恐れる事なく魔法で迎え撃ってゆく。


 本棚が倒れ、紙吹雪が舞う。壁と床が軋み、無人の甲冑が耳障りな音を響かせる。

 厳重に守られていた筈の地下書庫内で、侵入者との乱闘が始まった。

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