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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十二章

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第七十七話 宴会にて戦士は語る

 遮る物のない広い青空の下。

 風の吹き渡る荒れた平地に、照りつける日射しにも負けない熱気と食欲を刺激する香りがたちこめていた。

 それらの発生源は簡易的な調理場。

 揺らめく炎の上で、串に刺され網に置かれた肉や野菜等の食材がジュージューと音を立てながら焼かれている。

 行われているのはアウトドアの定番、バーベキューだ。


 食材が焼けてきた頃合いを見計らい、紙コップを手にした赤髪の女性が場を仕切り出す。


「よし、そろそろいいか。えー、それでは本日のお仕事完了を祝しまして……カンパーイ!」

「フフフ、乾杯」

「……かんぱーい」

「……」


 それぞれの反応を示した参加者達。楽しんでいる様子の者もいれば、明らかに気乗りしない様子の者もいる。

 そんな彼等を気にかけず、乾杯の音頭をとったヴァレンはコップの中身を一気に飲み干し、焼けた串を手に取る。

 そして手頃なロボットの残骸に腰を下ろし、豪快にかぶりつき始めた。


 バーベキューの会場となっているのはテロリストの拠点だった場所である。

 その為、周囲には破壊されたロボットやそれらが装備していた銃がゴロゴロと転がっていた。


 そんな所がバーベキュー会場へと変貌したのは、ほんの少しばかり前の出来事。

 ヴァレンが巨大ロボットを斬り壊した後、彼女は先に乗り込んでいた先生と共に建物にいた集団を捕縛し、転移魔法で何処かに連行していった。

 そして代わりに網や食材を持って戻ってくると、二人で(先生は無理矢理手伝わされているようだったが)バーベキューの準備を整えたのだ。


 炎はヴァレンが剣で地面に描いた魔法陣から発生したもの。

 そして網を置く足場や重石、椅子にテーブルといったものとして使われているのは、かつてロボットだった物体だ。

 なんとも虚しい、諸行無常という言葉を思い起こさせる光景である。


 とは思いながらも、昼食がまだだったので空腹を抱えていた透人は呑気にバーベキューを食べていた。

 肉汁溢れる高級そうな肉を頬張りつつ、合間には一口一口上品な仕草で食事している笑亜と言葉を交わす。


「何かこういうノリにも慣れてきたなぁ。滅茶苦茶だけど落ち着けてる自分がいる」

「フフフ。それは良かったわ。貴方もすっかり組織の一員ね」

「んー……そういう言い方はちょっと気になるかなぁ。さっきの見ちゃうと全然仲間って気がしないし」


 笑亜の受け入れ難い台詞をしみじみとした口調でやんわり否定した。

 別に一緒にされたくないという訳ではない。むしろ逆、雲の上の存在と纏められるのは抵抗があったのだ。


 ただし、そんなネガティブな気分は陽気な声にあっさり払われた。差を見せつけた張本人のヴァレンだ。


「よぉう、少年。楽しんでるか?」

「まぁ、はい。一応は。ヴァレンさんこそ生き生きしてますね」

「わははははは。そりゃそうさ。楽しまなきゃ損だからな」


 そう言い、大口を開けて笑うヴァレン。

 彼女は片手に何本もの串を、もう片手に紙コップを持っていた。他の誰よりもバーベキューを満喫している姿である。

 大きな肉の塊を口一杯に頬張り、大して噛まずに飲み込む。そして間髪入れずに次を口に放り込んでいく。

 笑亜と違い、非常に男らしい食べ方だ。

 透人も彼女に倣い、どんどん食べ進めようとする。


「で、だ」


 しかしヴァレンが言葉を発すると、空気に緊張感が混ざった。

 彼女を見やると透人を真っ直ぐ見つめていた。

 纏う陽気な雰囲気は変わらないものの、目付きからは見透かされるような圧力を感じる。


「観戦しててどうだったよ? 自分も参加したいと思ったか? 見てるだけは嫌なんだろ?」

「んー、いやぁ……今日はそんな気分にはなれませんでしたね。あまりにも次元が違いすぎて」


 見てるだけは嫌だ、とは以前笑亜に話した内容だ。彼女に聞いていたのだろう。

 しかし、この日は悔しさも後悔も一切感じていない。ただただ圧倒されただけだ。

 そんな正直な感想を漏らした。


 するとヴァレンは瞳から圧力を引っ込め、貫禄ある不敵な笑みで言った。


「おう、そうか。そりゃ正しい判断だな」

「それでいいんですか?」

「当たり前だ。よく言うだろ? 勇気と無謀は違うって。リスクしかないのにでしゃばるのはただの馬鹿だって話さ」


 ずっと戦いの中にいた人物の言葉。それは確かな重みを伴って響き、透人の中に突き刺さった。

 己を否定するようなそれに対し、彼はほんの僅かに顔をしかめて質問を返す。


「じゃあ見てるだけは嫌だ、っていうのは駄目なんですか?」

「そりゃまた別の話だろ。少年がそう言った時の相手とはそこまで差がなかったらしいじゃねえか。ただ、今日の相手とマトモに戦り合おうとすりゃあ、年単位で時間がかかる。だから戦いたいと思えないのは正しいんだよ」

「……要するに相手の力量を見極めろって事ですか」

「ま、そういうこったな」


 長台詞を要約した透人をヴァレンはニィと笑って肯定した。


 否定された訳ではない。むしろ認められている。

 そう思えた透人は気分が少し軽くなった。

 何年かかっても巨大なロボットを軽くあしらえるようになるとは思えなかったが、それは置いておいて。


 その一方でヴァレンは、食材がなくなった串をくるくると弄びながら発言を続けた。


「だがな、覚えとけよ。何事にも例外はあるんだ」

「例外、ですか?」

「おう。遥か格上相手にもでしゃばらなきゃならん場合だ。例えば……誰にも頼れない状況で誰かを守ろうとする時、それから助けが来るまで時間稼ぎをしなきゃならん時、とかな。リスクに見合うリターンがありゃあ、誰も馬鹿には出来ねえさ」


 殺伐とした内容を発言したヴァレンだが、その顔に浮かぶのは飄々とした笑み。

 実績と経験から染み付いたのか、誰もが知っていて当然の常識のような口振りで自然に口にしていた。

 だからこそ、透人の頭の中にも彼女が伝えようとしている事がすとんと入ってくる。


 改めて透人は思う。

 本当に男気溢れる女性だ。非常に頼もしく感じる。


 その彼女は透人の顔を見て満足そうに頷くと話を再開させる。


「それに強さってのも色々だ。なあ、エミア?」

「ええ」


 笑亜は話を突然振られても全くペースを崩さず、微笑を湛えて話題を引き継ぐ。


「そうね、例えば……もし、私が先生を倒そうと思えば呆気なく倒せてしまうわ。でも私は、先生があっさり倒したロボットには勝てない。何故だか分かるかしら?」


 事実だとしたらかなり衝撃的な話を例え話にして、笑亜は疑問を投げかけてきた。

 透人は少し考えて笑亜に同行した事件の事を思い起こし、解答を導き出す。


「……ロボットにはテレパシーが効かないから?」

「ええ、その通りよ。勿論テレパシー以外にも使える力はあるけれど、その中に直接的な暴力は入っていないの」

「つまりは相性だな。笑亜は力が偏ってるからだが、それでなくても戦いにはよくあるもんだ。少年も心当たりはあるだろ?」

「んー……はい、ありますね」


 魔法で透明化した魔法使いは霊視で視る事が出来た。

 素早いモンスターは面を覆うバリアに阻まれた。


 透人は様々な事件に関わっていく中でそういった例をいくつも見てきた。

 色々なものが複雑に絡み合う戦闘は、単純な力比べではないという事はよく理解している。


 記憶を思い返して納得する透人に、ヴァレンはニヤッとした笑みを浮かべて本気とも冗談ともつかない調子の台詞をぶつける。


「だから少年。もしもの時はお前が笑亜を守れよ」

「……神無月にも似たような事言われましたけど、そんな未来が全くイメージ出来ないんですよね。精々囮になるくらいじゃないですか?」

「そりゃあ今はそんなもんだろ」


 空を仰ぎつつ透人が否定的な意見を述べると、ヴァレンは自分で言っておきながら当然のように賛同した。

 しかし彼女は値踏みするような視線で透人をじろじろ見つめながら続ける。


「でもな、見込みはあると思うぜ? 少年は状況に対応して力を使い分ける頭を持ってるし、それぞれを上手く組み合わせば相当な力にもなる。自力を鍛えて、発想力を磨いて、経験を積んでいきゃあ、いつかはオレ達にも追いつくさ」


 お世辞ではない。日常会話の如く気軽に発言したヴァレン、その態度がかえって本気だと感じさせた。

 先程の発言は正真正銘、常人には計り知れない超人からの大きな期待だ。

 そうまで言われてしまっては否定出来る筈もない。

 透人は内心では自分の将来性を疑いつつも、口だけは平然といつも通りに動かす。


「……成程。分かりました。……けど具体的にどうすればいいですかね?」

「んなもん地道にコツコツやってくしかねえだろ。楽しようとか考えねえ方がかえって楽だぞ?」

「要するに自主トレですか。というより、ヴァレンさんは教えてくれないんですか?」

「悪りいが無理だな。オレが稽古つけようにも少年とはスタイルが違い過ぎんだよ。残念だったな、殴り合いタイプじゃなくて」

「……すいません、正直ほっとしてます。ヴァレンさんの稽古って凄いスパルタな気がするんで」

「おう。確かにオレは厳しいって評判だな。文句言わずについてきたのは猛位だ。中々骨のあるいい男なんだよ、アイツは」


 ヴァレンは柔らかい微笑みを浮かべて語った。その表情からは先生に対する信頼感が見てとれる。

 今までとは異なる態度に違和感を覚え、透人は疑問を呈した。


「でも先生の事思いっきり馬鹿にしてませんでした?」

「そりゃからかってるだけで本気じゃねえさ。昔のあいつは目ぇキラキラした純粋な少年でなぁ。面白くてついからかってたんだよ。いつの間にかあんなにひねくれちまったが」

「……それ、ヴァレンさんのせいですよね」

「わははははは。だな! その通りだ!」


 静かに発せられた透人のツッコミをヴァレンは豪快に笑いながら肯定した。

 悪気も反省も全くない。


 大変な思いをしてきたんだと先生に同情し、その姿を探そうと見回す。


「……あれ、先生いませんね」


 しかし先生の姿は辺りに見当たらなかった。食べていた痕跡すら消えている。最初からいなかったかのような状態だ。


 その報告を聞いた瞬間、先程先生を誉めていた人物は勢いよく立ち上がった。


「ああん!? どこ行ったあん野郎にゃろう!? さては先に帰りやがったか!? 宴会途中で抜け出すたぁどういう了見だ!?」


 鬼の形相で大声を張り上げたヴァレン。先程あった先生への信頼感は欠片も見当たらない。

 彼女は数秒目を閉じた後大きく舌打ちし、それから砂埃を巻き上げながら走り去っていってしまった。


 それを見た透人はボソリと呟く。


「……結局大人なんだか子供っぽいんだか分からない人だなぁ」

「フフフ。ヴァレンは昔からああいうお姉さんなのよ。それにあの歳ではもう人格矯正は無理ね。きっとお婆さんになってもあんな感じよ」

「あぁ、うん。なんとなく想像出来るなぁ」


 独り言に反応した笑亜の言葉に透人は遠い目をして同意する。

 そして砂まみれになった串を手近な残骸の上に置くと、新しいものを網から取って再びバーベキューを食べ始めたのだった。

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