第七十六話 更にSF
大人達がロボットを壊し尽くし、静かになった一帯。あちこちに戦闘の痕跡が残る中、勝者たる先生が呼吸を整えている。
ある程度落ち着いたところで透人は安全を確認して敷地内に入り、先生に疑問をぶつける。
「あのロボット、見た目はどこも壊れてないみたいですけど止まってますよね? 何やったんですか?」
「内部に直接衝撃を伝えた」
「おぉ、鎧通しってやつですね」
派手に体を動かした事でストレスが解消されたのか、若干和らいだ顔で応じてくれた先生の言葉に、透人は素直に感嘆した。
今更鎧通し位では気にもならなった。感覚が麻痺しているせいだろう。
「というか先生。全然地味じゃないですね。ヴァレンさんにも負けてませんよ」
「……それは奴から聞いた話だろ。ソイツが俺を馬鹿にするのは、ただあの女の物真似をしてるだけだ」
話題が変わった途端、先生は普段通りの不機嫌な顔に戻ってしまった。
それは固有名詞を呼びたくない人達のせいか。興味を憶えて聞き返す。
「物真似?」
「ああ。奴が普通になる為の物真似だ。なんせ奴が来た時一番最初に懐いたのがあの女だからな。あれは奴を笑わせようと本やら漫画やら持参で入り浸って――」
「先生。その辺はまだ神無月からも聞いてないですよ」
「…………そうか。喋り過ぎたな」
思った以上に内容が深くなりそうだと感じた透人が遮ると、先生はばつが悪そうに頭を掻いた。そして唐突に話題を変える。
「俺はあの女を追いかける。お前はここに残れ」
「ちょっと。引率の先生が単独行動するものではないわよ。まったく自分勝手な人間ね」
進もうとした先生に待ったをかけたのは笑亜。
先程の話を聞いていたのかいなかったのか。それは分からないが、ただ妖艶な微笑を湛えて立っていた。
彼女をじっと睨んでいた先生だったが、舌打ちをすると背中を見せ、ぶっきらぼうに呟く。
「……うるせえ」
そして猛然と前へと走っていく。が、そこそこ距離が空くと、ペースを落として歩き始めた。
安全を確保する為の距離なのだろう。
つまり勝手についてこいという事だ。
そう解釈した透人は笑亜と並び、その場に似つかわしくないのんびりとした雰囲気で歩き出した。
*
荒野の真ん中にぽつんと存在する薄汚れた色の建物。
今回の標的が潜んでいるであろう本拠地だ。
そこから百メートルばかり離れた場所に、ヴァレンはしっかり盾を構えながらも刀を持つ右手をだらりと下げ、じっと立ち尽くしていた。
ここまで彼女はわらわらと現れてきたロボット軍団を苦もなく蹴散らしてきた。
怪我はない。疲れもない。
今すぐ建物に突入すればこの一件は解決するだろう。
それでも彼女は立ち止まったまま動かなかった。
理由は単なる勘。ここで待っていた方がいいだろうという予感だ。
しかしそれは膨大な戦闘経験の中で培われたものである。
だからヴァレンは己の勘を信用していた。
「……いよいよお楽しみが来るみたいだな」
そう呟いた数秒後。異変は唐突に起きる。
ヴァレンから離れた箇所、建物に近い地面が一直線に割れた。いや、開いた。そのまま左右にスライドし、人工的に創られた空洞を露にする。
そして大地を揺るがす大きな震動が始まった。決して自然のものではない、人工的に起こされた揺れだ。
それをヴァレンが足腰を踏ん張って耐えていると、不気味な地響きや機械の駆動音と共に何かがせりあがってきた。
その何かはゆっくりと、上部から顔を出し、やがて視界一杯に広がっていく。
そして場が静寂を取り戻した時。
その全貌を出現させたのは天を突き、地上に巨大な影を落とす常識外の存在。
十メートルを優に超えるだろう巨大な人型のロボットだった。
あまりに現実離れしていて、今目の前で実際に起きている現象だと実感出来ない。
常人ならそうなるだろう光景を見上げて、ヴァレンは豪快に笑っていた。
「ぶわっはははははははっ!」
ヴァレンはこの状況を心から喜び、楽しんでいるであろう笑い声を響かせる。
パニックになったのではなく、やけくそになった訳でもなく、目の前の脅威を正確に理解した上で、ヴァレンは笑っていた。
「いいぃねぇ、想像以上に心が躍る。これぞロマン、最高だ!」
彼女は瞳のキラキラした屈託のない顔で笑っていた。緊張感に乏しく、まるで玩具を前にした子供のようだ。
「そうだな……少年もいるし有名どころで……よし、あれにするか」
ヴァレンは考えをまとめるように何事か呟く。
それを終えて前を見据えると日本刀を地面に差し、魔法を発動させる言葉を唱えた。
「送還。召喚、ロングソード」
日本刀を消失させ、新たな武器を取り出した。
それは両刃の真っ直ぐな剣。剣といえば真っ先にイメージするようなオーソドックスなものだ。
それを右手に携え、左手で盾を構えてヴァレンは堂々と強気に宣言する。
「オレは、それを、壊す」
短く単純な、しかし苛烈な気迫を伴う台詞に、プレシッシャーが発せられる。
そしてヴァレンは爆風を巻き起こす速度で駆け出した。距離は百メートル程。すぐに縮まるだろう。
その行為を、ロボットの各部に備えられた銃口から射出される弾丸の暴風が邪魔をしようとする。しかしヴァレンは放たれるそれを置き去りに走った。照準は全く追いついていない。
何の障害も無いに等しかった。
しかし彼女は急に立ち止まる。そして何かを察知したのか、ふと上方を見上げた。
その先にはロボット両肩の砲口に収束していく光。やがてそこから極大の光線が発射された。莫大な熱量を持つ光の束が世界を真っ白に塗り潰す。
その寸前、ヴァレンは盾を高く掲げて、ただ一言を声に出していた。それは不思議とよく通る声で、息苦しい重圧を周囲に与えた。
「アイギス」
ちっぽけな人間に向けられた兵器。
その過剰な力を持つとも思えた光線が、ちっぽけな盾により阻まれた。
辺りの地面を熱で焦がしながらも、中心部の光は盾を溶かす事も出来ずに消失していく。
そして光が収まり、溶岩へと変貌した大地に姿を見せたのは、汗すらかいていない無傷のヴァレン。
彼女は声高々に挑発の文句を口にする。
「どうしたどうした、こんなもんかよ!? その図体は見かけ倒しかぁ!?」
銃撃も光線も防がれた敵が選んだ次なる手は、実に単純なものだった。
それはただの打撃。拳の降り下ろしだ。
巨大なロボットの拳が空より降ってくる。圧倒的な質量で頑丈な盾ごと潰そうという目論みなのだろう。
それに対してヴァレンは避ける素振りを見せず、むしろ堂々と片手で盾を掲げ真っ向から迎撃する姿勢をとった。
そして双方は激突。
結果、やはりヴァレンは無事。盾が数倍の大きさを誇る拳を押しとどめていた。
全身にかかる筈の重量、生まれた筈の衝撃がなかったかのように、ヴァレンは平然と言葉を囁く。それはやはり不思議と辺りに響き、空気を鈍くさせる。
「エクスカリバー」
そう口にした途端、剣が眩いばかりの輝きを放つ。神々しいまでの黄金の光だ。
それを纏う剣を一見無造作に、しかし強大な力と苛烈な気迫を込めて振り上げる。
瞬間、剣閃が斜めに走った。
直後、巨大ロボットの拳が半分程の大きさの二つの部分に別れる。切り離された先端部はズゥゥンと地鳴りを起こして地に落ちた。
「はははははははは!」
自らが斬り落とした鋼鉄の塊を前に大笑するヴァレン。
常人には免れぬ破滅に何度も晒されて尚、伝わってくる感情は喜と楽のみ。その他ネガティブな感情は一辺たりとも認められない。
「さぁて、今度は俺のオレが攻める番だなぁ!」
威圧感を放ちつつそう宣言すると、ヴァレンは腕を引っ込めたロボットに向かって雄々しく疾走していった。
*
ヴァレンが巨大ロボットを相手に圧倒的な戦闘を繰り広げる一方、他の三人は二手に別れていた。
先生は先に中を片付けると言い残し、単独で巨大ロボットを迂回して建物に向かっていた。
残る見学者、透人と笑亜は戦闘地帯から遠く離れた安全地帯から観戦していた。笑亜が視覚と聴覚に作用する魔法を使ったので、遠距離でも問題なく観戦出来ていた。
透人は理解を超えた光景に唖然としながらも冷静な頭で、この状況でも楽しそうな微笑みを浮かべている人物に解説を頼む。
「……神無月。ヴァレンさんは一体何をやってるの? もしかして素の身体能力?」
「フフフ。流石にそれはないわよ。あのお姉さんが得意にしているのは言霊ね」
「言霊かぁ……何か色んなところで聞いた事はあるけど、実際はどんなの?」
「簡単に言えば、言葉が持つ意味やイメージを具現化する魔法の一種よ。例えば『ぶっ壊す』とか『遅れはとらない』とか、そういった言葉を具現化していたの。ヴァレンは意味もなく叫んでいた訳じゃないのよ」
笑亜の説明により、透人は今までヴァレンが強気の発言をする度に感じていたプレッシャーを思い出した。どうやらその正体が言霊らしい。
「成程。てことは、言った事をそのまま具現化出来るの?」
「そのままは無理ね。でもイメージが強ければ強い程、そのイメージは現実に近づくわ。ヴァレンは長い時間でそれだけの経験を積んできたのよ」
重ねた年月と、実績から来る自信。
豪快で余裕ある態度はそれらの集大成でもあるのだろう。
そう思ったところで、透人は今まで放置されていた部分に触れる。
「あとさ、アイギスとかエクスカリバーとか聞こえたけど、伝説の武器を具現化させたって事だよね」
「ええ、そうなるわね。ヴァレンは職業柄、古今東西の伝承にも詳しいから。というより完全に趣味ね。普通はそんな使い方しないもの」
「じゃあ、ヴァレンさん以外の人はどう使ってるの?」
「さっきも言った通りよ。ポジティブな言葉で本来の実力に上乗せするの。それは言霊に限った話でもないけれどね。メンタルがパフォーマンスに与える影響は今や常識でしょう?」
その言い方だとスポーツの話だ。
そう思った透人は、だからこそ笑亜の台詞に説得力を感じていた。
スポーツだろうと命を懸けた戦いだろうと、心の状態が勝敗に与える影響は大きいのだろう。
透人は少し考え、感じていた疑問に答えを出した。
「要するに今回のこれは、それの効果を見せて俺にメンタル面を鍛えさせるのが目的……って事?」
「いえ、違うわよ? そもそも貴方にはそんなもの要らないじゃない。今日のこれは、単純に夏休みお楽しみ劇場といったところね。どう? 貴方は楽しめたかしら?」
しかし笑亜はあっさり否定した。しかも、特に意味の無い企画だったらしい。なんとも気の抜ける話だ。
だから、というよりはいつも通りに、透人は呑気に返答する。
「いや、今はそれどころじゃない……けど、後で思い返せば楽しめる気はするかなぁ」
「そう、それはよかったわ。やっぱり貴方も仲間だものね」
妖しい雰囲気が漂う微笑と共に笑亜は言った。
そんな彼女の台詞を聞いた透人は、この信じがたい光景もある種の人々にとっては日常的な出来事なのだと悟る。
そして自分も既に、そのある種の人々の領域に足を突っ込んでいるのだという事も。
改めてこの世界の滅茶苦茶さを思い知り、ぼーっとした顔で色々と考えを巡らせる。
そこに、ズシィンと一際大きい揺れと鈍い音声が周囲に響いた。
「ほら、あの戦闘もそろそろ佳境みたい。クライマックスは見逃しちゃいけないわよ」
笑亜のおどけたような台詞で、透人は再びヴァレンと巨大なロボットに注目する
そこでは右脚を半ばから断ち斬られたロボットがバランスを崩し、なんとか両手で上半身を支えているところだった。
いつの間にか決着がつきそうになっていた。
と、思ったのも束の間、ロボットは一度距離をとっていたヴァレンに最後の攻撃を放った。
それは各武装の一斉総射。機銃、光線、追尾ミサイル。ありとあらゆる危険な兵器がたった一人を狙う。
伝説の武具と化した盾を構えるヴァレンだが、全方向から迫る兵器の群れでは盾一つで対処出来るか分からない。
そして動きを見せないヴァレンに死を与えるべく、ロボットの武装が殺到した。
上空より降り注ぐ白い光と絶え間無い爆発が辺りを地獄へと変ずる。
ロボット本体にもダメージがありそうな至近距離への攻撃。相討ちも覚悟した一種の自爆攻撃なのだろう。
無慈悲な一斉放射が止んだ時、彼女の姿は攻撃の中心地になかった。そこにはただ盾だけが残っている。
跡形もなく消えてしまった、のではない。
「おいおい、どうせなら自爆くらいしとけよ。何もかんも足りてねえぞ」
非難めいた声を高い位置から降らせたのは、赤い髪をなびかせる女戦士。間違いなくヴァレンの姿だった。
透人も気づかなかったが、兵器群が命中する前にその場を離れていたのだろう。
彼女はロボット自体を足場として跳躍でもしたのか、その肩の上にしっかりと立っていた。
「ま、それじゃオレがつまらんからいいんだけどな……んじゃまぁ、最後だ……ぶった斬る」
ヴァレンは言霊を口にすると黄金に輝く剣を上段に構え、凄まじい速度で目の前の頭部へと振り下ろす。
一刀両断。
正にその言葉に相応しい一撃。
綺麗な一直線は頭部から脚部まで続いていた。二つに別れたロボットは地に崩れ、今日一番の揺れを引き起こす。
もはやただの金属の塊と化した物体を背景に、ヴァレンは地面に軽々と降り立った。
そして大きく体を伸ばしつつ、肉食獣のように獰猛で、かつ子供のように楽しそうな笑みを浮かべる。
「今日は結構派手で面白ったなー。ま、オレの相手をするにはちと弱過ぎたがな」
ヴァレンの完全勝利。
その結果をもって笑亜が言うところの夏休みお楽しみ劇場は幕を閉じたのだった。




