第七十話 執行妨害
そこはとある高校の体育館の裏。
フェンスのすぐ向こうは学校の敷地外だが、背の高い木々が外からの視線を遮っている。その為、日が当たらない上に風も通らず、空気がジメッとしていた。
そんな薄暗い中を、異形で大型の昆虫らしき生き物が飛んでいた。
灰色で足がいくつも生えた、この地上にいる筈のない存在だ。
そして昆虫の行く先からは一人の少女が肩で息をしながら走ってきていた。
「見つけたっ!」
厄介な知り合いが逃がしたのだろう地球外の昆虫を再発見し、早喜は喚声をあげた。動作が疲労を感じさせる割に表情ははつらつとしている。
自分が遠因であるからと彼女はこの件に責任感と使命感を持っており、それを解決する為なら多少の疲れくらい平気だった。
ただ早喜が昆虫を捕まえようと走る速度を増した途端、それは高度を下げて飛びかかってきた。あまり大きくはないが、スピードがあり外殻も堅そうだ。体当たりされれば軽傷では済まないかもしれない。
それでも野球で足腰や反射神経を鍛えていた早喜なら避けられなくもない。が、捕まえる為には逃げていられなかった。
「はぁ。使うしかないか……」
ため息一つ。
自らの境遇を嘆きつつ、人気がないことを確認すると道を踏み外す決心を固めた。
制服の袖をめくり、右の二の腕にまいた物をさらけ出す。
それは宇宙人から渡された代物。原理もよく分かってない持ち主曰く「多分バリア発生装置」らしい。信用ならない証言だが、不本意ながら何度も使用している為に効果はよく知っている。
普段は念のために鞄に入れているだけだが、あの昆虫を見つけた後、使う必要がありそうだと準備していた。
手慣れてきた事に嫌な思いをしつつ操作し、待ち構える。
すると、突進してきた昆虫が早喜の僅か手前で壁にぶつかったかのように弾かれた。
翅を羽ばたかせて飛行を維持しているものの、衝撃のせいか安定せずふらついている。
今がチャンスとばかりに、早喜は距離を詰めながら次に使う武器を備える。
ポケットから取り出したのは、プラスチックめいた素材で造られた小さな拳銃。玩具のようだが宇宙の生命体にも効く麻酔銃、らしい。
絶対に外さない程近い位置からの射撃。
今日は散々走らされたがこれで終わり。そんな満足感を覚えながら引き金を引いた。
そして発生したのは、カキン、という金属同士が接触したような音。
んん? と嫌な予感と不安が早喜の心を覆う。
そうして戸惑っている内に昆虫は飛行を安定させ、早喜から逃げるように飛び去ってしまった。
「何にでも効くんじゃなかったのかよ!」
早喜は思わずこの場にいない者へ抗議の声を上げた。持ち込んだ生物の事くらいちゃんと調べておけという話だ。
恨み事ばかりでも仕方ない。
足を動かしながら今度は左の二の腕の機械を操作。理屈はともかく使用者の身体能力を向上させる装置らしい。
その恩恵を受け猛ダッシュ。あっと言う間に昆虫に追いつく。
それから進行方向を修正して高くジャンプ。樹を蹴り、校舎の壁を蹴り、三角飛び。上空の昆虫へと肉薄した。
こんなアクションを出来てしまう自分に憂鬱な気分になる。
とはいえ今はそんな事を言っている場合ではない。空中でブンブンと首を振り、何とかネガティブな思考を振り払う。
「はぁッ!」
そしてかけ声とともに踵落としを放った。
重い手応えと共に踵に痛みを感じる。殻が堅くてもこれなら効いた筈だ。
下を見ると昆虫が真っ逆さまに墜落していくところが見えた。しかし、地面に激突する前に体勢を立て直し、再び飛び去ってしまう。
「あぁもう、これでも駄目かっ!」
バリアで着地の衝撃を相殺し、足が地面につくと同時に走る。そこで前方に人影があると気づいた。
見えたのは三人。否、二人の人間と、タコのような姿をした宇宙人。
「何で平然と混ざってんだよ!?」
早喜は信じられない光景にツッコミを入れた。
学校に来ているというだけで問題だが、本来の姿をさらけだしているのは論外だ。
情状酌量の余地無し。今日という今日は許さない。早喜はそう決め、この件をさっさと解決すべく走る速度を上げた。
その瞬間。世界が一変した。
*
校舎裏にいた筈の透人は奇妙な空間に移動していた。
そこは以前にも訪れた、未知の技術により造られた亜空間だ。
倒すべき相手だと勘違いして攻撃をしていた金悟と訳も分からず迎え撃っていた宇宙人。その二人の戦いに透人は平然と乗り込み、なんとか仲裁する事に成功した。
その後軽く事情を説明した金悟とマコトと三人で行動を開始。そして昆虫型のモンスターとそれを追いかける早喜を見つけ、透人がマコトに装置を使うよう提案したのだ。
閉じ込めてしまえば逃げられなくなり、これ以上追いかけ回す必要がなくなる。そう考えての提案だ。
しかし、以前見た一面真っ白な景色とは違っていた。
白い風景の代わりに視界一杯に広がっているのは、マコトに似たタコのような宇宙人の集団。しかも一人一人が何らかのポーズをとっている。そんな映像が人造空間の四方を囲む壁と床、それと天井にまで写しだされていた。
透人はを予期せぬ事態を前にして困惑しながらも心中で状況の確認をする。
以前見た白いだけの風景では距離感が掴めなかったが、今回は映像のおかげである程度は把握出来る。学校の教室程度の広さがあった。
しかしそうした事は理解出来たのだが、宇宙人の映像が写し出されている理由は全く分からなかった。
ただ、そんな風に落ち着いているのは透人だけである。
金悟は白目を向いた顔で呆然と固まっている。先程まで溢れていた闘争心も覇気もなく、らしくない姿を晒していた。
逆にマコトはというと、冷や汗らしき粘度の高い液体をだらだら流し、どもりながら必死に言い訳していた。
「こここれはち違うぞ、君。じ自分は決してこんな趣味じゃないんだ」
「いや、何の話ですか」
「その、だから、空間の背景を変えれる事に気づいて色々いじってたら戻せなくなっただけで、こんな小さい子が好きな訳じゃないんだ。○△●※も大きい方が好みだし、×◆♪○☆▽もちゃんと揃っている方が綺麗だと思っているんだよ。自分は!」
「何言ってるのか分かりませんけど、疑われたくないなら落ち着いた方がいいですよ」
透人は興奮気味なマコトを落ち着かせようと試みる。
マコトは自動的に言葉を翻訳する機械を常に身に付けているらしいのだが、それでも翻訳されない単語があった。
慌てようから察するにいかがわしい映像なのだと思う。しかもマニアックな類の。
といっても、透人にはどれも違いが全く分からない。マコトが発言した単語も何を指しているのか謎。
ただただ困惑が募るばかりだ。向こうから見た地球人もそういうものかもしれないが。
マコトは言い訳を続けつ腕(?)の機械を操作しているが、景色が変わる気配はない。
機械音痴らしいというのは以前話した時に分かっていたが、使い方を唯一知る人物が使いこなせないのは問題だ。というより普通ならあり得ない話だろう。
「マコトさん、その機械見せて貰えます?」
「むむぅ? 君にこのややこしい物体が分かるのかい? 自分にはとても」
「こんな時に何を話してんだお前ら! 呑気に話してる場合じゃないだろ!?」
マコトの言葉を遮り、早喜が遠くから声を張り上げた。
見やれば昆虫のモンスターが宙を飛び回りつつ早喜に体当たりを繰り返し、彼女はそれに応戦している。
男三人が何もしていない間、一人で頑張っていたらしい。
確かに好奇心を満たすのは後回しにすべきだろう。
透人は宇宙の技術を調べる事を一旦諦め、モンスターへと意識を向ける。
更に早喜の大声の影響は透人以外にも及んでいた。金悟も停止状態から復活し、戦闘態勢を整えていたのだ。
「あれが本物の獣か!」
敵の姿を確認すると、黒い鞘に手を添え意気揚々と駆け出す。
次いで今まで敵を追いかけていた早喜に対して荒い口調で警告した。
「オイそこの女、さっさと引っ込め! そいつはお前の獲物じゃねえ!」
「何言ってんだ、部外者はそっちだろ!? アタシに任せとけって!」
理不尽な暴言を受けた早喜は金悟に負けない喧嘩腰で返した。
当然あれが宇宙人絡みの生き物だと誤解したままなのだろう。
透人は引き下がって欲しいとは思っていないが、一応事情を理解もらおうと、自らも加勢する前に早喜に説明しておく。
「日村さん、それマコトさんが逃がしたやつじゃなくて全くの別物ー。という訳で俺達も何とかするの手伝うからー」
「は!? じゃあ何なんだよ!? アイツ以外の奴が逃がしたのか!? というかお前は何も出来ないだろ!?」
「んー、説明は後にした方がいいかな……いや、見て貰った方が早いか」
早喜からの返答を受けて透人は呟く。
戦闘の最中に時間をかけてはいられない。その為、いっそ説明を省こうか、それとも手っ取り早く済ませようかと悩んでいた。
だが、結論を出す前に金悟が参戦し、透人の考えの後者を実行する。
「だからこれは俺の問題なんだよ!」
金悟は引き締め直した顔で吼えると、細くて長めの剣を生成した。空中のモンスターに届かせる為のものだろう。
それを獲物目がけ、力強く振るう。
一太刀目は空中を自在に移動するモンスターにかわされてしまうが、金悟は手を緩めず追撃していく。
「ちょっ、は、ええ!?」
金悟の為した現象に驚いた様子の早喜。
透人はひとまず彼女を放置し、金悟に続くべく必要な言葉を口にして鍵を変形させる。そして勢いをつけて投げた。サイコキネシスで軌道を操作し金悟の攻撃を避けた隙を狙う。
しかしモンスターは速い上、縦横無尽に飛び回るので中々当たらなかった。
「ちょっ!? それっ、お前ら一体何やってんだ!?」
早喜は疑問符だらけの様相で慌てふためいていた。
透人はリングを手元に戻しながら当惑する彼女に近寄り、更なる説明を続ける。
「だから別物だよ。それぞれの武器を使ってモンスターと戦う、簡単に言うと漫画とか小説みたいなアレ」
うんうん、なるほど。早喜はそう頷き、大きく息を吸う。
「意味分からん事言うなよ、もおぉ!!」
そして力の限りを込めたような声で叫んだ。
とうとう限界が来て錯乱したらしい。宇宙人の話をした時の金悟も似たようなものだった。
ある程度落ち着いてから説明を再開し、そして力を求める。
「だから、日村さんも乗りかかった船って事で手伝ってくれると楽なんだけど」
「アイツは引っ込めって言ったんだが?」
「玄堂君は玄堂君だよ」
透人はしれっと言った。
現在、昆虫は剣とリングを避け続け、金悟に体当たりすらしている。
意地になっていては倒せない。
しばし黙っていた早喜だが、やがて堂々とした頼もしい表情を見せた。
「そうだな、手伝うか。元々アタシ一人でやろうとしてたんだし、何よりぼーっと見てるのは性に合わないからな」
高速で威勢よく駆け出した早喜は金悟と虫の間に割り込んだ。
途端、彼に悪態を吐かれる。
「チッ、邪魔だ!」
しかし早喜はそれに反応せず、宇宙の装置でもって虫を弾き体勢を崩させた。
透人はそのせいで飛行が安定していない内にリングで狙い、命中させる。
同時にリングに貼られていた数枚の紙を虫に移す。それは手元に戻した際に仕込んでおいた、重力操作の陣をかいたものだ。
発動させた魔法により虫の動きは更に鈍くなった。そこを早喜が蹴り落とし、床に叩きつける。
「クソッ!」
そしてトドメは金悟の役目。不機嫌そうにしながらも身動きの封じられた昆虫に黒い刃を降り下ろす。
「あぁ!?」
「何やってんだお前……!」
が、標的には届かない。
金悟は驚きと戸惑いが混ざる怒声を発し、早喜も怒りを露にした。
全ては飛び込んできたマコトが虫の前に立ちはだかり、金悟の剣を弾いたせいだ。




