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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第十一章

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第六十九話 あやしすぎる不審者

 証が異空間への入り口出現を報せ、対処の為に行動を始めてから三十分あまり。金悟は遂に逃走した負の獣と思われる不可思議な生き物を発見した。


 相手は獣。この世界にいてはならない存在。

 故に、見つけ次第すぐにでも討とうという心構えを金悟は持っていた。

 しかしその意思に反し、彼の全身は硬直してしまう。驚愕を顔に浮かべ、口をぽかんと開けたままの間抜けな姿で。

 そうなった理由は全くの予想外の出来事に遭遇してしまったから。


「……獣が、喋った……?」


 目の前の獣が言葉を発したのだ。

 それも空耳などではない流暢な日本語。しかも金悟の言葉の意味を理解した上での発言だったように思う。

 そして今も何やらぶつぶつと独り言を言っていた。


「むむ、また動かなくなったか。とうとう壊れたかな。やっぱり安物は駄目だな。でも予算があれだけだったからな…………あ、そこの君、ちょっと待ってくれないか。大丈夫、自分は怪しい者じゃないから」


 金悟を敵とは認識していないのか、それとも舐めているのか、獣はまともに見向きもしないで適当な対応をした。それからいくつもある足らしき部位の一本に巻かれた機械のような部位を他の足でいじりだす。


 その軽い調子に、金悟は何処か他のところでも感じたような苛立ちを覚えた。それを切っ掛けに混乱から立ち直り、しばし黙考する。


 獣に知能があり対話出来るなんて話は聞いた事もない。今までにない未知の事例。

 知能があるという事はそれだけ強い力を持った固体だという事だろうか。

 体も大きくないし、一見危険そうには見えない。だが、ただ暴れるだけでなく考えて行動されるというのはそれだけで厄介だ。かつてない強敵になるかもしれない。


 だが、それがどうした。


 相手が強かろうが弱かろうが、倒さねばならないのは変わらない。

 弱いからと見逃すのも、強いからと逃げ出すのも有り得ない。

 もし今までにない強敵だとしたら、今まで以上に気を引き締めて挑む。


 ただ、それだけの話だ。


「……ハッ! 上等だ。……行くぜ黒鉄刀匠ザングラッ!」


 気合いを入れ、雄叫びをあげる。

 すると金悟の管理者の証たる黒い鍵が眩い光を放ちながら形を変え、そして彼の手中に黒塗りの鞘が顕現した。

 それが金悟の武器。黒剣を自在に創造する鞘だ。


 これで心身共に金悟の戦闘態勢が整った。

 その一方、獣は鍵が変化した際の光に反応したのか顔を此方に向ける。


「むむ? 今何か光ったかな? そこの君何か知ってるかい?」


 獣はこの後に及んでも緊張感が欠片も感じられない調子で尋ねてきた。しかし、金悟が無視すると何でもなかったかのようにまた何らかの作業に戻る。

 やはり危機感が足りない。強大な力を持つ個体というのは杞憂だったのかもしれない。

 そう思ったものの、決して油断はしてはいけない。

 敵と意識されていない今が好機。


 黒い鞘をベルトに差し込み、彼我の距離を詰めるべく駆け出した。

 ある程度進んだところで短くひと呼吸し、鞘に添えた右手を勢いよく降りかぶる。

 つい先程まで空だった右手には漆黒の剣が握られていた。

 刀身が一メートル弱、幅が十センチ程の両刃の剣。向こう側の世界で使用した物より小型なのは獣の体格や周囲への影響を考慮した結果である。


 現れた黒剣を両手で握ると力強く踏み込み、獣の頭部の中心目がけて上段から真っ直ぐ斬り下ろす。

 その寸前になって、ようやく獣は迫り来る金悟に気づいたようだ。といっても自身が攻撃されているとは思ってもいなかったらしい。


「む? 何かよ……っおおおぉぉう!!」


 怪訝な様子で尋ねようとしたところで瞬時に剣に反応。

 奇声を叫びながらの横っ飛びにより、両断しようとした刃は間一髪のところで回避される。

 顔から地面に突っ込んでゴロゴロと転がり、頭が下で足が所々絡まった可笑しな格好で止まった。こんな状況でなければ金悟も笑っていたかもしれない。

 それから獣は体勢を直すより先に怒っている様子で抗議してきた。


「全く危ないじゃないか! 怪しい者じゃないと言っているのにいきなり襲撃するなんて何を考えているんだ!」

「……黙れ」


 金悟は獣の抗議を凄みを効かせた一言で一蹴し、追撃を繰り出す為に走る。

 その様子を見た獣は逆さまになった体勢のまま、心底呆れたという雰囲気で口を開いた。


「やれやれ。話を聞いてくれないなんてとんだ野蛮人だ。こんな危ない人がいるから近寄るなって言ってたのかな」

「っ……このタコ野郎が……!」


 その納得出来ない台詞を耳にした金悟の額に青筋が浮かぶ。無意識の内に剣を握る手にも余計な力が入ってしまう。


 これが冷静さを欠かせる作戦なら相手の思惑通りだろう。

 それならそれで構わないと金悟は思った。

 元々力任せに攻め、剥き出しの感情をぶつけるのが彼の喧嘩のやり方だからだ。


 間合いに入った金悟は腰を捻り体重を乗せ、バットをフルスイングする要領で右から横薙ぎを仕掛ける。


「むー……予備の装置は……ああ、これだ、これだ」


 しかし、獣は避ける素振りも見せず、足にある機械のような部位の一ヶ所をいじっていた。

 先程の慌てようとの違いに不審感を感じつつも、金悟は勢いを殺さずに振り抜く。

 そうして黒の刃は獣の顔の傍まで迫っていき、


 そしてドッ! と訳も分からぬまま衝撃を受けて弾かれた。


「っ!? 何だ!?」


 金悟は驚き、一度大きく後退する。

 それから剣を構えたままで獣の様子を窺った。


「ふぅ。よかった、間に合った」


 獣は安堵した声を出すと人間でいう額の部分を足でさすった。その後で、よっこらせ、と体勢を元に戻す。


「さ、自分はもう行くから君は忘れてくれないかい?」


 そしてそんな台詞をあっけらかんと言い放った。


 それは到底受け入れられない提案。

 絶対に逃がしてはならないと意気込み、金悟は一気に攻勢をかける。


「オラァ!」


 切り下ろし、切り上げ、四方八方から何度も振り回す。

 しかしことごとく獣の三十センチ程手前で弾かれてしまう。何かにぶつかったというよりも、風に押されたような感触。何処にも死角がない、完全な防御の形。


 けれども諦めはしない。

 何度弾かれようとも、弾かれた勢いを利用して体ごと回転させ斬りつけ続ける。

 そうしていく内に、若干ではあるが獣の顔に焦りめいたものが混ざり始めた。


「むむ……このままだとエネルギーがまずいか……うん、今は緊急事態だから仕方ないね。自分は悪くない。悪いのはあの野蛮人だからね」


 獣は言い訳めいた言葉を発すると足の一本を金悟に向け、他の足でまた機械めいた部位を触る。

 その次の瞬間。


「なっ!?」


 足の先の機械が強烈に発光。

 金悟は思わず目を瞑るも、ピュン! と何かが高速で通りすぎた感覚は分かった。それと同時に降りかざした黒剣が急に軽くなる。

 恐る恐る目を開けると、黒剣の半ばから先が消えていた。その消えた部分はガランガランという音と共に地面に落ちる。

 それらは凹の形に抉れていて、二つ合わせれば剣の幅より大きな円が出来る。どうやら獣により穴が空けられたらしい。


 今までどんなに大きく力強い獣を相手にしても、鞘が造り出した黒剣は決して折れる事が無かった。

 かつてない強敵だという予想が当たったようだ。


「さ、これで分かっただろう? 危ないから自分を斬ろうとするのは止めてくれないかい?」


 しばらく呆けていた金悟だったが、獣の勝ち誇った発言を聞いて我に返る。

 そしてごくりと唾を飲み込むと獰猛に笑った。


「……ハッ、面白ぇ! 上等だ、乗り越えてやるよ」


 幾度も続けた連続攻撃で蓄積している筈の疲労を感じさせない迫力で宣言する。

 むしろ金悟の全身には活力がみなぎっていた。

 自身に不利な状況、強敵を前にして燃えてきたのだ。


 新たな黒剣を造り出して構える。今度は防御を崩す為に、先程のものよりも長く重量感のある剣にした。


 一層やる気をだした金悟を前に、獣は頭部をかしげて戸惑っているように振る舞う。


「あれ? 何か間違えたかな?」


 獣はそう言いつつも、足の一本を金悟に向けている。剣に穴を空けた攻撃の準備だろう。

 闇雲で単調な突撃では迎撃されてしまう。

 金悟は闘志を高めながらも攻めるタイミングを見計らう。下手に突っ込まずにチャンスを待つ。


 チリチリと緊迫した一触即発の空気。

 その中で先に動いたのは獣の方。牽制したまま少しずつ後退りを始めたのだ。

 隙が出来た訳ではない。だが、逃がしてなるものかと金悟は意を決して跳びかかろうとした。


 しかしその時、乱入者が現れる。


「あ、玄堂君ちょっと待ってー」


 小走りに駆けてきた乱入者は何を考えているか分からない無表情の男。管理者の事情を知る透人だ。

 獣退治の手助けに来たのだろう彼は呑気に話しかける。


 金悟ではなく、獣に。


「あ、やっぱりマコトさんだ。久しぶりですね」

「むん? ……おお、君か! 確かトード君だったかな。いやいや、久しぶりだね」


 和気あいあいと喋る透人と獣。彼らは名前を呼び合い、まるで昔からの知己のように親しげに会話している。


「………………………………あぁ?」


 金悟の頭は予想だにしない出来事についていけずに再びフリーズした。

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