第六十八話 バラバラ捜査網
「くっそ、どこ行った……!?」
早喜は苛々した様子で悪態を吐くと、額に流れる汗を拭った。
あの地球外生命体らしき虫を野放しには出来ないと追いかけていたのだが、空を飛んでいる上にかなり速かったせいで見失ってしまった。
しかも夏の日射しが照りつける中を走ったのでかなりきつい。だからといって他人に任せられない以上、早喜が頑張るしかないのだが。
「って、なんでアタシがこんな訳分からない事で苦労してんだろうな……」
ふと自分の置かれている状況に疑問を覚えた早喜は疲れたように呟く。
それもこれも奴のせい。
確かに早喜は自分に非があるからと、何かと彼の面倒を見てきた。
しかし彼はトラブルメーカーだという自覚もないし、常に適当で無責任。つい先程電話で文句を言った時もそう。
思い出すと更に苛々してきた。
どうせまた保管しているペットを逃がしたのが原因だろうに、今回ばかりは認めようとせずにしらばっくれたのだ。
責任逃れとは許せない。
終わったら責任を取らせてやらなければ。
そう固く決意する。
とはいえ今はあの虫を何とかする事が先決。
頭を切り替え、これからの行動を考える。
あの虫を探す方法は無い訳ではない。
しかしそれは人の目が多いこの場所ではおおっぴらに使えない手段だ。
やっぱり地道に足を使って探すしかないか。
そう考えて走り出そうとした早喜だが、背後から声をかけられて足を止めてしまう。
「どったの、早喜ちゃ~ん。な~にかお困り~?」
振り返れば、そこに立っていたのは市乃。いつもの通りに妙に馴れ馴れしい態度でニヤニヤと笑っている。
校内の噂に精通している彼女なら虫の目撃情報も耳に入っているかもしれない。
だが今後の事を考慮すると、彼女に怪しまれるのは是が非でも避けたかった。
「……別に何でもない。急いでるからお前は帰れ」
「オゥ、冷たい! ……でも、何でもないことはないでしょ~。アンナちゃんも怖い顔してたって心配してたよ~」
「……っ」
その言葉に早喜は動揺させられる。
くだらない馬鹿がしでかしたこんな案件にアンナを巻き込みたくはないし、心配をかけたくもなかった。
一度深呼吸し、心を落ち着けた後で市乃にアンナの事を頼む。
「アタシは急ぐからアンナに伝えといてくれないか。本当に何でもない。暑くて気が立ってただけなんだって」
「分かった! アンナちゃんには聞かせられない男の女のムフフな事情なんだね!」
「おいこら」
「冗談だってばもぉ~。そんな怖い顔しないでよ~。……じゃ、が~んばってねぇ~」
ニヤニヤと笑いながら手を振る市乃に見送られ、早喜は地球外生命体の捜索を再開する。
市乃の表情と台詞に妙な引っ掛かりを感じたものの、考え過ぎだろうと振り払って。
*
「チッ、どうなってやがんだ一体……」
金悟は顔をしかめ、戸惑いの言葉を漏らした。
捜索開始からかなりの時間が過ぎているが、透人が見たという獣は未だに討伐どころか発見すらしていない。
それどころか、一般生徒に見られたり被害者がでたりして騒ぎになっていてもおかしくない頃だ。
それなのにそういった理由で騒ぎになっている様子は無い。獣の習性からすると、もっと積極的に人を襲っている筈。
ただの幸運だと捉えるのは楽観的過ぎる。今までにない特殊な事態が進行している可能性を想定しておくべきだ。
「あの野郎の方もまだか……」
全く反応を見せない携帯電話をチラリと確認し、焦りをつのらせる。
透人とは二手に別れて獣を探している。見つけたら連絡が来るように話をつけた。連絡先を教えるのは癪だったが。
金悟は当てもなく学校の敷地内を走り回っていた。このままでは埒があかないが、金悟に取れる手段は限られている。
「いっそのこと姐さんに来てもらうか……?」
良子の「証」なら獣を察知出来る。
わざわざご足労願うのは忍び無いものの、自分だけで無理なら頼らせてもらおう。
そう考え、もう少し時続けて駄目だったら本当に呼ぼうと思った時だった。
ザワザワとした人の波が移動するところに遭遇したのは。
彼らはダラダラと残っていて邪魔だった者達だ。何か急いだ様子で足早に去っていく。
獣から逃げているのかとも思った金悟だが、違った。彼らが逃げようとしている相手は奥にいる人物。
「用のない者はすぐ帰れー」
不機嫌そうな顔で帰宅の指示をしていたのは、金悟のクラスの担任である武藤猛先生。
あの世界の事情を知っている人物だ。
どうやら彼も獣の情報を得て一般の生徒を避難させてくれているようだ。
先生は金悟が人波に逆らっている事には触れずそのまま歩み、すれ違い様に囁いた。
「裏門に行け。例の奴はそっちに向かった」
それを聞いた瞬間金悟は振り返る。しかし先生は何事もなかったかのように、一般生徒を追い散らしながら去っていってしまった。
しばし立ち止まっていた金悟だが、先生の背中に軽く頭を下げると急いで裏門へと向かう。
その後ろで先生が苛立ち混じりの声でブツブツ呟いていた事には気づかずに。
*
「んー、何処にもいないなぁ……」
透人は困っていた。
金悟と別れた後、彼が駆けつける前と同じように霊視を用いて逃げたモンスターを探していたのだが、中々見つからないのだ。
透人が霊視で調べられる範囲は初めの頃よりは広くなってきているとはいえ、学校の敷地全域をカバー出来る程ではない。一度範囲から出られてしまうと、もう一度見つけるのは難しかった。
足を使って探そうにも、そうすると集中が出来ずに霊視の索敵範囲が絞られてしまう。
だから、移動しつつこまめに足を止めて霊視を使う。それが一番効率的な方法だろう。
そうして探索を続けていた透人は、何度目かの霊視で遂に異変を発見した。
「ん? ……これは……んー、どうしようか」
ただしその結果、透人は先程よりも更に困る羽目に陥ってしまう。
何故ならば、霊視で視つけた魂が人間のものでもあのモンスターのものでもない、しかし随分と心当たりのある形をしていたから。
*
応征学園の校内で虹色の光にまつわる騒動が始まってから三十分程の時間が過ぎた頃。
学園のの裏門に、身を隠しながら中を覗き込むジャージ姿の怪しい人影があった。
「むむぅん……困ったな。さて、どうしようか……」
彼はその台詞に似つかわしくない、軽薄そうなヘラヘラとした顔で悩んでいた。
彼の用事はこの学校にあった。
しかし、ここはある人物から「絶対来るな」と言われている場所。だから普段は言われた通りに近寄っていない。
それでもこの日ばかりは素直に守る訳にはいかなかったのでここまで来た。
何故ならこれは己のプライドの問題。身の潔白を証明する為の正義の戦いなのだから。
そんな並々ならぬ決意を一応持っていた彼だが、怪しまれずに調査する方法が思いつかずに困っていた。
人に見つかれば調査が出来ない。その上、彼女を怒らせてしまう。
彼はしばらく考えた末に、とりあえず行動してみるという結論に達した。
慎重にいけば何とかなるだろうし、もし見つかっても何とか乗りきれるだろう。
彼はそんな軽い考えで門の内側へと足を踏み出す。
すると数歩も進まない内に、鋭い風切り音が聞こえてきた。
「むん?」
音がする方向、上空を見る。そこにはまっすぐ彼に向かってくる何かの影。今までに見た事のない生き物の姿だ。
それはだんだん大きくなっていき、遂にはじいっと興味深く観察していた彼に突進をぶちかました。
「ムゴッフゥ!」
思いの他強烈な衝撃。
彼はその勢いのままに門に叩きつけられ、くもぐった声を出した。
しかし彼は僅かな時間も経たない内に、平気そうな軽い口調で呟き始める。
「痛いな、もう。……というか、あれが言ってたやつか。でも、あんなの知らないな。うん、やっぱり自分は無実だ。……それにしても、実に興味深かったな。ここにはまだ未知の生き物が多いみたいだな……」
一人で頷き、そして生き物の正体に興味を抱きつつ、彼は再びの突進を警戒して必要な道具の準備をする。
しかし、謎の生き物は彼の予想に反して何処かへ飛び去ってしまった。
あれこそ自らの無実の証明。それだけでなく、興味深い要観察対象だ。
彼は迷わず追いかけようと立ち上がる。
しかし再び音が聞こえてきたので動きを止めた。
届いたのは大きな足音。
どうやら謎の生き物が飛び去った方向とは別方向から何者かが走って近づいてきているらしい。
そして彼が身を隠す間もなく柄の悪い少年がやってきて、獰猛な笑顔で言い放つ。
「ハッ! 足が多くて気持ち悪い変なの……か。やっと見つけたぜ……!」
「……………………むん? 君は何を言っ…………おぉ、カムフラージュが解けてる」
少年の言葉を聞いた彼は自身の姿を見回し、そこでやっと危険な状況を把握する。
キノコ型の頭に数多くの足。宇宙人である彼本来の姿がそこには晒されていた。




