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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第九章

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第五十一話 ちょっとだけ昔話

 球技大会とその打ち上げ、及び金悟達の一件の翌日。

 恒例行事として理事長室を訪れた透人は、今までにないおかしな状況に困惑する事となった。


 まず最初に室内に入った時、笑亜の姿が無かった。それは問題無い。以前にもあったからだ。

 だから特に気にせず、とりあえず指定席となっているソファに座って待つ事にした。そうしていると笑亜と一緒に市乃もやってきた。それも問題無い。元々市乃についての話をすると聞いていたからだ。

 問題は、やってきた二人が腰をかけた場所。そこは既に透人が座っているソファだったのだ。


 それも両側を女子二人に挟まれた形だ。

 しかも本来二人掛けのものに無理矢理入ってきたので必然的に密着してしまう。

 透人としてはそんな環境にいつまでもいたくなかった。

 だから不満げに声をあげる。


「何これ狭いんだけど」


 狭いのは勿論だが、落ち着かないし、話しづらいし、何より意味が理解出来ない。そんな思いが込もった、涼しい顔での抗議。

 それを聞いた両隣の二人はしばし顔を見合わせ、それから頷き合うと立ち上がった。


「あ~うん。ごめんごめん。じゃ、笑亜、移動しよっか」

「ええ、そうね」


 抗議を受け入れた二人は揃って向かいのソファに移動し、並んで座る。そして顔を寄せ合い、ひそひそと話し合いを始めた。


「……どう見る、市乃?」

「……まあ、見たとこ照れ隠しとかじゃない混じりっけ無しの本音っぽいよね。体温、脈拍共に平常値だし」

「やっぱりそう思う? 全く、予想していたとはいえ複雑な気分よね」

「そうそう、こんな美少女がサービスしてあげたのにノーリアクションなんだもんね~。ホント勿体ない」

「まあ、でも仕方ないわね。自分でも変人だとか精神年齢が低いだとか認めている人だもの。何処かしらに問題があるのよ、きっと」

「うんうん。ちょっと特殊な性癖が無いか調べてみようか」


 実に楽しそうな表情で、息のあった好き勝手な掛け合いをする笑亜と市乃。

 そんな二人に話題にされた当人はというと、潜めた声での話を全て聞いていた。というよりも、二人の声は透人の耳に届くギリギリという、絶妙な音量に調節されている。わざと聞かせていたのだろう。

 ただ、特に言う事は無かったので、ぼけーっとテーブルにあった紅茶を飲んでいた。

 もっとも、五分以上経過しても終わる気配を感じられないとなると話は変わってくるのだが。


「ねぇ、そろそろ本題に入らない?」


 透人がその言葉を発した事で、やっと二人はお喋りを止めて前を向いた。


「ええ、そうね。いい加減遊びは止めましょうか」

「そだね。やっぱりリアクションしてくんないからつまんないしね~」


 遊びだのつまんないだの、人で何をしたかったのか。

 とは思うものの、その辺りを指摘すると更に話が進まなくなりそうなので透人は気にしない事にした。


 こほん、と咳払いをしてからようやく市乃は自分について話し出す。


「まず言っておくけど、私は別になんにも能力とか使えないんだよね」

「そうなの?」

「うむ。そうなのだよ。我が用いるは特別な才能が必要な力に非ず。一般人でも努力次第で身につけられる技術なのだ」


 市乃が何故か重々しい口調になったが、特に意味の無いおふざけだと判断した透人はそれをスルーして先を促す。


「じゃあ、その技術って何?」

「うむ。基本的な格闘技術、それに情報収集に役立つ技術だな。人から情報を聞き出す為の話術、読唇術、変装、声帯模写、潜入工作、尾行、ピッキング……」

「どんどん犯罪じみていくんだけど。何? 怪盗か何か?」


 透人は少々の呆れを含んだ半分ふざけた様な質問をし、それに市乃はオーバーなアクションで応じた。


「ざぁんねぇんでぇしたぁー! 答えは真逆でぇーす!」

「間逆?」

「……うむ。我が師でもある父は探偵を生業としているのだ」


 相変わらず口調も声質もコロコロ切り替わる。ただ、それは面倒なのでやはりスルー。そして、必要な情報を手にした透人は一応納得をしていた。


「探偵か……それで諜報員と」

「否、まだだ。まだ半分なのだよ。我が正体はな、実は」

「忍者の子孫なのよ」

「ちょっと笑亜ぁー!? 何で先に言っちゃうのぉー!?」

「だって暇だったもの」


 本題が始まってから沈黙を保っていた笑亜に台詞を盗られ、市乃は抗議した。そして二人して仲良く言い争う。

 そこに、透人が強引に割り込んで尋ねた。


「さっき言ってたのって忍者の技なの?」

「……うん、そー。色々手を加えた部分も多いけど基本はそうなんだってさー。お父さんは代々受け継いできた忍術を何かに使えないかって考えて探偵始めたんだってさー」


 拗ねているとアピールしているのか、膨れっ面になった市乃が何処か投げやりに答える。その言葉で、彼女の正体は何か、という疑問は解消された。


 しかし、今日これまでの話の中で新たな疑問が生まれてしまっていた。


「何でそんなに仲良いの? いや、それよりも、二人っていつから組んでるの?」

「あ、気になる~? うん、そうだね~。私達は中学からの付き合いだね~」

「中学生の神無月か……想像出来ないな……」


 透人のしみじみとした呟きに普段の口調に戻った市乃が面白がっていそうな顔で反応した。


「あ、その頃の話も聞きたい? だよね~。だってさ、笑亜」

「あの頃もなるべく忘れたい過去だけれど、仕方ないわよね」

「うんうん。あの頃の笑亜は今と全然違ってたね~」


 そんな風に市乃と軽い会話をしていた笑亜だつたが、急に姿勢を正すと暗く重い雰囲気を纏った。


「貴方にも少し話したけれど、私の過去には色々あったのよ。その細かい話はまた今度にするとして。それのせいで私は普通とは違う子供時代を過ごしたの。だから、私が普通の生活を知ったのは中学校からなのよ」

「あー……と、また重い感じなのにさらっと言うね。聞かなかった方が良かった?」


 透人は居心地の悪さを感じ、否定するような言葉を口にした。

 しかし笑亜が見せたのは妖しい微笑。


「フフフ。いいえ、そんな事は無いわ。貴方にも知っておいて欲しいもの。……それじゃあ、まず私達の出会いの話から。そう、あれは三年前の事だったわね……」

「ホワンホワンホワンホワンホワワワワワ~ン」


 雰囲気を壊す市乃の合いの手(?)を挟んだ後、笑亜はゆっくりと語り始めた。



  *



 今から三年前。

 世間一般で中学生となる年齢となった笑亜はとある中学校に通っていた。

 その中学校は、裏の世界の存在が集まる地域の中心に近い場所にあった。かつ、裏の存在は一人も在籍していなかった。

 それらが、監視しつつも干渉しない、という組織の当時の方針に合っていた為に笑亜の通学先として選ばれたのだ。


 その学校で、笑亜は慣れないながらも普通の人々との生活に溶け込んでいた。

 クラスの生徒達とも良好な友人関係を築いている、成績優秀で生活態度にも何の問題の無い優等生。

 そういう設定を演じていた。


 目立たぬ様に。浮かぬ様に。深く関わらぬ様に。

 自らの経歴に能力に内心、それから勿論組織の事等全てを隠して、仮面を被って生活していた。


 学力は既に持っていた笑亜にとって、学校とは社交性を学ぶ為に通わされていたものだった。しかし、笑亜はそれに価値を見出だせなかったのだ。

 だから、笑亜が過ごしていたのはただ時間を重ねるだけのつまらない日々だった。


 そんな日常が打ち壊されたのは、激変した環境にも慣れてきた五月のある日。その放課後の事だった。




「バイバイ、神無月さん」

「ええ、またね」


 別れの挨拶をしてきた同級生に笑亜も朗らかに返す。上辺だけでしかないがそれなりの付き合いがある相手。だがそれは、普通の中学生を演じる為の演出として付き合っているに過ぎない。


 笑亜にとって、本当の意味での友人など学校にはいない。心を許せるのは組織の人間だけ。

 だから笑亜は素早く帰り支度を済ませ、早く帰ろうとする。

 自分だけの世界で、本来の自分に戻って過ごす。それこそが唯一安らげる貴重な時間。


 そんな貴重な時間を机の影からひょっこり顔を出した存在が邪魔をした。


「ねえねえ、神無月さん、ちょっと聞きたい事があるんだけど、時間いいかな?」

「……ええ、いいわよ。私に答えられる事なら」


 仮面を被り、内心を隠し、優しげな笑顔で質問を促す。

 床にしゃがんで声をかけてきたのは白葉市乃。お調子者でいつも騒がしいクラスのムードメーカーである女子生徒。下手に断って騒がれては面倒なのだ。


「あっそう? よかったー。ありがとねー。……じゃ、場所移そうか」


 許可を得た市乃は悪戯っぽい、悪い予感のする笑顔で礼を言った。それから提案を受け、教室の隅へと移動する。

 そこで市乃は高いテンションで、しかし周りには聞こえない潜めた声で話を始める。


「んっじゃ~あ、お言葉に甘えて早速本題っ。神無月さんってさぁ、女優でも目指してるの?」

「? いいえ。どうしてそう思ったの?」


 笑亜は想定外の、意図が読めない質問に戸惑い聞き返した。そんな発言をした覚えは無く、心当たりすら見当もつかない。

 そんな笑亜の疑問に、市乃は可笑しそうに笑いながら答える。


「ん~。理由? はね~……私ってさぁ、趣味が人間観察っていうアレな感じの人でね。それで神無月さん観察してて思ったんだけど…………演技とか作り笑いとか、凄い上手いよね」

「……っ!」


 笑亜は意表を突かれ絶句した。

 演技が見破られ、指摘されるなど思ってもいなかった。演技が完璧だと確信してはいなかったが、今まで疑いの目を向けられた事はなく油断していた。

 しばしの黙考の末、笑亜はしらを切る。それしか思いつかなかった。


「…………何の、事かしら?」

「あ~、とぼけるの? 学校なんてつまらないって思ってるでしょ? 周りの平凡な人間なんて付き合う価値無いって思ってるでしょ?」

「……そんな事思ってないわ。白葉さんの勘違いよ」


 動揺を押し殺し、演技を貫く。今更遅いかもしれないが、かといって軽々しく教えられはしない。

 あくまで否定する笑亜を嘲笑うかの様に、市乃はふざけた態度をとり続ける。


「んっふっふっ~。ま、簡単には認めないか~。じゃあ、その仮面の下にはどんな秘密を隠してるの? 庶民の勉強をしたいお嬢様? プライベートは静かにしたいアイドル? 日夜平和の為に戦い続ける正義の味方? それとも逆に悪の方?」

「………………別に、秘密なんて、無いわよ?」

「あー、やっぱりこっちも駄目ぇ~? ……でぇ~もぉ~、それならそれでこっちにも考えがあるんだよぉ~?」

「……学校中に言いふらしでもする気?」


 笑亜の心中を知ってか知らずか、初めよりもテンションが高くなっている市乃。彼女に冷たい視線を向けつつ、笑亜は問いかけた。

 それに返ってきたのは、否定。それからニヤニヤとした笑顔と思わぬ言葉だった。


「いやいやいやいや、流石の私もそんなのしないって! ……たださぁ、ちょっと始めたい事があるから手伝ってくれない? この場所もつまんなくないって事、笑亜に教えてあげるよ?」


 優等生の演技をしていると解っている。笑顔は単なる仮面だと解っている。秘密を抱えていると解っている。

 なのに、平然と近づいてきた。いや、だからこそ、秘密を暴こうと近づいてきたのだ。その為に、人の心に土足で踏み込み、馴れ馴れしく名前を呼び、得体の知れない人間を自分が始めようとしている活動に誘ってきたのだ。


 そんな事を実行してしまう市乃に笑亜は興味を抱いた。

 自分と同じとはいかないが、普通ではない存在に。

 組織の人間以外では初めての、普通の人間に対する興味を。


 だから、かもしれない。


 わざわざ乗る必要はない誘いであり、冒す必要はない危険。

 そう理解している筈の笑亜の手が、理性に反して勝手に動き差し出された手を握り返したのは。


 それが笑亜と市乃の出会い、運命が変わった瞬間だった。

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