第五十話 大事な話ふたつ
「まだ一回も歌ってないよね? 歌わないの?」
「……うん。僕は、別にいいよ。こういうところで歌った事ないし……」
「あ、似合いそうなの入れておいたよー」
「え? いや、だから僕は……って、何なのこの曲!?」
「あれ? また食い物無くなったのか。早くね?」
「皆お腹空いてるからじゃないかなぁ。人数も多いし。うん、仕方ないよね」
「…………ウン、ソウダナ。シカタナイヨナー」
「え、どうしたの!? どうしてそんな目で見てくるの!?」
「……その口が生み出すのは奇跡の歌声! さあ、それでは歌って頂きましょう!」
「止めろ、歌いにくいわ! 誰かマイク没収しろ!」
「任せろ! 寄越せお前!」
「ああっ! マイマイクがぁー! ……えぇー!? もう司会駄目ぇー? …………しょーがないなぁもう。じゃ、時間がある内にちょっくら迷子の捜索に行ってきまーす」
*
金悟が目を開くと、そこは特に代わり映えのしない街並みの中の建物と建物の隙間だった。ただ一ヶ所、虹色の四角い輝きの存在が異彩を放っている。
その場にいるのは金悟以外に三人。
金悟が背負っている男性、目をパチパチしている透人、それにほっとした様子の良子だ。
視線を上に向ければ、広がっているのは沈みかけの太陽が造り出した赤と青のグラデーション。モノクロの視界に見慣れた目には眩しいその景色に、金悟は生還した事を実感する。
金悟は大型の獣との戦闘を乗り越えた後、無事に良子と合流を果たし、異なる空間からの帰還を果たしたのだ。
どうやら一時間以上は経っている。なるべく早く済ませたかったが仕方ない。
大型の獣とそれが呼び出した獣の群れを倒すのに結構な時間を取られてしまった。その上、感覚では一瞬の出来事である世界間の移動も、実際にはそれなりの時間が経過しているらしい。
金悟は落ち着いており、考え事をする余裕も持っている。
帰還が金悟と良子にとっては慣れたものだからだが、透人にとっては違っていた。感嘆したような声を漏らす。
「おぉ、戻ってこれた…………ん?」
キョロキョロしていた透人だったが、ある方向を見て動きを止めた。そのまま明後日の方向を凝視し続ける。
そんな透人を金悟は訝しんだが、良子は構わずに真剣な面持ちで話しかけた。気づかなかったのではなく、些細な事より重要な話を優先する為だろう。
「……さて、明海君でしたね。君は、これからどうしますか」
「ん? ……あぁ、鍵の事ですか?」
「はい。管理者の話です」
良子は呑気に聞き返してきた透人にそう答えると一度背中を向ける。そして正面に存在する虹色の輝きに赤銅の鍵を差し入れ、小さく呟いた。
「ロック」
するとガチャリという音と共に虹色の光は明るさを失い始め、やがて消滅。光があった箇所は初めから何も無かったかのように平凡な空間に戻った。
それはつまり、別の次元にあるという負の世界との繋がりの消失をも意味する。
良子は光の消滅を完全に終わるまで見届けたところで向き直ると、透人に対して説明を始めた。
「今の様に、出現してしまった負の世界との狭間を閉じる事。それが間に合わず、あちらに迷い込む人やこちらに入り込む獣が現れれた場合には救助や退治をこなす事…………これらが私達、あの世界から生還した者達が秘密裏に行っている活動です。
……君には力も資格もあります。私達の仲間になる意思はありますか?」
射抜くような視線で真っ直ぐ相手の瞳を見詰めながらの、試すような良子の勧誘。
それに透人は腕を組んで首をかしげるという動作を見せた。迷っているのだろうが、無表情でその考えは読めない。
やがて決着がついたのか、腕をほどくと頭を掻きながら発言する。
「……そうですねぇ……絶対仲間にならなきゃ駄目っていうならなりますけど……なるべくフリーの方ががいいですね」
表情を変えないまま、とぼけた調子で答えた透人。
それに、金悟はどうしようもなく苛立った。そしてその感情を抑える事もせずにぶつける。
「良子さん。やっぱコイツは駄目っスよ」
「金悟君?」
怪訝な目を向けてきた良子の方を見ながらも、透人の方を意識して続ける。
「やる気は無いし覚悟も無い。今回上手くいったのは偶然です。次は足を引っ張りますよ」
獣との戦闘中からずっと思っていたが、透人には真剣さが足りない。
仲間となる人物には、良子のように覚悟を持っていて貰わなければならない。かつて金悟も助けられた、自分の事を置いてでも他人を救おうとする姿勢は尊敬に値する。下について力になりたいと思える。
だが、透人は違う。
今回は役に立ったとはいえ、良子の勧誘に対してもふざけている透人は、仲間として相応しくない。
「やる気がないなら仲間にならなくていい。狭間の光には近づくな。鍵は手放せ。それでもう二度と俺らと関わる事はねえ」
「……う~ん。やる気は無い訳じゃ無いんだけどなぁ…………あー……えっと、尾形さん? はそれでもいいんですか?」
「……無理強いはしません。君の好きなようにして下さい」
「分かりました。じゃあ、ちょっと今回は断ります」
「……そうですか。残念です」
貶しても一応否定しただけ。それ以上言い返さず結局あっさり断る。
度胸はあるかもしれないが、やはり覚悟も力があるという自覚も足りない。
何を考えているか解らないが、とにかく金悟にとっては仲間にはなれない人間だ。
「早く待機組と合流しましょう、良子さん」
「……では私達はこれで失礼します。……っと、待って下さい、金悟君!」
周囲一帯は念の為に人払いされており、人通りがない。事前の打ち合わせ通りなら近くに仲間が待っている筈だ。
金悟はそこを目指し、苛立ちを隠そうともせずにズカズカと荒い態度で進む。背負う男性に配慮して下さい、と良子にきつく注意されながら。
*
使命と用事を終えて去っていく金悟達を、透人はボーッとした無表情で見送っていた。
他の裏の世界との兼ね合いから勧誘を断ったが、どうも金悟には嫌われてしまったらしい。
ただ、得てして相性の悪い人間というのは誰にでもいるものである。特に透人にはそれが極端であり、よくある事であった。
だからあまり気にせず、その場で待つ。この世界に戻った直後から感じていたものを。もう一つの大事な話をする為に。
そして、金悟と良子が完全に見えなくなった頃。それが騒々しくやってきた。
「やっっっっと見つけたよ、明海くーん!! 何処まで迷ってたの~?」
路地から姿を現して駆けてきたのはクラスメイトの少女、市乃である。
打ち上げでカラオケにいっている筈の市乃が何故こんな所にいるのか。透人は推測していたが一応尋ねておく。
「…………白葉さん。何でここに?」
「いや~、先生のモノマネとか曲紹介とかで盛り上げてたんだけどね? ついにマイク没収されちゃってさぁ~。暇……でもなかったけど休憩がてら探しに来たんだよ~」
市乃は早口でそこまで言い終えると一旦黙り、透人に顔を近づける。そして実に楽しそうな表情で話を再開した。
「そ、れ、よ、り、さっき玄堂君が委員長な娘と一緒に歩いてたよね? あれ誰? 何か知ってる? まさかまさかのフッフッフー?」
「…………」
市乃が申告した、打ち上げを抜け出してきた理由と最後には意味が解らなくなった質問らしき何か。
それらに、全てを理解し、確信している透人としては黙っている他なかった。
「あれ? 何? どうかした?」
「いや、何か白々しいなぁ、って」
「白々しい!? 何処が!? それはちょっと酷いくない!?」
「だってずっとタイミング見計らってたでしょ?」
「えぇーー!? そんな事する訳ないじゃーん。たまたまだよ。たまたま。それとも何か証拠があるの~?」
「証拠……ねぇ」
証拠は無い。
何故解ったかといえば、人っ子一人居ないこの一帯の路地に隠れてスタンバイしている姿を霊視で視ていたからだ。
だから普通ならば言う訳にはいかない。
しかし、今目の前にいる人物は普通ではない。
「……そういえば白葉さんと二人って初めてだな……人も居ないしもう言っちゃうか」
「え!? 言っちゃうって何を? まさかの告白!? そんな、笑亜から乗り換えるの!? 気持ちは嬉しいけどぉ~…………」
一人で身くねらせ盛り上がる市乃。その行動にわざとらしさを感じながらも透人は発言の全てを無視し、いつも通りの無表情で確認をする。
「玄堂君どころか皆の事全部知ってるでしょ?」
「え? 皆? ……って誰? というか、全然違ってた!? やだ、恥ずかしい…………」
「……だから、白葉さんは神無月とグルの諜報員なんでしょ?」
あくまで惚け、ふざけ続ける市乃だったが、段々面倒になってきた透人が投げやりになりつつ重ねた言葉に、ピタリと動きを止めた。
そして雰囲気が一変する。ついさっきまでのふざけた調子は消え、代わりに顔を出したのは暗く冷たい夜の闇。酷く冷たい顔つき。透人も言葉を失う程の変貌。
そうして訪れた僅かな静寂を破ったのは、市乃が漏らした忍び笑いだった。
「ふ、ふふっ………………ふふふふふ……………………あははははは!!!!!」
幽かな苦笑から徐々に声量を大きくしていき、最後には高らかな大笑いになるという綺麗な三段笑い。
それが収まるとドスの効いた低い声を出した。
「よくぞ我が正体を見破ったな! 誉めて遣わそうぞ!」
まるで悪役の様な口調の市乃に、透人はいつも通りの話し方で指摘する。
「いや、見破ったも何も、色々詳しく知ってたり、神無月と怪しい密談してたり……最初から隠す気無かったでしょ?」
「うん。無かった!!!」
市乃は再び雰囲気をガラリと変え、はっきり言い切った。
「いやぁ~。ようやく言えたよ~。良かった良かった」
「それって"主人公"の皆と全員接触したから?」
「うん。そんな感じ。私の場合は特殊なケースだからね。こっちから出向かないと会えなかったかもしれなくてさ~」
「特殊? ちなみに白葉さんは何なの? 超能力とか魔法とか粗方出尽くした気がするけど」
「私? 私のジョブはね、実は………………………………」
市乃はそこでたっぷりと溜めを作った。それは無駄に長く、暇だった透人はジョブという言い方について何か言おうかと考えていた。そして、やっぱりどうでもいいか、と結論が出た頃になってようやく一乃は言った。
「To be continued」
「うん?」
その声には深い渋みがあり、しかもネイティブな発音だった。どうでもいい拘りに透人は戸惑いながらも関心する。
「いやぁ~、ごめんね? だけど今日の主役は玄堂君達だからね~。私の正体は明日のお楽しみって事で」
「まあ、それならそれでいいんだけど」
「あ、そうそう。正体発表は例のあの部屋でやるからね。……この意味、ちゃんと解ってる?」
「……んん? 何が?」
首を傾けつつ聞き返した透人に、市乃はニヤニヤ顔とともに立てた親指を突き出した。
「両手に花だよ、やったね! ……あ、それとも笑亜と二人きりの方が良かった? だったらごめんね~」
「……いや、別にいいけど」
「そう? んじゃ明日の話は終わり! レッツ! 打ち上げ!」
そう言うが早いか、たったったー、と市乃は軽快な足取りで去っていった。
その後ろ姿を眺めながら、透人は疲労感を滲ませた声音でボソリと呟く。
「……何か戦いよりも疲れた気がする……」
それからゆっくりと市乃の後を追いかけていった。




