第五十二話 あの時の選択
「いやぁ、懐かしいね~」
「フフフ。ええ、本当に懐かしいわね。痛々しくて恥ずかしい過去だけれど」
「確かに今思い出すと恥ずかしいかもね~。でも、あの頃はあの頃で可愛いかったよ~?」
「フフフ。あら、ありがとう」
笑亜が出会いのエピソードを語り終えると、二人はフフフあはは、と笑顔で仲良く言い合う。その笑顔は明るいものと妖艶なものという対照的なものであったが、何だか気があっていて楽しそうだった。
一方、紅茶とお茶請けを口に運びながら黙って話を聞いていた透人は、今しがた聞いた内容と目の前の光景との違いに思いを馳せつつ、しみじみと感想を声に出した。
「……何というか、凄いね。白葉さん。度胸があるというか。怖いもの知らずというか」
そんな感想に市乃は大袈裟な身振りを交えて反論する。
「いやいやいやいや、何言ってんの。明海君には負けるって~」
「ん。確かに俺も怖いもの知らずとはよく言われてたけどそこまでかな?」
「そうよ。その点に関しては貴方に敵う人なんてそうそういないわよ」
「私だと薮の中にいるのが蛇どころか魔王だって分かってたらつつかなかったかもしんないからね~。度胸じゃなくて無知の為せた業。分かってて飛び込む明海君とは大違いだよ~」
とぼけた様子の透人に、二人は揃って指摘した。
裏の世界の先達からの高評価(?)に透人は少し過去を振り返ってみる。が、彼としては自分がやりたいと思った事を行動に移していただけであり、そこまで言われる事に納得出来なかった。ただ、これ以上脇道に逸れるのは好ましくないので、今の話題は頭の片隅に追いやり続きを促す。
「そうかな…………まぁ、いいか。で、その魔王と一緒に何を始めたの?」
「むぅ。やっぱりリアクションが薄いし面倒臭がる。もうちょっといじりたかったのになー」
すると市乃は不満そうに口を尖らせて言った。しかし、すぐに楽しげな表情になり質問に答える。
「で、何だったっけ? あ、何を始めたのか、か。まぁ、色々とあるけど、要するに学校の問題の解決だよね。いじめとか不正教師とか不登校とかとかとかとか」
「あれ、以外と普通……でもないか。この組み合わせだとなんか嫌な予感しかしない」
透人が失礼ともとれる内容を堂々と言ってのけると、市乃は口の端を大きく吊り上げて笑った。
「そうそう、当たり~。反省が必要な輩には精神的、社会的にゴニョゴニョな目にあってもらったりしたね~」
「それは……その人達も災難だったね。神無月のあれは特に」
以前笑亜が行った悪党退治の結果を思い出しつつ、透人は深い感情がこもられた声を発した。
するとしきりに頷く市乃から同意を得られる。
「うんうん、私も味わいたくないね。まぁ、笑亜は最初、制裁に参加してなかったけど」
「そうなの?」
笑亜の性格をもとに異なる予想していた透人は意外そうに聞き返し、それに微笑をたたえた笑亜が答えた。
「フフフ。そうなのよ。市乃の提案を受けたといっても、すぐに正体を明かした訳ではないもの。だからしばらくは大人しく助手をしていたのよ」
「……神無月が助手……全然想像出来ないな……」
いくら考えてもその姿は脳裏に浮かばず、腕を組んだまま唸る透人。しばしの間そうして想像力を高めようとしていたが、時間ばかりが過ぎていくだけなので諦め、話題を切り替える。
「……それじゃあ、いつ、何で、正体を明かしたの?」
「フフフ、当然秘密を明かすまでには長い時間がかかったわよ。でも、あまり時間をかけて長引かせてもしょうがないから、要点だけ。といっても、さっきの長話で私は少し疲れたのよね」
「ハイハーイ! と言う訳で語り手交代!」
笑亜から言葉を引き継いだ市乃が、手を真っ直ぐ挙げながらそう宣言した。それからコホンと一つ咳払いし、一度神妙な顔つきをとる。
「えー、それでは…………回想パートツー、スタート! ホワンホワンホワンホワンホワワワワワァ~ンッ!」
しかし、一瞬にして真剣な顔つきを全力で楽しんでいると理解出来る満面の笑みに変えて、高らかに叫んだのだった。
その後は満足したのか、普通に語り始めたのだが。
*
三年前。
ようやく残暑が過ぎ去り涼しくなってきた事を実感しだした秋の初め。
日が落ち、暗くなった街中を二人組の少女が歩いていた。
その片方がにこやかに笑いながらもう一人に声をかける。
「いやぁ、今回も助かったよ~。やっぱり笑亜は優秀だよね~」
「いいえ、白葉さん。大した事はしていないわ」
市乃の感謝の言葉に、素っ気なく答えた笑亜。彼女は眉一つ動かさなかった。
その対応に、市乃はどうしたものかと考えを巡らせる。
一緒に行動するようになって半年程経つが、態度があまり変わらない。こうして一緒に帰っているのも、半ば以上は強引に続けて断るのを諦めさせたからだ。
市乃の前では他の人に見せる様な笑顔の仮面や優等生の演技はしていないが、それだけだ。
代わりに見る、冷たい顔や素っ気ない態度が素顔かというとそれも違う気がする。まだ心の深いところに何かを抱えている気がするのだ。
それが何なのかは、表情や仕草から内心を読み取る技術を身につけている市乃にも解らない。
まだ秘密を教えてくれる気配は微塵もない。
それが、少し悔しい。
まだ笑亜にとって自分はその程度の存在なのだ。近づきたいのに中々近づけない。確かな壁が存在する。
ただ秘密を暴く為に近づいた筈なのに、いつの間にか手段と目的がすりかわっている。
自覚しているから尚悔しい。
初めはただの興味本意だった。
全校生徒のプロフィールを、細かいところまで全てとはいかないが調べあげた市乃が、偽装した経歴までしか調べられなかった相手。それが笑亜だ。
だから、笑亜に声をかけたのは、いくら探っても辿り着けなかった秘密を暴いてやろうという幼稚な思いつきだった。家族や関係者に相当な財力、権力の持ち主がいるだろうし、かなりの危険な香りもするが、だからこそ挑んでみたいというプライドの問題でもあった。
しかし、行動を共にするようになっても謎は深まるばかりだった。
自分が手に入れた情報の分析を任せてみても手際がいいし、他にも理解力、推理力といった様々な面で有能なのだ。訓練した自分が尾行中に見失った事もある。
しかし、一度気になるのはやはり表情だ。時折笑亜が見せる、あの顔。
市乃が笑亜への興味を深め、もっと距離を縮めたいと思い始めた切っ掛けとも言えるそれが、一体何を意味するのか。
笑亜の秘密とは市乃が想像も及ばない何かなのだろうか。
「待って」
そんな考え事を止めたのは笑亜の声。急に立ち止まり、静止をかけてきたのだ。
「違う道を行きましょうか。少し寄り道したいところがあるの」
その言葉に振り返った市乃は戸惑い、動揺する。
何故なら、
「え? ………………笑亜。何でそんな嘘吐くの?」
寄り道という、笑亜が普段使わない言葉。それだけでも怪しいのに、声音や表情等の情報からも嘘なのは明らかだ。
確かに笑亜は嘘を吐くのが上手い。しかし笑亜には見破る事が可能だ。それは理解している筈。その上で何故言うのか。
市乃は笑亜を見つめながら再度問いかける。
「何か、あったの?」
「…………そうね。理由なんてどうでもいいものね。……いいから他の道を行きましょう」
はっきりとした有無を言わせぬ口調。鋭く冷たい眼差し。従う事を強制するかのような高圧的な態度。
そんな異常ともいえる笑亜の行動に市乃は身動きも返答も出来なかった。
理性の部分では従うべきと言っている。しかし、本能や直感、そういった理屈でない部分が従ってはいけないと囁いている。
そんな葛藤を脳内でしていた時、ある事に気づいた。
それは、人の声と足音。まだ離れているが、此方に近寄る人物の気配。
ようやく市乃は笑亜が道を変えたい理由を察した。
「もしかして、あの人を避けたいの?」
「……さぁ、何の事だか分からないわね。……いいから早く行きましょう」
笑亜はとぼけているが間違いない。五感を研ぎ澄ませる訓練をした自分よりも先に知った方法は分からないものの、笑亜が道を変えたいと言ったのはこの先にいる人物が原因。そしてそれは笑亜の秘密に繋がっている。
従ってはいけないという直感はこの事だ。笑亜の懐に潜り込むには今から起こる出来事と向かい合わなければならない。
そう判断した市乃はニィッと悪戯っぽく笑いかけ、高圧的な態度の笑亜に抗う。
「笑亜。私にはね、探偵として、忍者として、情報を掴む為には手段を選ばないんだよ? だから……こんな、笑亜の事を丸裸にするチャンス、見逃してあ~げないっ!」
冷たい態度の笑亜に対して、市乃はあえてふざけた態度をとった。すると笑亜は毒気を抜かれた様にぽかんとした顔をする。
そんな珍しい反応を確認した市乃は小さくクスリと笑った。そしてすぐに頭を切り替える。気を引き締めて身構え、前方、何者かがやってくる方向を見据えた。
「……これも運命かしらね……」
その後ろでは笑亜がボソッと幽かな声で呟いたが、冷たい風の音に紛れて流され、緊張する市乃の耳には届かなかった。




