第四十七話 管理する者
「え〜と。誰ですか? とりあえず事情全部知ってるって事でいいんですか? だったら色々教えてくれると有難いんですが」
透人は、助けに現れた真面目そうな眼鏡の少女に次々と質問をぶつける。好奇心を満たす為なら未知の人物だろうと遠慮しないのだ。
しかし、情報開示を求める透人の声に少女はそっけない態度で応じた。
「話をしている暇はありません。この場所が危険なのは君も解っている筈ですよ。これからすぐ、ここに迷いこんだもう一人の方に向かった仲間と合流します」
どうも少女は話す気がないらしく、赤銅の猫を先頭に歩き出してしまった。
確かにこは危険で、ゆっくり話している場合ではない。一刻も早く安全なところに行くべき。
そう、理由は納得出来る内容ではあるのだが、透人は動こうとしなかった。
それを少女は不審がり、足を止めて透人を促す。
「? どうしたんですか? 早くついてきて下さい」
「いや、ちょっと……知らない人についていくのは危ないんで」
「こんな時に何を言っているんですか」
少女は険しい目付きと少し怒った様な声音を透人に向けたが、そんな反応をされても当人は怯まない。
それどころか無表情のまま饒舌に語りだした。
「いやいや、突然現れた詳しい話もしない人を無条件で信用は出来ないですよ。一応警戒はさせて貰います。連れてる猫もここのモンスターみたいですし」
「…………本当にそう思っているんですか?」
透人の雰囲気には、言葉とは裏腹に緊張感がまるでなかった。少女から疑惑の視線を向けられる程だ。
それもその筈、実際は少女を疑ってなどいない。ただ事情を知りたいが為の方便だ。それに、とりあえずは自分と先に逃げた男性の安全が確保できたので安心していたというのも大きい。
ただ、呆れを含む疑惑の視線をむけていた少女も透人の言葉には一理あると思ったらしい。今度はそっけない態度をとらず、重々しい雰囲気を伴って透人と真正面から向き合った。
「……世の中には知らない方がいい事もあります。平穏に暮らしていくには知る必要のない事があります。知ったら後戻り出来なくなる事があります。それでも、君は知りたいと望みますか?」
その言葉一つ一つには少女の強い感情が乗せられており、透人の心に鈍く響いた。
どうやら情報を教えようとしなかったのは裏の世界に深入りさせない為の配慮であったらしい。だが、それは透人にとって今更気にするようなものではない。故に、
「あ、はい。それなら大丈夫です」
透人は軽い感じで即答した。
少女とは間逆の雰囲気が鮮やかな対比となり、何とも微妙な空気を生み出す。
少女は予想外の反応にぽかんとした後、しばし黙って透人を観察していた。
しかし、無表情からは何も読み取れなかったのか、やがて諦念を滲ませた顔で溜め息をつく。
「はあ…………分かりました。お話します。私は館門高校二年の尾形良子。ひとまずこれで信用……は出来ないでしょうけど、とにかく来て下さい。事情は移動中に教えます」
「分かりました。あ、俺は応征学園の明海透人です」
今までとは一転、透人は手の平を返したように良子の台詞に素直な態度で応じた。
その事に良子は若干不満そうな色を顔に出したものの、再び足を進め出す。
「全く……この人といい、金悟君といい、あの学校には面倒な人しかいないんですか……」
その際良子の小さな独り言が聞こえてきたが、透人は金悟という名前に「やっぱり」と思っただけで特に否定しせずに後ろをついていった。
来た道を戻りながら透人は良子の説明を受けていた。
「ここは私達の世界の裏側に重なって存在するもう一つの世界。私達の世界と反対の性質を持っている、言うなれば負の世界」
「はぁ……」
「二つの世界は時折接触し、その箇所には境目が曖昧となった空間、狭間が生じます。そして狭間には世界をつなぐ光……扉が現れます」
「はぁ……」
「ここに出現する怪物はこの世界に漂う負のエネルギーが集まり形となった存在。安定を求めて正のエネルギーを求めている『負の獣』」
「はぁ……」
「正のエネルギーとはつまり私達、人間が持つ力です。負の獣はこの世界に迷いこんだ人間を襲い、また逆に私達の世界に現れて人間を襲う事もあります。それを防ぐのが私達『管理者』」
「はあ……」
「管理者は二つの世界の秩序を保つシステムによって認められた人間がなり、『管理者の証』でもって負の獣をエネルギーに還します。そして、私の管理者の証がそこの猫です」
「はぁ……」
「って、何なんですか、その態度は!? 聞くなら聞くで真面目にして下さい!」
長い説明を続けていた良子だったが、やる気のない返事を繰り返す透人にとうとう我慢の限界が来たようだ。
叱られた透人は歯切れ悪く弁解する。
「えーと、いやぁ、なんと言うか……専門用語とか多くてよく解らないなぁ、と思いまして……もうちょっと何とかなりませんかねぇ」
「文句を言わないで下さい! 私だって最初に助けてくれた人にそう教わっただけなんです!」
怒っているような強い口調で言い切った良子の顔はほんの少し赤みがかっていた。話したがらなかったのは巻き込まないようにする以外の理由もあったのかもしれない。
それきり良子は説明を止めてしまったが、透人は大体聞けたので良しとした。
そのまま無言で進み続ける二人。しかし、とある交差点に差し掛かったところで良子は再び口を開いた。
「……君、余裕を持っているみたいですけど、気をつけた方がいいですよ。これを見て下さい」
緊張感のある声で警告してきた良子が目線で示したのは透人にとって見覚えのあるもの。道路に突き刺さる案内板だった。
「先程簡単に倒した獣にこんな事は出来ません。遥かに強い個体が辺りにいる証拠です。仲間と二人がかりでも苦戦する可能性があります。その時は……指示に従って逃げて下さい」
「あぁ〜………………分かりました」
実際に案内板を落としたのは透人であるが、勿論言う訳にはいかない。良子との間に温度差を感じつつ曖昧に頷いておく。
その直後に案内板を落とした後にあった出来事を思い出した。
そう言えばまだ聞いてないし説明にも無かったな、と改めて質問しようとする。
だが、その前に良子が安心したような声音で言った。
「無事に合流出来たみたいですね」
前方に注意を向けると靄の中に二つの影が見えた。霊視でも正真正銘人間の形をした二つの魂が感じとれる。
その内の一人が聞いた事のある声で、しかし聞いた事の無い口調で声をかけてきた。
「あ、姐さん! こっちは保護出来たっスよ!」
その声の主は間違い無く透人のクラスメイトである玄堂金悟だったのだが、普段教室で見かける無愛想で粗暴な雰囲気ではなかった。爽やかな笑顔からは優しげな印象さえ受ける。
もっとも、金悟は先程透人と一緒に逃げていた男性の首に腕を回し、引きずるようにして連れてきていたのでその印象は帳消しになっていたのだが。
「って、何をしているんですか! すぐに手を離して下さい!」
「いやだって、このおっさん話聞かねえで逃げるんスよ」
「それは金悟君のせいです! 早く手を離して下さい!」
「了解ス、姐さん!」
金悟は良子の言う通りにし、解放された男性は道路にドサッと崩れるように座りこんだ。彼に良子は近づき、手を差し出しながら優しげに語りかける。
「仲間が失礼しました。大丈夫でしたか?」
「ヒィッ!」
しかし、男性は怯えた様子で後退り、良子から距離をとってしまった。
それを見た良子はため息をつき、少し考えた後に判断を下す。
「……これは……落ち着くまで待つしかありませんかね……金悟君、反省して下さい」
「はい、すいませんした! 姐さん!」
良子の言うことに素直に従う金悟。
そんな、普段からは想像も出来なかったやり取りをボーッと見ていた透人は首を傾げながら呟く。
「姐さん?」
その声に良子はハッとなり、赤い顔で金悟に怒鳴る。
「金悟君、人前でなんて呼び方しているんですか!?」
「おっと。すいません、良子さん」
「ふーん。成程」
一人で勝手に納得して頷いている透人に対して、良子は慌てて騒ぎたてた。
「あ、勘違いしないで下さいよ!? 仲間というのはここだけの話で、私はこんな不良とは違いますからね!?」
「大丈夫です、全部解ってます。尾形さんがこの世界に迷い込んだ玄堂君を助けて、それに恩を感じた玄堂君が尾形さんを慕ってる……って感じですよね」
「…………あ、はい。それで合ってます……」
透人の確認に良子は落ち着きを取り戻し、拍子抜けした声で肯定したものの、今度は金悟が反応した。彼はドスの効いた低い声で透人に詰め寄ってくる。
「おい、テメエ。良子さんに舐めた口聞いてんじゃねえぞ」
「うーん。そんなつもりなかっんだけど。というか、玄堂君ってこんな人だったんだね」
「玄堂君とか止めろ! 馴れ馴れしくしてくんじゃねえ!」
「金悟君大人しくしていて下さい!」
「はい、すいません!」
透人に対して高圧的な態度をとる金悟だったが、良子に怒られ姿勢を正した。そのまま大人しく説教を受けている。
その間やる事もない透人は、ふと気になったので離れた場所に座る男性に目をやった。
体は小刻みに震え、目の焦点も合っていない。見るからに非常に不安定な精神状態。
このまま放っておくのはまずいだろうし、この世界では時間をかけるのも得策ではないだろう。
金悟と良子は駄目でも自分なら大丈夫かと思った透人は落ち着けようとして近寄る。が、それは逆効果だった。
「う、あ……ああああああぁぁぁぁ!!」
迫る透人を見た男性は駆け出してしまったのだ。囮にした罪悪感があるのか、それとも報復を想像したのか。
理由がどちらにせよ、相当に危険な行為である事に変わりは無い。
「! 待って下さい!」
「待てコラおっさん!」
気づいた二人が制止の声を張り上げなから追いかける。それに透人も続こうとした時、良子の猫が甲高く鳴いた。
「っ! 止まって下さい! その先には……」
鳴き声に反応した良子がそう言った時にはもう遅かった。
鈍い音がしたと思ったら、彼方から男性が宙を舞ってきて、そのまま道路に叩きつけられたのだ。
男性が飛んできた方向、靄の向こうに見えるのは巨大な影。間違い無く犯人であろう存在。
そして、ズンズンという震動が響いた後、ついにそれが姿を見せる。
周囲の建物の二階に届こうかという巨体。分厚い筋肉が覆う全身。頭には角が生えた、牛の様な顔の怪物だ。
その口がゆっくりと重々しく開き、そして、
「グオオオオオォォォォォォォォォォォォンン!!!!!!」
大気が震える咆哮を吐き出した。
それに呼応してか異形のモンスター、負の獣が周囲からゾロゾロと集まってくる。
このままでは囲まれてしまう。その状況で良子は冷や汗をかきつつも落ち着いて指示を出す。
「私はあの人の応急処置をします。明海君は私から離れないで下さい。金悟君は……すいませんが、あの大型の獣を」
「任せて下さい!」
良子の指示を遮り、叫びながら飛び出す金悟。相方に頼れない状況で、強大な敵に一人立ち向かう。
しかし、そんな危機におかれているにも関わらず、金悟は笑みを浮かべていた。それは揺るがない勝利を信じる不敵な笑み、肉食獣の如き獰猛な笑み。
「上等ォ!!」
そして自らを鼓舞するかのように、猛々しく吼えた。




