第四十六話 靄の街の冒険
足下の道は舗装され、辺りには建物や電柱が並んでいる。それだけならばよくある光景。
しかし、それは明らかに異常と言える景色だった。
その場所には色が無かったのだ。影の濃淡だけで構成された、まるで白黒写真の様なモノクロの世界。
空は分厚い雲が覆っている上に、地上には靄がかかっていて見通しがきかない。
そんな暗鬱とした印象の空間に、一人の少年がぽつんと立っていた。
「うん。何か変なとこ来ちゃったなぁ」
異常事態に置かれているにも関わらず透人は呑気に呟く。元々どんな状況でも受け入れる器はあったのだが、様々な事件に巻き込まれるようになったここ最近、落ち着きっぷりに更に拍車がかかっている。
自分の現状を確認した透人はどうしてこうなったのかを考えてみた。
といっても、思い出すべき事柄は少ない。消えた人を追いかけたら怪しい虹色の光を見つけたので、触ってみたところ移動してしまった。ただそれだけである。
ならば、あの虹色の光が移動の原因に間違いないだろう。もう一度触れば帰れるかもしれない。
そう考えた透人が後ろを振り返ると、虹色の光は移動する前に見たものと全く同じように存在していた。消えていたらどうしようかと思っていたのだが心配無かったらしい。
安心してもう一度触れてみる。が、
「……うーん。戻るのは無理っぽい、と」
光に手を入れても何も起きなかった。ならばと体全体で光の中に入ったり、逆側に回ったり、色々と試してみたものの全て失敗に終わる。
どうやら自力での脱出は不可能。
となれば、助けを待つしかない。
助け。それに心当たりはある。ここに移動する直前に事情を知っていそうな声を聞いた。
それは聞き覚えのある声だった。その持ち主はあるクラスメイト、交流は無いが有名な人物である為に知っている。"主人公"の一人なのだろう。
声が聞こえる場所にいたのなら、この虹色の光の近くで待っていればその内に会える筈だ。
だが、それはあくまで可能性であり、現状では断定出来ない。助けが来ないという事態も想定すべきだろう。
危機的な現状を分析し把握。その上で透人が言ったのは呑気な独り言。
「うん…………まあ、何とかなるか」
彼は慌てず騒がず楽観的に構えていた。未知には臆さず、むしろ積極的に立ち向かうのが透人という人間である。
ただ、危機的状況なのは透人だけではなかった。彼が見かけた人もいるのだ。何の力もない一般人だとすると危険度は遥かに高い。
まずは合流が先決。その為に有効な力、霊視を使った。パッと見、近くに人はいないので目を閉じて深く集中する。
「ん?」
そして、超感覚による探索の結果、奇妙な魂を発見した。
通常の場合、魂は生物と同じ形をしている。人間なら人間の形であり、犬や猫ならそれぞれの形だ。
しかし、今回発見したのは丸い形の魂。しかも空中に浮いている。
そんな生物は常識で考えれば存在しない。この世界特有の生物か。
危険なのか安全なのか。それは解らない。
それでも情報を得る為にとりあえず行ってみる事にした。
奇妙な魂があるのは大通りを渡った先の脇道。向こうも徐々に透人に近づいてきている。
透人は道路と歩道の境界を無視し、車の通らない寂しい道路に踏み出す。そこで奇妙な魂の正体と対面した。
四十センチ程の大きさの丸っこい体に小さな四本の足が生えた奇妙な物体。赤い瞳を輝かせ、ふわふわと浮遊しながらゆっくりと移動している。
とても危険そうには見えない。
しかし、見かけだけで判断してはいけないだろう。
透人は霊視による警戒を続けつつ、メモ帳を取りだし魔法の準備を整えた。
それから慎重に距離を詰めていく。
そうして手をのばせば届きそうな距離になった時、奇妙な生物は動いた。
突如倍以上の大きさにまで膨れ上がり、大口を開けて襲ってきたのだ。
「うおぅ」
透人は驚きの声を上げたものの、その為の準備はしてある。奇妙な生物を正面から見据えて唱えた。
「ショット」
空気弾の魔法によって奇妙な物体の襲撃は呆気なく失敗する。見た目通り軽いのか、人間相手に使った時よりも景気よく吹っ飛んだ。
その間に透人は向かって左方向、大通りに沿って走り出した。
戦いが避けられるのならその方がいいし、こんな危険があるのなら一刻も早くあの人と合流すべき。
そう考えての行動だったが、すぐに簡単には逃げられないと知った。
丸い生物が凄い勢いで追いかけてきたのだ。丸っこい体でも人間の頭より大きく口を開けてくるので中々に迫力がある。しかも透人の走りよりも速い。
このままでは逃げ切れないと判断し、対応策を練る。
「アレとか使ってもいいかな……いいよな」
思いついたのはこの世界だからこそ可能な荒業。
目標の位置を確認して立ち止まる。
「この辺かな。よし、ブロック」
空気の壁を造った透人はサイコキネシスでメモ帳のページを飛ばした。そしてページにかいてある魔法陣をを発動。
「重力増加」
ギギギと軋む嫌な音が辺りに響く。
そこに丸い生物が追いついた。空気の壁にぶつかる勢いで噛みついてきたが、それくらいではビクともしない。
その位置を動かれない様に、透人は様子を見ながら釘や石で牽制する。
壁を挟んでの相対がしばらく続いた後、バキッ! と何かが壊れる音がした。
次いで轟音、それに激しい振動。
そして透人の視界から丸い生物は消え、代わりに道路の案内板が現れていた。
それは透人が待っていたもの。
道路上方の案内板を支える部分が増加した重みに耐えきれずに壊れたのだ。
案内板は真っ直ぐ落下し道路を陥没させ、粉塵を舞わせた。
下敷きになった丸い生物は実体を無くして光となり、靄の中に融けていってしまった。
透人が使える魔法の中でも重力を操作するものは相性が良い。個人によって得意とする魔法は異なり、効果が変わってくるらしいのだが、それだけの話ではない。
サイコキネシスとの相性が良いのだ。特に魔法をかける対象が離れていても問題無く使えるというのが大きい。
応用が効く上に、組み合わせを考えればもっと色々と出来そうだ。
そんな事を考えていた透人に奇妙な出来事が起きた。
「ん? ん、ん~?」
靄の中から透明感のある光が透人の下に集まり、体を覆ったのだ。そのまま光は留まり続ける。しかし、透人には何の感覚はない。
危ないものか判断をつけかねていると、光は一点に収縮しておさまった。
そして後に残ったのは一本の鍵。
細かい装飾のついた白っぽい半透明の鍵だ。
透人はそれをしげしげと眺めてみたものの、何の鍵か解る訳もない。どう使うか想像もつかない。
どうしようもないので後回しにする。
とりあえず鍵をポケットに入れ、再び霊視。集中して辺りを探る。
すると今度はしっかりとした人間の魂を見つけた。しかも透人に近づいてきている。
それだけなら良かったのだが。
「ん~。これは……きついかなあ……」
人間の魂の後ろには数体の異形の魂もあったのだ。
つまり、透人のいる場所に敵性生物を連れてきていると言うことだ。
自分だけの事を考えるならこのまま距離を保っていればいい。
しかし、透人はそんな事をして平気でいられる人間ではなかった。
「まあ、逃げるのはないか」
軽い口調で決意して走り出す。
無論危険に直面している人へと、怪物の群れへと。
一分もせずに目的は見えた。
追いかけられているのは二十代から三十代といった見た目の男性。ぜいぜいと苦しそうに息をしていたが、透人を見つけて安堵の表情を浮かべた。
後ろに続くのは二足歩行や四足歩行のもの、それから翼を持ち空を飛ぶもの。それぞれに姿の異なる五体の怪物。ゲームに登場するモンスターを思わせる見た目だ。
ただ、今のところ男性は逃げられている。それは何故かと思ったものの、丸い生物が速かったのは攻撃されて怒ったせいか、と一応納得した。
「大丈夫……じゃないですよね。まあ、頑張って逃げましょう」
男性との距離が目前に迫ってくると透人は声をかけ、並走しながら一緒に逃げる。
立ち向かわないのは一般人の前で力は堂々と使うのはマズイだろう、という判断の為だ。
といっても、何もしないで逃げるつもりでもない。後ろを振り返りつつ、気づかれない様に攻撃する方法を思案する。
「……仕方ない……これは、仕方ない……」
しかし、男性が何やらぶつぶつと呟いていたので前を向いた。そして、安心させられるような言葉を探す。
「許してくれっ!」
「おっ! ……とと」
そんな透人を、男性は突き飛ばしてきた。
バランスを崩した透人は転びそうになったが、なんとか持ちこたえる。ただしモンスター達との距離は縮まってしまい、男性は一人で先に行ってしまった。
透人を囮にして自分だけでも助かろうという魂胆なのだろう。
気分のいい話ではない。だが、それだけだ。透人に男性を責める気は無い。
元々こうなった方が楽だったからだ。バレないようにとか考えなくていい分好都合なのである。
人の目を気にしなくていいなら選択肢は多い。
それでも五体を一度に相手どるのは避けたい。透人はまず分断する手段を考える。
が、ある事に気づいて思考していた内容を放棄する事にした。
気づいたのものとは、前方から寄ってくる二つの薄い影。靄で影しか見えない為に敵か味方か解らない。
だから霊視で確認しておく。
すると、奇妙な現象が起きていた。見える影は確かに二つなのに、霊視では一つしか魂が視えないのだ。
視えた魂はモンスターではなく人間のものだったので味方の可能性が高まったものの、やはり決めつけはいけない。
疑問と期待、それに不安を抱えつつも、魂の視えない影が近づくのを待つ。数秒後、靄を抜けてきたそれが姿を露にした。
それは猫だった。
鈍い光沢を持つ赤銅色の猫。毛皮ではなく金属質な表面に覆われた、生物というよりも機械のような印象の猫。
その猫は、はっきり見えるところまで来ると一気に加速。思わず身構えた透人を通り過ぎ、モンスター達の前に躍り出た。
どうやら猫は味方であり、そして一対五の戦いを始めたのらしい。
不利に思えた戦いだったが、透人が後ろを見ると、心配する必要が無いと解った。
そこには赤い疾風が吹き荒れていた。
例の赤銅色の猫は四足獣の爪牙を、歪な人型の拳を、骨ばった鳥の嘴を、しなやかな動きで避け続け、すれ違い様に前肢の爪を振るい傷をつけていた。
その攻撃は速く、鋭く、手数が多い。次々と切り裂いた跡が増えてゆく。
その結果、一体、また一体とモンスターは実体を失い消えていった。そうして一分も経たない内に猫は傷一つ受けずに五体の怪物を倒してしまったのだ。
それとほぼ同じ頃、いつの間にか足を止めて戦闘を眺めていた透人の耳にタッタッと走り寄ってくる足音が届いた。
助けが来たのだと思った透人は振り返りながらお礼の言葉を告げる。その相手はクラスメイトの男子だと予想していたので気軽に。
「あ。ありがとう……」
だが、そこにいたのは予想よりも小さめで細い姿。返ってきたのは高くはっきりとした声。
「……はい、もう安心していいですよ。私とその猫は味方です」
優しげな声の主は黒髪に眼鏡をかけた真面目そうな少女。強い意思を感じさせる目からは自分にも他人にも厳しそうな印象を受ける。
そんな少女の言葉に、まるで違う、真逆といっていい人物を予想していた透人は戸惑いつつ言葉を付け加えた。
「…………ございました?」




