第四十五話 喧騒から離れて
極一般的なカラオケボックスの大部屋。人気のあるアイドルグループの曲が流れていて、テーブルには幾つかの料理の皿や飲み物が並んでいる。
そこを十数人の高校生が使っていた。彼らは皆制服のままである。
歌う者、聞く者、食べる者、飲む者、それぞれが思い思いにはしゃぐ。
賑やかに盛り上がるその部屋に、同じ制服を着た少年達が新たに何人も入ってきた。その内の一人が不満げに口を開く。
「もう始めてんのかよ。待ってくれてもいいだろ」
「遅いあんたらが悪いのよ」
「こっちも色々あったんだよ」
「へー」
「おいこら。へーって何だ」
入ってきた少年、紅輝と既に室内にいた少女、澄が喧嘩腰で言い合う。いつも通りと言えばいつも通りの光景。
普段の教室では放置しているのだが、今はそんな事で賑やかな雰囲気を壊したくはない。
紅輝の後ろにいた充がいさめる。
「その辺にしとけよ。いつまでもここに立ってちゃ邪魔だろ」
「……おう、そうだな。悪い」
その言葉に紅輝は気まずそうな顔で引き下がった。
そうして紅輝を含めた少年達が加わり、二十人程の集まりとなる。
この日、紅輝や澄といった面々がカラオケボックスに来ているのは、球技大会の打ち上げをしようという話が持ち上がったからだった。
しかし、集まったのはクラスの半分にやっと届く人数。
不参加者がそれを決めた理由は様々だが、中でも最大のものは一人の人物の与えた影響であった。
彼は球技大会が終わった後、打ち上げの計画について話していたクラスメイトからの「せいじろうくんは行かないの?」という誘いに対して冷たく答えたのだ。
「………………………………………………興味無いな」
沈黙が多少長かったものの、はっきりした拒絶の意思を示した彼、清慈郎。そして、教室のあちこちから少なくない数の残念がる声が上がった。
「えー。御上君来ないのー?」
「じゃあ私はいいやー」
「私もー」
と、この時点で約半数の女子生徒が参加を見送ったのである。
ただクラス全体からみたら少ないとはいえ、これだけの人数が揃って騒ぐ事は普段無い。その上、打ち上げに参加しているからにはノリの良い者達の集まりである。それだけに参加者は目一杯楽しもうとし、事実楽しんでいた。
紅輝達もそれに加わろうと室内に散らばる。
そして流れていた曲が終わったタイミングで、市乃がマイクを手に立ち上がる。彼女は大勢が騒ぐ中、いつも以上のテンションで場を盛り上げていた。
「これで参加者は全員揃ったかなー? それじゃあ……っと、あれー? 明海君は一緒じゃなかったのー?」
司会の役を勤めようとしていた市乃だったが、参加すると聞いていた人物がいない事に気づいた。その質問に紅輝が言いにくそうに答える。
「あー……透人は……何か、いつの間にか居なくなってた」
「えー、何? 迷子? 置いて来たのー?」
「あ、うん……僕は探そうって言ったんだけど……」
「だから別に放っといていいって。あいつは昔からちょくちょくいなくなるんだけどな、気づいた時にはサラっと戻ってんだよ。どうせ今日もその内来るだろ」
市乃が重ねた質問に、紅輝達と一緒に来た力雄がおどおどと答え、充は素っ気ない声で引き継ぐ。
昔から透人を知っているという充が何でもない事のように言ったので、市乃はその言葉を信用したようだ。心配そうにしている力雄を気にせず進行を再開する。
「ふむふむ。じゃ、問題無いねー。それでは球技大会優勝を祝ってー、かんぱーい!」
かんぱーい! と揃って唱和し、今までよりも大きな盛り上がりを見せる一同。透人の件は雰囲気に流されてしまっている。
「……えぇー、いいの?」
だが、ただ一人、力雄だけはその雰囲気に乗りそびれていた。
*
時間は紅輝達がカラオケボックスに到着する前。透人を含めた一行が街中を歩いていた頃。
「だから僕は……ちょっと、今日は……」
「いいだろ別に。黄山までいなくなると女子が更に減るんだよ」
「え、いや……僕歌えないし……」
「いいからいからとにかく行こうぜ」
「え、えぇと……」
紅輝は力雄の肩に手を回し強制的に連れていこうとしていた。力雄は口では断ろうとしているものの成果はなく、抵抗出来ずに半分引きずられている様に歩いている。
もうしばらくすれば力雄が諦めて折れるのがいつものパターンである。その為に他のメンバーは口を出そうとしない。
力雄の秘密を知っている透人に至っては紅輝の方を心配しながらぼーっと眺めていた。
何でもない事を話し笑い合う、日常の風景が続く時間。
しかし、その時間は唐突に終わる。
「ん?」
透人は視界の端に日常とは異なるものが写ったので思わず声を出した。
それはふらふらと頼りない足取りの男性。明らかに普通の状態でないのだが、周りを行く人々に気にかける様子はない。
男性が妙に気になった透人はそのまま横目で注視し続ける。
すると男性は建物と建物の狭い隙間に入っていき、そして、その姿を消した。
何処かに隠れた訳ではない。隠れられる場所がないのだ。
明らかに科学では説明出来ない現象。
その現象に裏の何かが関係していると確信した透人は、一切迷わずこの件に首を突っ込む事に決めた。
しかし、何に関係したものかは解らない。超能力と妖怪の専門家なら近くにいるが、他のものだったら安易に近づけてはいけない。
という訳で透人は一行からこっそりと離れる事にした。ゆっくりと歩調を遅らせ、最後尾まで移動すると一行から気づかれないように抜け出した。
そして、男性が消えた隙間へと歩を進める。
そこで目にしたのは虹色の光。四角い形にまとまった不思議な光。神秘的な輝きを放ち、引き込まれてしまいそうな不思議な引力を持つ、普通の日常から逸脱した何か。
「うわぁ。滅茶苦茶怪しい」
透人は率直な感想を漏らす。
見たところで何なのか見当もつかなかった。まだ知らない、初めて遭遇するものかもしれない。
となるともっと情報が欲しい。
透人はとりあえず光に触れないかと手をのばしてみる。
その時、
「そこのテメェ止まりやがれ!!」
そんな必死さを感じさせる叫び声が聞こえてきた。が、時既に遅し。
透人はもう手の動きを止められなかった。
虹色の光へと近づていく手がついに光に触れる。瞬間、透人の視界は真っ白に塗り潰され、そこで一旦意識が途絶えた。
*
数人の通行人が行き交っている平凡な通り。
そこにある誰も注意を払わないような建物の影に、制服を気崩した高校生らしき少年が立っていた。彼は目の前で輝いている虹色の光を恐ろしい形相で睨みつけている。
そんな少年の下に眼鏡をかけた真面目そうな少女が駆け寄ってきた。
すぐ傍にまで来た彼女を確認した少年は勢い良く頭を下げる。
「すいません、姐さん。間に合いませんでした」
「……狭間に来た途端にそれですか。確かにここは普通の人には認識出来ませんが、だからといって公共の場でその態度は……」
「えぇー。姐さんも良いって言ったじゃないスか」
「……そうですね。いくらしつこくても断るべきでした。……それより、今の人は金悟君と同じ制服でしたよね? 知り合いですか?」
「いや、知りませんね。まあ、見覚えがあるような気はしてるんスけど」
「そうですか。まあ、どちらにせよやることは変わりません。では、私達も向こうへ行きましょう。何の罪もない一般人が助けを求めています」
「了解ス。姐さん」
「…………はぁ」
少女は少年の言葉に嫌そうな顔をしたものの、溜め息を一つつくと気持ちを切り替えた。決意に満ちた表情で前を見据える。それに気づいた少年は口の端を僅かに上げた。ニヤリと笑っているように見えるが、同時に猛々しい雰囲気を纏っている。
それぞれ顔つきを変えた二人は揃って虹色の光に向けて踏み出した。刹那、その場から忽然と姿を消した。
あとに残されたのは虹色の光のみ。だが、それが保たれていたのは短い時間。
光は下端から徐々に弱まり消えていく。そして最終的には空気中に溶けてなくなってしまった。
ただの平凡な空間に戻ったその場所を気にかける者は、もはや誰一人としていなかった。




