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ヒーロー達と黒幕と  作者: 右中桂示
第七章

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第四十三話 笑顔

 透人はすぐ傍に迫る脅威を乗り越えるべく、必死に考えを巡らせていた。


 魔法の壁をも砕く一撃。何とか防ぐ事は出来ているものの、このままでは限界が来てしまう。

 魔法、超能力、霊能力。自身が持つ力を思い返し、一つずつ整理し、有効かどうか検討する。諦めず、投げ出さず、危機的状況でも考え抜く。

 そんな時、


「地獄に落ちなさい」


 感情というものがこもっていない冷たい声を耳にして思考が止まった。

 しかしそれは一瞬の出来事。

 真っ白に染まった頭は徐々に機能を取り戻していく。その間にゆっくりと深呼吸をして乱れた心を落ち着ける。

 それから直前の状況を思い出して慌てて身構えるも、目の前の男も動きを止めていたので戸惑った。

 微動だにせず立ち尽くす男はまるで彫像のようだ。力無く垂れ下がる腕はとてもついさっきまで破壊を振り撒いていたとは思えない。

 不審に感じて辺りを見渡したところ、動きを止めたのは目の前の男だけではなかったと知った。動物の群れに加えボスの女さえも固まっている。

 その状況を作り出した元凶は考えるまでもなく解っている。この場にいるのは自分の他にはあと一人。先に聞いた台詞からも明らかだ。

 ただ、何をしたのか全く解らなかったので背後の笑亜に振り返りつつ尋ねる。


「これ、神無月が……」


 が、その声は最後まで続かなかった。振り返った先で見たものに、透人の体もまた停止してしまったのだ。

 その原因は感情も生気も色も温度も抜け落ちた、薄ら寒いものを感じさせる笑亜の顔。

 口がカラカラに渇き、じっとりと嫌な汗をかく程の緊張感。ほんの一分前の出来事が些細なものに思えてくる。

 一方、当の笑亜はそんな様子の透人を気にした風もなく、静かな動作で背中を向け歩き始めた。


「これでもう用は終わったわね。帰りましょうか」

「……あっ……あぁ、うん」


 透人は返事をするのにも声を絞り出さなくてはならなかった。笑亜の後ろをついていくその動きも固い。

 全て終わらせたというのに、被害は無かったというのに、ここまで来た時よりも重く緊張感に満ちた空気が支配していた。

 沈黙が辛い。

 今まで二人きりの際は常に何らかの話題があったし、お互いに黙っていても別に苦ではなかった。

 なのに今は辛いと思っている。疑問があるのに質問出来ないでいる。

 それは笑亜の雰囲気に呑まれたせいもあるのだが、その雰囲気からした暗い予想のせいでもあった。

 透人は質問も予想も口に出すことなく、重苦しい空気をただ歩いていた。


 そんな空気は階段を上りきったところで終わりを迎えた。


「……さて、聞きたいのは私が最後に何をしたのか、よね」

「……う、ん」


 笑亜の方から話を持ち出してきたのだ。それは透人が言いかけた質問であり、望んでいた展開である。

 それでも透人は普段とは異なり、か細く肯定してぎこちなく頷くだけだった。


「周りの取り巻きに関しては向こうに便乗してテレパシーで命令しただけよ。ただ、ボスに使ったのは魔法、それも呪いね」

「…………呪い?」

「ええ、精神に干渉する魔法をそう呼ぶのよ。といっても基本は自然魔法と変わらないわ。呪文や魔法陣で発動するの」


 精神に干渉する呪い。

 笑亜は似たような事を既にテレパシーでしていた。テレパシーが通用しないから魔法で代用したという事なのか。

 そういった類の力が得意なのかもしれないが、もしくは単に個人の好みかもしれない。どちらにせよ強力なのは事実だろう。

 しかし、呪文らしき言葉は口にしていなかったし、魔法陣も見た覚えは無い。


「……それ、いつやったの?」

「最初からよ。ずっとテレパシーで呪文を伝えていたの。それならイメージするだけだから口で唱えるよりも早く済むし、目的の相手だけに聞かせられる。危険で効果がある分長い呪文だったけれど、最後まで解らなかったみたいね」


 最後まで解らなかったというのは透人と呪いをかけた相手、二人に対して言ったのか。

 それにしても超能力と魔法を組み合わせれば様々なメリットが生まれるらしい。

 透人も試行錯誤しているが、まだまだ考えを重ねる余地はありそうだ。


 透人は話している内に徐々に落ち着いてきた。か細かった声も段々と元に戻ってきている。

 そこで今更ながら問題点に気づいた。


「その人はあのままでいいの?」

「いいのよ。あとで入り口の連中を引き渡すのと一緒に雑用係に任せるから」

「……雑用って誰の事?」

「確保した元悪の首謀者達の事よ」

「元悪の首謀者を…………雑用?」

「ええ、能力を封印した上でこきつかっているわ。勿論さっきのボスも雑用係の仲間入りね。……ああ、言っておくけれどそんな事を始めたのは私じゃなくて理事長先生よ。それもかなりの昔から」


 ボスの身柄は組織で預かる、と言っていたがそんな理由だったらしい。法で裁けない悪に罰を与えるにしても他にありそうな気はするのだが。

 そうなるとあの豪邸の掃除や昨日の料理も全て元悪の首謀者の手によるものなのか。

 そうなるとなんとも複雑な気分になってくる。


 結局いつもの様な会話をしていたら、いつの間にか入り口の大部屋に辿り着いていた。戻ってくるまでの間に夜は明けたようで窓から日の光がさしこんできている。


 もうすぐこの非日常な時間は終わりを迎え、日常に帰る事になるのだろう。


 その前に透人は、思いついた予想を確認しなくては、と思っていた。

 それは笑亜の個人的な情報であり、簡単に触れてはいけない部分だとも思う。

 ただ、昨日からの笑亜の言動には察してくれと言わんばかりのものが混ざっていた。つまり正確には自分でした予想ではなく教えられたようなものだ。

 だから透人は笑亜が自分を試しているのだと判断した。


 今を逃せば聞く機会は無くなってしまうだろうし、期待には応えなくてはならない。

 意を決して、躊躇する口を無理矢理開く。


「ところで、さぁ。あの人が気に入らないのって…………同じ事があったから?」

「……………………そうね。確かにああいう輩が気に入らない理由は……昔を思い出すから、よ」


 透人の台詞からたっぷり時間を置いて笑亜は言った。

 その声は他を拒絶するように冷たく鋭いもので、あらかじめ決められていたかのように機械的だった。

 それに、昔を思い出すという言葉。

 やっぱりそうなんだな、と透人は感じ、同時にやっぱり待っていたんだな、とも感じた。


 しかし、次の笑亜の言葉は透人の予想とは違い、微笑みが想像できる程のいつもの楽しそうな声で紡がれる。


「……でも、あくまで"気に入らない"程度ね。貴方が何処まで想像しているかは知らないけれど心配されるようなものじゃないわ。もう過去の話だもの」

「……心配、はしてないけど。むしろ俺の方が弱いし」


 さっきまでの迷いは心配だったのかもしれない。

 けれど、何となく気まずくなったので透人は論点をずらして話を逸らそうとした。

 しかし、そのずらした話題に笑亜は笑いながら乗ってくる。


「フフフ。確かに、貴方はまだ私よりもずっと弱いわね。でも、それじゃあ困るのよ」

「うん?」

「……人にはね人生を変える運命的な出会いがいくつも用意されているものなのよ」

「ん? ……うん」


 乗ってきたと思ったら突然方向転換されたので透人は首をかしげる。それでも、笑亜の声には真剣さがあったので大人しく聞く態勢をとった。


「私にとってはその一つが組織との出会いだった。それは間違いないのだけれど、貴方との出会いもそうだとはまだ決まっていないわ。運命に定められた出会いではあっても、人生を変える程のものなのかは、ね」


 組織との運命の出会いというのも気にはなる。ただ、それは笑亜にとって「過去の話」だ。

 今、重要なのは未来の話。

 

 初めは何を言いたいのか解らなかった。しかし、この話題の前に話していた内容を思い出した事で解決した。

 最初に透人が「俺の方が弱いし」と言って、笑亜が「それじゃあ困る」と言ったのだ。


「……えーと、要するに、認められたかったらもっと強くなれ。とかそういう事?」

「男の子だもの。女の子を守れる位の力は持っていなきゃ」


 笑亜はふざけた調子で言った。ふざけた調子ではあるが、内容は同意出来る。

 今日透人は助けられてばかりだった。

 ただし、それは当然の事である。

 元々裏の世界に関わってきた時間が違う。経験の差はあって当たり前。解っててついてきた自分が悪い。

 とはいえ、ずっとそのままでいたくはない。それは確かだ。


「全然イメージ出来ないんだけど…………でもまあ、頑張ってみるよ。確かにいつまでも女子に守られるっていうのもアレだし」

「フフフ。貴方らしいわね。それじゃあ……」


 透人の軽い決意表明に笑亜は笑い、一旦言葉を切る。そして外への扉を開けて振り向いた。


「その時を楽しみに待っているわ」


 そう言った笑亜が見せた顔に、透人は目を疑った。

 ただでさえ外の朝日を背負う笑亜の顔は逆光で見えにくい。それに薄暗い場所が急に明るくなったので目が眩んでいる。

 だから見間違いや目の錯覚だと思った。

 そう思った理由は、普段の妖しい微笑とは全然違う顔だったから。


 自分が楽しんでいるから笑っているのではない。

 自分に良い事があったから笑っているのではない。

 他人の為に笑っている様な顔。

 冷たい声や感情の抜け落ちた顔とは間逆に位置する顔。

 美しい月光を思わせる、何処か儚げでありながらも期待に満ちた優しい表情。


 そんな、今までに見た事のあるどんなものよりも綺麗な笑顔をしていた。

 ような気がして、しばしの間、透人は言葉を失い呆ける事となった。






 その数時間後。

 やっぱりあれは気のせいだったかなぁ、と透人は思っていた。

 それは何故かと言えば、


「昨日、笑亜の家にお泊まりしてたってホントー?」


 と、ニタニタしながら聞いてくる市乃と、透人が困っている隣で自らも当事者の筈なのに、クスクスと楽しんでいる笑亜のせいだ。

 組織のアジトへ移動した経緯からして、泊まった事など自分から情報提供したとしか思えない。


 笑亜が今しているのは、優しさなんて何処にもない自分勝手な楽しみを満喫している妖しげな笑顔だ。


 でもまあ、こっちの方がらしいかな。と思った透人は気にしない事にした。


 ちなみに市乃の追及はというと。

 どう答えても面倒な事になりそうだったので、武器庫で撮影した携帯電話の画像をもとに充とマニアックな話で盛り上がり、周囲を引かせてうやむやにする、という強引な手で切り抜けたのだった。

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