第三十二話 黒幕好みの展開
「ふぅ~、疲れた」
魔法使い達との戦闘の後、更に一仕事終えた透人は手頃な瓦礫の上に腰を下ろして一息ついた。
魔法に霊視、超能力。
ここまで使ったのは初めてだ。
特にサイコキネシスの負担が大きい。風の中で思い通りに紙を操作するのは大変だった。まだ頭がズキズキと痛む。
その状態で悪人達から本や指輪等の魔法に使いそうな怪しい物を没収し、その中にあったロープで縛り上げた。
清慈郎によれば半日は目を覚まさないらしいが念の為だ。
そんな諸々の事情で透人は非常に疲れていてしばらく動く気にはなれない。
だから座って休憩をとっていた。
そして周りの非常識な光景をぼーっと眺めていた。
「それにしても凄い景色だなぁ」
天井は綺麗に崩れ去り、室内だった筈なのに夜空が視界に広がっている。
視線を下げれば部屋の隅に寄せられた瓦礫の山。
廃墟から見上げる星空。
それだけでも充分現実味がないのにその光景を照らしているのは宙に浮かぶ不思議な発光体。照明が瓦礫に潰されたのでアンナが作り出した魔法の灯りだ。
それがこの空間を更に幻想的なものにしている。
いつまで見ていても飽きそうにない。
しかし、その幻想的な風景は少々騒がしかった。
ファンタジーもので廃墟を隠れ家にしていた盗賊団を退治したみたいだなぁ、などと呑気な事を考えている透人以外にも意識のある人間はまだ二人いるのだ。
その少々騒がしい二人に透人は目を向ける。
「せいじろうくんが協会から来た魔法使いじゃないの?」
「まず協会がなんなのか分からないんだが……とにかく俺は無関係だ」
「え~と、だからどういうこと? 魔法使いじゃないの?」
「ああ、俺が使ったのは霊能力だ」
「だからそれって魔法の一つじゃないの?」
「……いや、違う。と思うんだが……そう言われると……どうなんだ?」
この会話は清慈郎が最後の魔法使いを倒したところを見ていたアンナの「せいじろうくんも魔法使いだったの?」という発言から始まった。
一方的に知っているのは悪いと清次郎は誤魔化さずに説明しだしたものの、この通り難航している。
アンナの理解力が悪いのか、清慈郎の説明が下手なのか、はたまた両方が原因か。
何にせよ、かれこれ十分は経過している。
時折清慈郎が助けを求める様に透人の方を見てきたが、透人はずっと放置していた。
理由はどこまで情報を明かすかは清慈郎次第だというのもあるし、霊能力の知識がそれほどないという事もあるし、他にも正直面倒臭いとか色々だった。
とはいえ、このままではいつまでかかるか分からない。
明日も平日で学校があるので余分な事はさっさと終わらせておきたい。
それに解決すべき問題はまだ残っているのだ。
そろそろ片付けるか、と透人は座ったまま二人の話し合いに参加する。
「観鳥さん、細かい事は全部分からないままでいいんじゃない? 俺も魔法とかよく分かってないまま使ってるところあるし」
「え、でもせいじろうくんが魔法使いかどうかは……」
「うん、だから細かい事は分からないけど御上君は魔法使いとは別物だと思うよ」
「それは本当なの?」
「うん、それだけは確実っぽいかな」
「そう……なんだ……」
透人は説明責任を放棄して強引に終わらせようとした。霊能力と魔法の違いは答えられないが、それでも笑亜によると別の存在らしいので清慈郎は魔法使いではないと保証しておく。
するとアンナは消え入る様な声で呟き、そして頭を下げた。
「ごめんなさい。私のせいで……」
アンナは関係の無かった清慈郎を巻き込んでしまった事を悔やんでいた。
哀しそうに顔を伏せ、何かを恐れている様に震えている。
透人が初めて魔法と遭遇した時もそうだったが、別に今回の件はアンナの責任ではないだろう。
そもそも清慈郎が魔法に関わるというイレギュラーな事態を引き起こしたのは透人が原因らしいのだ。
だからそこまで気に病まなくてもいいと透人は思うのだが、問題は当事者の意思だ。
透人が注視する中、謝罪を聞いた清慈郎はしばしの沈黙を置いてから口を開く。
「気にしなくていい。俺は俺の都合で戦っただけだ」
「そうそう、心配する必要ないよ。御上君ノリノリだったから」
清慈郎の言葉に同調した透人も続けてフォローした。無言の清慈郎から物理的な圧力さえ伴う様な強い視線を感じたが気にしない。
「でも……」
「そんなに気になるなら別の言葉を言えばいいよ。まあ、それもまだ早いんだけど」
「ふぇ?」
「何?」
透人の言葉の内容にアンナは首をかしげ、清慈郎は困惑した。
透人は彼のいぶかしげな視線を正面から受け止め、最後に残った問題を解決する為の提案をする。
「御上君、あの人の記憶から依頼主を探してくれない? 記憶を消せるなら出来るでしょ?」
「確かに可能だが……」
ある能力が駄目なら他の能力を使えばいいじゃない、の精神で清慈郎に持ちかけた。
本当に出来るかどうかは未知数だが試しても損は無いだろう。
清慈郎はこれ以上踏み込む事に躊躇しているのか悩む素振りを見せていた。
が、やがてため息を一つつくと渋々といった様子で承諾する。
「……まあ、乗りかかった船か。最後まで面倒見てやる」
そして、リーダーらしかった髭面の男に歩み寄ると額にお札を貼り付けて唱えた。
「見」
そのままの姿勢で清慈郎はじっとしている。
記憶を読み取るにはどれだけの時間がかかるか分からない。
とはいえやる事もないので終わるまで「ふぇ? え? 何?」と話についていけていないアンナと一緒に黙って待っていた。
そうして三分程経った頃、清慈郎はお札を男の額から外し代わりに自分の顔を手で覆った。
「どうしたの? 失敗?」
「………………いや、情報を整理していただけだ」
透人は心配したもののそれは杞憂だった様だ。
清慈郎はアンナに向き直ると男から得た情報を公開する。
「この男達を雇ったのは日本魔法技術管理協会? の最高議会? の上級議員? の門井練造という男で、目的はエメラルドの魔女? が持つ本場の魔法書の知識らしい」
「ふーん。腐敗した権力者兼狂気のコレクターって感じか。何か思ってたよりしょうもなかったなぁ」
これだけ初めて聞く固有名詞があったら混乱しても仕方ないよなぁ、と疑問符だらけの清慈郎の台詞で透人は彼の仕草に納得した。
その上で感想を漏らす。
最悪の場合、死人が大勢出るような恐ろしい計画の準備段階だと思っていたのだが、想像した程の規模ではなかった。
それでも門井という男が自分の欲望の為には手段を選ばない危険人物である事にかわりないのだが。
「まあ、いいか。そうなんだって、観鳥さん。ところでエメラルドの魔女って観鳥さんのお母さんの事で合ってる?」
「ふぇ? あ、うん。ママは凄い人だったみたい……って、え? あれ?」
アンナの頭はまだ状況に適応できていないらしく、しきりに首を捻っている。
そんなアンナに透人は手っ取り早く要点だけを伝えた。
「だから観鳥さん。真犯人が分かったんだよ」
「え……でも、協会の偉い人達でも無理だったのに?」
「うん。多分御上君が使ったのは霊能力だから魔法じゃ妨害出来なかったんだよ」
「ふぇ~、そうなんだぁ……あれ? とうどくんはせいじろうくんの事を知ってたの?」
アンナは納得した様な感心した様なよく分かっていない様な反応をした。
そのまま口を開けてぼうっとしていたが疑問を覚えるとまたも首をかしげる。
透人はその疑問に答えず無理矢理話を進めることにした。
「まあ、そうなんだけど。詳しく説明すると二、三時間かかるからなぁ。それはいつかにするとして、とりあえず今はもっと大事なことを喜んでおこうよ」
「ふぇ? …………あ! もう心配しなくていいんだよね!」
「うん。第二、第三が現れない限りは」
透人に言われてようやくその事実に理解が追いついたのかアンナは顔を綻ばせる。
ここまで話をもってくるまで長かったが嬉しそうで何よりだ。
「これで本当に終わり、なんだな?」
嬉しそうにするアンナを見て、しばらくじっとしていた清慈郎が透人に歩み寄り疑いの目を向けてきた。
いつの間にやらすっかり警戒されてしまっている。
「うん、終わりだと思うよ。という訳で観鳥さん、どうぞ」
「ふえ?………………………あ……うん!」
透人は清慈郎に返答しつつ、重要な部分を省略した台詞でアンナを促した。
彼女はそのせいで困惑していたが、省略された部分に思い当たると姿勢を正して二人の少年に呼び掛ける。
「とうどくん、せいじろうくん、二人ともありがとう!」
アンナが二人に伝えたのは感謝の言葉。
その際に見せたのは大輪の花が咲いたかのような笑顔。すっかり肩の荷が下りたのか晴れ晴れとした表情だ。
周囲の仄かな光に照らされ、幻想的な雰囲気も兼ね備えたそれは誰もが引き込まれてしまいそうな不思議な魅力を持っている。
「いやぁ、御上君と俺を一緒にしちゃ悪いよ。なんといってもホームとアウェイで二回のハットトリックを決めた今日のMVPだし」
ただ、透人はそんな事はお構いなしに相変わらずの調子ですっとぼけていた。
どこまでいっても無表情でマイペースな男である。
しかし透人は突然その無表情を曇らせる。妙な違和感を抱いたからだ。
違和感を放置出来なかった透人は少し考え、そしてその正体に気づいた。
清慈郎について変な事を言ったのに全く視線を感じないのだ。
今まで通りなら睨まれていた筈。
何かあったか確かめる為に清慈郎へと首を向ける。
果たしてその先にあったのは。
顔を真っ赤に染めて固まる清慈郎の姿だった。
「あれ? せいじろうくん、どうかしたの?」
「……」
「せいじろうくん?」
「お! あ、いや、な、何か用か?」
「用じゃないんだけど、どうかしたの? 大丈夫?」
「い、いや、何でもない。ああ、だ、大丈夫、だ」
心配げに問いかけるアンナと冷静さを無くして慌てる清慈郎。
まるで解っていないアンナは挙動不審な清慈郎を本気で心配しているし、清慈郎はまともな受け答えさえ出来ていない。
その二人の様子を、いつの間にやら距離をとった透人は呑気に見守っていた。
「何だか神無月が喜びそうな事になったなぁ」
今の様子からはとてもそうは思えないが、危機的状況を乗り越えた透人達三人。
彼らを労い、その願いを聞き届けようと言うかの様に。
頭上の夜空には、流れ星が煌めく。




