第二十六話 青空教室
妖怪の一件から一週間後。
透人の携帯電話にアンナからのメールが届いた。
透人がアンナにある事を頼んだ際、代わりに条件を出され、それが今日の放課後だと確認する内容だ。
条件といっても大したものではなく、透人としても思うところがあったので二つ返事で了承したのだった。
途中まで問題無く読み進めていたが最後の一文で目を止める。
『あと、さきちゃんが大事な話があるからお昼休みに部室棟に来てほしいんだって』
透人は早喜と連絡先を交換していない。
が、だからといってアンナを経由する理由にはならない。
直接言えばいいだけだ。
そうしないで、なおかつ大事な話とくればあの話なのだろう。
面倒そうだがそれ以上に興味があったので、透人は昼休みを待ち遠しく思いながら過ごした。
*
誰もいない部室棟。
そこにある野球部の部室の前で早喜は透人を待っていた。
昼休みに用も無いのにわざわざこんなところに来る生徒はいなかった。
あまり人に聞かれたくなかった為にそんなところに呼び出したのだ。
やがて透人がやってきたので鍵を開け野球部の部室の中に移動する。
その後透人は開口一番にこう言った。
「マコトさんが何やったの?」
「話を先回りし過ぎだろ……いや、というかそれとは別件だ」
「え~、そうなの?」
「何でちょっとガッカリしてんだよ……」
早喜は勘違いを訂正した後の透人のリアクションに呆れた。
早喜からの大事な話ということで早とちりした様だが、今回の件にに宇宙人は関係無い。
確かに回りくどい呼び出し方にも問題があったかもしれない。
しかし、それは仕方がない。
悪いのは煙も立っていない小さな火種を騒ぎたてて大火事にする面倒なクラスメイトだ。
そいつに見つかるのは面倒なので避けたかったのだ。
いきなり透人のペースに乗せられそうになったがそういう訳にはいかないと気を引き締める。
これから宇宙人なんかよりもよっぽど大事な話があるからだ。
早喜は改めて透人に尋ねる。
「お前、今日アンナと二人で流星群を見に行くらしいな?」
「うん。それが?」
早喜が確認をとると透人はあっさりと認めた。
だからといって油断してはいけない。
この男は妙に勘の鋭い上に何をしでかすか分からないところがあるからだ。
そこで早喜は先手を打つ。
「勘違いしてないよな?」
「ん?」
「いいか? アンナはな、まだ子供なんだ。
自分が男子にどう見られてるかも自覚してないし、恋愛よりも食べ物の話題が好きだし。お前の事だって本気でただの友達としか思ってないからな!」
「あぁ、やっぱりそんな感じか」
本題の前の牽制。
それに透人はいつもと変わらぬ調子で答えた。ポーカーフェイスかもしれないが本当に何とも思っていない様だ。
それを見て早喜は確信する。
「何を隠してるんだ?」
「何が?」
「アンナはイベントは皆で行った方が楽しいっ言う奴だ。そのアンナが二人きりなんておかしいんだよ。しかもアタシにも秘密にしてたしな」
「あぁ。成程」
ここで透人は何の為に呼び出されたのか理解したらしい。
うーん、と頭を掻きつつ考え事をしている。
空が好きなアンナはいつもなら流星群なんてイベントは外さない。
なのに、今回はその話をしてこなかった。気になって早喜から振ってみたところ、あからさまに怪しい挙動をした。
そこで何度も交渉を重ねてようやく発覚したのだ。
アンナがそんな態度をとるのは珍しい。
「やっぱりお前はアンナと秘密を共有してるんだな?」
「うん。まあ、でもそれが何かは言えないかな。日村さんも宇宙人の事隠してるしお互い様でしょ」
そこを突かれると痛い。
確かに自分だけ隠しておきながら相手の事を知ろうとするのは虫のいい話だろう。
透人が他人の秘密を知りすぎなのは置いておくとして。
それでもあの危なっかしいアンナが心配で放ってはおけなかった。
だから一つだけ確認する。
問題は何故隠していたか、だ。
「もしかして危険な事なのか?」
「確かに完全に安全じゃないけど、宇宙人レベルの危険度でもないよ。だから多分大丈夫」
「いや、比べる対象がおかしいだろ」
流石に宇宙生物との戦いよりも危険な事などそうそうある筈はない。
実はアンナのところにも宇宙人がいるというならば話は別だがそういう訳でもないようだ。
せいぜい不良とのいざこざか、もしかしたら犯罪者でも追っているのか。
それでも充分危険な事に変わりはない。
「本当に大丈夫なんだな?」
「うん。まあ、何とかなると思うよ」
「アンナに何かあったら宇宙人の装置とか使うかもしれんがいいか?」
「そうならないよう頑張るよ。命をかけて守るなんて事は言わないけど」
透人はふざけた調子で答えたが、だからこそ余裕が感じられ何処か頼もしそうに見えなくもない。
これなら本当に大した事ではないのだろう。
早喜は透人の言葉を信用して任せる事にした。
透人はわざと早喜に勘違いさせるような言い回しにしていたが「宇宙人レベルの危険度でもない」というのは宇宙人よりも遥かに危険だ、という意味で言っていたのだ。
しかし、何も知らない早喜がその事に気づける筈もなかった。
*
透人が早喜と話してから数時間後。
すっかり暗くなった空を二つの影が飛び交っていた。
一つは高速で真っ直ぐ飛んでいたかと思えば円を描いたり宙返りしたりと実に自由に飛んでいる。
もう一つはその動きについていけずにぎこちなく飛んでいたが何とか先回りして呼び止めた。
「そろそろ休憩しない?」
「ふえっ? うーん。じゃあそうしようか」
二つの影の正体は透人とアンナ。二人は箒に乗って空を飛んでいたのだ。
この日そうしていたのは流星群を高い場所で見るためである。
アンナが二人きりに拘ったのは、単純にこんな事は魔法関係者としかできないからだった。
透人が箒で空を飛ぶのはこの日が初めてではない。
何度か一緒に遊ぼうと誘われて経験していたのだ。
最初にただの遊びで飛んでいると言われた時はそんな事して大丈夫かと思ったものだが、すぐに「ああ、バレなきゃいいのか」と納得した。
一般人からは見えなくなる様に姿を隠す魔法を使っているのでバレる心配はない。
ちなみに空を飛ぶ魔法には箒が必須という訳ではないそうだ。他のもっと乗りやすい物に魔法をかければいいし、なんなら体一つで飛ぶ事も可能な様だ。
それなのにアンナが箒を使っている理由は「昔からの伝統っていうか、その何だかこう……とにかく好きなんだよね!」というものだった。
しばらく飛び回った後、適当なところで並んで静止する。
「フロア」
そこにアンナが魔法を使って足場を作り、箒から降りて座る。
そしてアンナはお菓子やジュースを広げようとしたが透人が止めた。
休憩すると言ったが透人には用事があるのだ。
「頼んだ物は持ってきてくれた?」
「あぁ~……うん。はい、これ」
アンナが少し残念そうにしながら取り出したのは一冊の古めかしい本。
魔法について書かれたものである。
透人は前回の反省を踏まえて、まず魔法をきちんと勉強するところから始める事にしたのだ。
「でも何で急に勉強したくなったの? 今まで遊んでた時は言ってこなかったのに」
「まあ、ちょっと危ないことがあってね。最初に車から助けてくれたみたいに色々出来たら便利だな、と思って。あと、魔法使い同士の闘いとかもあったし…………どうかした?」
話の途中でアンナの顔が曇ったのに気づいて心配になり声をかける。
「ふぇっ、あ、ううん。何でもないよ。ただ魔法で人を傷つけたりするのは嫌だなって思っただけ…………そういう人達に対抗するには仕方ないんだけど、なるべく使いたくないよね」
「……まあ、うん。確かに平和が一番だよね」
アンナは悲しそうな寂しそうな顔で語った。
魔法を勉強する目的が闘いに用いる為だと知ったらアンナはどう思うのか。
一瞬そう考えたが、それでも透人は必要とあらば闘いに魔法を使うだろう。
ただ、平和が一番というのは本心だった。
いざ何かあった時の為にに備えておくというだけで何もないのに越した事はない。
淀んだ空気が払拭されてから改めてアンナから渡された本をもとにレクチャーを受ける。
「えっとね、土の魔法と相性がいいのは地面とか金属に影響を与えるのとか、物の固さや重力を操作するのとかなんだよ」
「じゃあその辺からにしようか」
本にある魔法陣をかき写していく。
精霊との契約の為に自分の手でかいた魔法陣でないと使えないらしいのだ。
他にも魔法についての説明を聞きながら作業を進める。
基本的な魔法陣の知識や魔法陣をアレンジする技術。
発動方法や対象の選択方法等、割と自由に設定出来るらしいのでその方法も教わった。
以前魔法の契約を勝手にした時は時間がなく急いでいたので、最低限の知識だけで終わらせていた。
改めて教わるとなかなか大変だった。
しかし、新たな知識を得るのは楽しいものだ。しかもそれが今後の役に立つとなれば尚更苦にならない。
新しい魔法を試し、アンナと共に試行錯誤を重ねていく。
そうして流星群の時間までは魔法の勉強に集中しようとしていたのだが、そうもいかなくなってしまった。
「な!?」
突然驚いた様な声が聞こえてきたのだ。
透人は他にも空を飛んでいる人がいるのかと思いつつ、声の主を確かめる為に下を見る。
そして、確認してから顔を上げると困った様に頭をかいた。
そこにアンナが不思議そうに問いかけてくる。
「とうどくん、どうしたの?」
「ん? んー、今何か聞こえなかった?」
「ふぇ? なにもなかったよ?」
「うん。じゃあ気のせいだね」
首をかしげるアンナは本当に何の話か解っていない様だった。
それもその筈。
先程の声は透人にしか聞こえないものだったのだ。
正確には幽霊が見える者にしか、だが。
だからこそ透人は声の主への対応に困っていた。
声を出したのは全身が半透明に透けている清慈郎だったのだ。
幽霊と魔法の関係者が遭遇してしまった。
これから事態がどう転がるか、全く予測がつかない。
「幽体離脱って自由に出来たんだなぁ」
のだが、透人は呑気に呟いていた。




