第二十七話 働く者遊ぶ者
清慈郎の家は代々この地域での霊にまつわる物事を取り仕切ってきた。
霊能力者を管理し、浮遊霊を成仏させ、悪霊を退治する。
それらが古くから受け継がれてきた御上家の仕事だ。
清慈郎もそれらの仕事に誇りを持っていたし、力ある者が果たすべき責任だと思っていた。
そのために仕事に不必要な余計な事はするべきでないと思っていた。
とあるクラスメイトと予期せぬ出会いをし、本来関わる筈のなかった事件に巻き込まれるまでは。
その日も始まりはいつも通りだった。
学校が終わると寄り道せずに帰り、すぐに鍛錬を始めた。
精神を集中して魂の形を変え、鋭く研ぎ澄ます。
霊視の感覚を広げ、より正確に魂を察知できるようにする。
魂の力を高める為に地道な努力をひたすら繰り返していく。
その次は走り込みや筋力トレーニングをして体も鍛える。
そして他の者を相手に悪霊との戦闘を想定した組み手を行う。
魂と肉体、どちらも悪霊と戦闘を行う為には必要な要素だ。
日が暮れるまで鍛練を終えた後は軽く食べてから仕事に出かける。
仕事の具体的な内容は担当地域の見回りと噂の調査である。
見回りは悪霊が引き起こす事件にすぐに対応する為なのだが数が少ないので何事も無い日も多い。
街に流れる不思議な噂は調査すると幽霊とは何の関係も無かったという場合も多い。それでも安全の為には全てを調査する必要がある。
今回は普段の見回りに加えてある老朽化したビルの調査が担当だった。
そのビルは、取り壊しの作業中に不思議な現象が起こり中断を余儀なくされるという事が何度もあった場所だ。その為に呪われたビルとして有名になっていたのだ。
といってもその現象を引き起こしていた地縛霊は既に退治していた。
しかし、その後も肝試しに入った者が見えない何かに襲われたとか行方不明になったという話があった。そのことから別の悪霊が住処にしているかもしれないと判断されたのだ。
昼の間に他の者が様子を見に行ったところ、行方不明になっていた人達は見つけたので回収したのだが悪霊はいなかった、とのことだった。
よって清慈郎が行う調査とは、悪霊が戻ってきたかどうかを確認し、発見した場合は退治するという内容だった。
清慈郎は問題のビルに着くとまず霊視を使って全体の様子を探り、その結果に舌打ちした。
それというのも最上階にはいくつかの魂を感じたのだが、その内の二つは既に悪霊に取り憑かれていたものだったからだ。
もっと早く調査していればそうなる前に悪霊を退治出来ていたかもしれない。
そう考えると憤りを感じるが、反省は後回しにして今やるべき事をやろうと動き出す。
「む?」
だがビルの中に足を踏み入れようとした矢先、ふと気づいた。
遥か上空にも魂が存在していると。
上空の魂は二つあり、一つは普通の人間のものだった。
しかし、もう一つは妙だった。確かに強い魂なのだが悪霊にしては力が弱いのだ。
人間の空中浮遊なんて現象を起こすからには相当な力の持ち主の筈だ。もしかしたら意図的に力を抑えているのかもしれない。
ここで清慈郎はどちらを優先すべきか考える。
ビルの方は取り憑かれているというのならその体に危害を加える可能性は低いだろう。
一方で上空の魂はどうなるか分からない。今にも人間が落とされる可能性がある。
やはり優先すべきは上空の方だ。
そう決断した清慈郎はすぐに行動を起こした。
まず近くにあったコンビニに駆け込み、トイレに入った。
そして、お札を取り出し「解」と唱える。
その次の瞬間、清慈郎の魂は肉体から抜け出した。天井をすり抜けそのまま夜空に向かっていく。
この幽体離脱が清慈郎にとって空を飛ぶ唯一の手段である。魂だけならば重力には囚われない。
それにイメージ次第では肉体よりも遥かに速く動かせる。
しかし幽体離脱はリスクも大きい。
時間が経ちすぎれば肉体に戻れなくなる場合もあり、むき出しの魂が傷つけば消滅の恐れもあるのだ。
だから可能な限り速く二つの魂の下へと急ぐ。
その結果、ものの数十秒で例の魂が肉眼でも見えるところまでたどり着いた。
しかし清慈郎はそこで困惑する。
普通の魂だけでなく強い魂も生きた人間のものだったのだ。
自らの感覚がおかしくなったのかと思いつつ、確かめる為に更に進む。
そこではっきり問題の魂を視界に収めたところ、その光景に目を疑った。
「な!?」
清慈郎が驚くのも無理はない。
二人の人間が空中に浮かんで、いや座っていたのだ。まわりには鞄等も置かれてさえいる。
しかもその二人は学校でのクラスメイトだった。
といっても一人は顔と名前しか知らなかった。もっとも清慈郎にとってそれ以上のクラスメイトの方が少ないのだが。
それより問題はもう一人である。以前悪霊から助けたり、不本意ながらも超能力者と共闘した時にその場にいたりと色々あった人物なのだ。
力が中途半端に強かった魂はその問題の人物である透人だったのだ。
霊能力に目覚めてから日が浅いのでまだその程度なのだろう。
そこで改めてこれからどうするか考える。
幽霊と関係無いのなら面倒な事になる前にさっさとこの場から去るべきかもしれない。
だが、それを実行するより先に透人が清次郎の方を向き、目が合ってしまった。
透人は清慈郎から視線を外して顔を上げると隣にいるアンナと会話した。それからもう一度清慈郎の方を見た後、アンナにある話を持ちかけた。
「観鳥さん、俺夜食用にパンを買ってきたんだけどちょっと間違えちゃったんだよね」
「ふえ? 間違えた?」
「うん。俺こしあんは好きだけどつぶあんは苦手なんだよね。それで、このあんパンよく見たらつぶあんだったんだよ。良かったら貰ってくれない?」
「えっ、うん。だったらしょうがないね! 捨てるのはもったいもんね!」
そんなやり取りの後、透人が渡したあんパンをアンナは食べ始める。
そして、それを確認した透人はゆっくりとアンナから離れてから清慈郎を手招きした。
先程のよく分からないやり取りは二人だけで話をする為のものだったのだろう。
少し迷ってから清慈郎はその誘いに乗り近寄っていく。
「やあこんなところで奇遇だね、御上君」
透人はしれっと言ってのけた。
全く動揺も緊張もしていないリラックスした状態である。
清慈郎はとりあえずこの不思議な状況について透人に尋ねる。
「超能力者はまだいたって事なのか?」
「ん? ああ、それとは別件。見て分からない? ほらこれとかあれとか」
そう言って透人は怪しげな図形の描かれた本や立派な箒を指し示した。
それらの道具は確かに超能力者という感じではない。
連想するのはもっとファンタジーな存在である。
「まさか魔法使いとでも言うつもりか」
「つもりもなにもその通りだよ」
透人のとぼけた答えに清慈郎はする筈のない頭痛を感じた。
霊能力者の自分が言うのも何だが、超能力だけでなく魔法なんてものも実在したらしい。
あまり深く考えたくはない内容だ。
それでも、畑違いだとしても、街を守っている者として確認しておかなければならない事がある。
「ここで何をしているんだ」
「んー、まぁ色々あるけど……メインは流星群の観察かな」
「…………つまりただの遊びか」
「まあ、そうなるね」
その回答に清慈郎の顔は険しくなった。
魔法が彼らにとってどんなものかは知らないが、力ある者がそれをただの遊びに使うなんて許せなかったのだ。
力のある者はその力を人々の為に有効活用すべきなのだ。
それなのに透人は自分の娯楽の為だけに使っても平気の様だ。
放っておかれているもう一人はどう考えているのかと様子を窺うと、なんとも幸せそうにパンを頬張っていた。
二人共能天気にも程がある。
彼らには彼らの考えがあるだろうから自分の思想を押しつけるつもりはない。
ただその考えは許容できそうにないし、好感も持てない。
つい言葉に苛立ちがこもってしまう。
「女連れでいい気なものだな。そういう相手にしては扱いが雑だったが」
「んー、そう言われても観鳥さんには今の御上君見えないし、そもそも幽霊の存在知らないし……………あ、そういう相手ってそういう事か。いやー、まさか御上君からそんな話題がくるとはねぇ。自分は孤独を貫こうとしてるのに」
自分について指摘された清慈郎はムッと顔をしかめる。
いつも独りでいるのは力ある者の責任を全うする為だ。
別にその事に不満があるわけではないが、世間に役立てるべき力で遊ぶような輩に言われたくはなかった。
ただ、感情に任せて余計な事を口走ってしまったのは事実である。
反省し心を落ち着けて透人から離れようとする。
「悪かった。邪魔したな」
「ああ、別に話題を逸らそうとした訳じゃないんだよ。というか俺と観鳥さんはただの魔法仲間でしかないよ。何か二人共精神年齢が低いみたいでね。もう最近の小学生より低いくらい」
「待て、二人共と………………いや、何でもない。……お前と話していると調子が狂う」
つい慣れないツッコミを入れようとしてしまったところで馬鹿馬鹿しくなった。
もう付き合いきれない。
「俺はこれから俺の仕事がある。魔法については詮索しないからお前も俺の仕事には首を突っ込むな」
「うん、分かった。この辺で大人しくしてるよ。それじゃあ、また」
清慈郎は最後までとぼけた調子を崩さなかった透人の挨拶を無視して苦い顔でその場を離れる。
悪霊でないと分かった時点ですぐに引き返すべきだった。
後悔しつつ清慈郎は体を置いてきた場所を確かめようと霊視の範囲を広げる。
「む」
すると、この空にまだ他にも魂が存在していると気づいた。かなり距離があるがこちらに近づいてきている。
その魂の力は弱いので悪霊ではなくまた魔法使いなのだろう。
全く魔法使いはその力を何だと思っているのか。
能天気ばかりが揃っているのか。
不快感を感じた清慈郎は去り際に新たな魔法使いが来る方を睨みつけてから地上へと戻っていった。




