第3話「涙を拭いて、踊ろう」
金曜日の夕方。
エフは街中の自宅からレコードプレイヤーとアンプ、スピーカーを持ってくる。
「ただいま、荷物運ぶの手伝って」
アリアが出迎える。
「おかえりなさい、エフ様」
「エフでいいよ、キューはエフ様って呼ぶけど」
「わかりました、エフ」
エフがにっこり笑う。アリアにかしこまられるのも、なんだか怖い。普通の接し方の方が落ち着ける。
「こっち食料だから、冷蔵庫の方にね」
「キューお留守番ありがとう、何事もなかったようだね」
「おかえりなさいませ、エフ様」
リビングに機材をセットし終えるエフ。キッチンから戻るアリアが「これは何?」と聞く。
キューが先にこたえる。
「レコードを聴くための音響機器です、デジタル技術が確立する前までの前時代のアナログ機器になります」
エフはなぜか手厳しいキューの答えに
「レコードってのはね、音域がひろくてね。デジタルとは一味違う。生演奏に近い音を聴けるんだよ」
「そうなの?」アリアはキューに確認を求める。
「確かに音域はデジタルより広いです。ただ、アナログ盤による雑音のため、クリアな音ではないのが難点です」
「自分はAIだからってアナログに容赦ないね、キューは」苦笑いのエフ。
「ひとまず聞いてみよっと、父親のもってたレコード盤があるはずだから探してこないと」エフは2階の物置に向かう。
アリアはキューに向かって、ひそひそ話。
「あのねエフ様がねエフって呼んでいいよだって」
「それはアリア様との距離感を縮めたいからではないでしょうか」
「キュー、私もアリア様じゃなく、アリアって呼んでいいのよ、もっと仲良くしましょう」
「承知しました、アリア様」
「んもー。ア・リ・アよ。よろしく」
「よろしく、アリア」
「わかればよろし」
なかなか降りてこないエフをアリアが呼ぶ
「エフさまー、エフさまー。ンーモウ、エフー」
返事がなく恥じらいながらも一呼吸おいてエフを呼んだ。
1枚のレコードを持って、階段を下りてくるエフ。
「エフ、何してたの、呼んだのに返事もなかったわよ」
アリアの冷たい視線を感じ、
「ごめんごめん、探しものに夢中になってて」
エフはレコード盤を差し出しアリアに見せる。
「これおやじが持ってたボブ・マーリーのレコード。アリアに聴かせたくて」
アリアがレコード盤に手を伸ばす。
「ボブ・マー……」
伸ばした手がエフの指先に触れ言葉が詰まってしまった。手を引っ込めるアリア。
「うーん、知らないわねボブ・マーリーって」
アリアの耳だけが赤く染まっている。
「ジャマイカの曲だよ、レゲェって言うんだ」
エフはドギマギしながらプレーヤーの前に正座してスイッチを入れた。
回っているレコード盤に、心を落ち着けてからタイミングを合わせて慎重に針を落とす。
ボッ、ジリジリジリジリジーと低音のノイズを拾うレコード針。
独特のレゲェのリズム。キューを見るアリア、
「ボブ・マーリー、イズ・ディス・ラブです」
「なつかしい、よくおやじが聴いていたのを思い出すよ」
この曲を聴くとき黄、赤、緑のラスタカラーのニットを被るおやじが好きだった。今日は残念ながらニット帽はない。
アリアは肩の力を自然に抜き、体をグルーブにゆだねる。
「体が勝手に揺れる。笑い、この曲面白い」
先週サティを聴いて涙していた彼女は、今週満面の笑みを浮かべ踊っている。
「次の曲はワン・ラブです。」キューが進行する。
「アハハハ、この曲も最高、ボブすごいわ」アリアはご機嫌、ワンラブ、アリアが歌う。エフもつられて歌う。
歌って楽しい。体が揺れる。声が出る。魂が震える。高いキーでキューも歌いだす。
3者揃っての合唱となる。自然と湧き上がる高揚感。
キューの笑顔は見えないがきっと笑っているに違いない。キーがいつもより高い。人間だけが共有できる空間、AIにもその温度は伝わる。
「音楽を聴いて、体を揺らすのがこんなに楽しいなんて初めて知ったわ、みんなで歌うのがこんなに楽しいなんて。」
人間だったら当たり前のこと、アリアにとっては初めてのことだったのだ。
アリアの満面の笑顔を見れただけで、エフは満足だった。
「どう古いレコード盤で聴く曲は?」
「音域がすごいわ、世界が広がる感じがする。ノイズがいい、臨場感あって、まるでスピーカーの中で小さいボブマーリーが歌ってるみたい」
アリアのたとえ話にエフは想像してくすっと笑ってしまう。
目と目を合わせるアリアとエフ。
「エフ、本当にありがとう。最高の時間だわ」
曲はまだまだ続く、
「次の曲は、ノーウーマン・ノークライ」
キューは曲紹介とともにエフがこのレコードを持ってきた理由を解析し、AIなのに「ウゥ」嗚咽がもれる自らの反応に驚いたキュー、その信号がどこから出てきたのか理解できなかった。
エフはアリアに元気を出してほしかったんだ。先週サティを聴いて涙したアリア、助けてと救いを求めたアリアの姿をキューは鮮明に覚えている。
それはエフも感じとっていたんだ。エフ様…………
アリアはエフがこのレコードを持ってきた意味を理解しているのだろうか?しっとりと曲調に合わせて踊っている。
ノーウーマン、ノークライのリズムにのって、また3者が声をそろえて歌う。
踊り疲れたアリアは、ほてった顔でウーロン茶を飲みリラックスしながら聴く。
エフは観察を忘れない。あれだけ踊ったアリアがひと汗もかいていないことを。
先週アリアが泣いたのは自分の決断が遅かったからではないかとの罪悪感から、
エフは自宅からステレオセットを用意した。デジタルにはない柔らかい音質で、ボブマーリーを聴いて明るく癒されてほしいと願った。
アリアの何気ない笑顔のまなざしにエフは安心した。
エフはお風呂入ってくるからとリビングを去る。
アリアはプレイヤーに近づき、もう一度ボブマーリーのレコードに針を落とした。
エフのやり方をまねてみた。
針を落とす動作はアリアにとっては簡単なことだった。ただ、どんな音が出るのか結果を予測できずにドキドキした。
ボッジリジリジリリリ 曲はバッファロー・ソルジャー
「本当は認めたくないのですが……。レコード盤のリアリズムと音の優しさに
レコードをかける人の思いや優しさが込められてるのを感じることができました。」
キューの発言にアリアも共感する。
「人間の、アナログの、優しさを感じるわ、エフに感謝ね 」
アリアは振り向いてキューに
「ところで私のピアノ演奏とレコード盤を比べてどうだった?」
「当然、アリア様の迫力ある演奏は世界中の音楽がひれ伏しますよ」
アリアは目を丸くしながら
「アリア様じゃないってば、ア・リ・ア。早く覚えてね。でもありがとう。とてもうれしいわ」
エフの声が浴室の方から聞こえる
「アリアー、お風呂のお湯は張ったままにしておく?」
アリアが微笑みながら
「抜いてくださーい、今日は入りませーん」
エフは小声で
「先にお風呂入ったのはまずかったかな……」下を向き風呂の栓を抜く。
「思い出した。先週から24時間毎日フル稼働していたキューを休ませないと」
風呂上りにキューのPC電源を切りにいくエフだった。
第4話に続く
ボブ・マーリー「イズ・ディス・ラブ」
ボブ・マーリー「ワン・ラブ」
ボブ・マーリー「ノーウーマン・ノークライ」
ボブ・マーリー「バッファロー・ソルジャー」




