三話 この村に冒険者が居ないワケ
想定よりもずっと近い場所に、セラが拠点にしている村があった。
川に沿って歩き、森を出るまでに数時間。森を出てすぐに、彼女のいる村は遠くに見えた。時々採集の時間を取りながらも、夜明けから歩いて昼を過ぎる前には村に着いた。
「トコマタ、っていう村だよ。何にもないところだけど、私は好きなんだ」
そう言いながら、ふわふわとウェーブした栗色のロングヘアを揺らすセラは、すっかり警戒心を解いているように見えた。
途中で薬草を採集し、包帯を巻き直したときには表情を曇らせていたが、それ以降は打ち解けた様子で会話をしてくれた。
セラもソロの冒険者だ。傷跡を見れば、どんな相手と戦ったのかは分かるだろう。後ろから、人間に、一方的に傷つけられた様子を見て、同情を誘えないかという打算も、多少はあった。
同時に、こんないい子の生まれ育った村は、きっといい村なんだろうと、ぼんやり思った。
予想の通り、トコマタの村はのどかで、優しげな空気の漂う村だ。
森方面を見張っていたおじさんは、セラについてきた余所者の僕に対しても、怪我を心配する声をかけてくれた。
「大丈夫です。歩けますし、すぐに治りますよ」
「そうか、なら良いんだが……。ここには教会もねぇからな。ひどい怪我だと大きな街に出ないといけねぇ」
その言葉の裏には、どうやって運ぶか、目の前の人をどうやって救うか考えている優しさがあって、つい視界が潤んでしまう。
「僕も冒険者ですから。自分の身は自分で責任を持ちますよ」
「小せぇのに、立派だなぁ……。セラがお前ぐらいの時は……」
「ちょっと、ゲバさん! 私の話は関係ないでしょ! ほら、ギルドに行くよ」
誤魔化す意味もあって、強めの言葉を使ったが、おじさんは特に気にしてないようだった。僕の容姿は人より幼く見えるから仕方ないが、多分セラは同い年くらいだ。
プンスコと怒ったふりをするセラに、真実を告げるか迷ったが、今は知らないふりをしておこう。というか、本当のことを言っても信じられないだろうし。
ギルドまでの道筋には、あまり人はいなかった。昼時なこともあって、みんな仕事に行っているのだろう。
「ここがトコマタのギルドだよ。君も使うことになるのかな?」
ほかの家と比べて、少しだけ頑丈なつくりをした建物には、ギルド支部の看板がかかっている。
昼の、人が少ない時間帯だから。それだけの理由では説明がつかないほど、ギルドの様子は静かすぎた。
かつて拠点としていたケンパレーの街では、昼夜を問わず人がそれなりにたむろしていた。依頼を持ち込む市民、割のいい依頼がなくてふてくされる冒険者、ギルドにご飯を食べに来る旅人など、様々な人に利用されるのがギルドだ。ギルドの近くまで来て、人の気配がしないなど初めての体験だった。
ギルドの扉は、思った以上に滑らかに動いた。外で感じていた通り、中には誰もいない。受付カウンターは一つしかなく、料理を出している様子もなさそうだ。
「どうしたの? 何かあった?」
「……いや、人がいないなって。受付さんもいませんが、どうするんですか?」
扉を開けて立ち止まった僕に、不思議そうな声で後ろから声をかけてくるセラ。振り返りながら道をあけて問いかけたが、彼女は首をかしげている。
僕の言葉通り、ギルド内には人っ子一人いない。受付カウンターはもぬけの殻で、呼び出しベルのようなものもない。これでは依頼完了の報告も、拠点移動のための手続きもできない。
「まあ、いつもの時間になったら戻ってくるだろうし、ちょっと待ってよっか。そこの椅子に座ってて、救急箱取ってくる」
セラは特に慌てた様子もなく、それが当たり前と言わんばかりに僕に椅子をすすめると、そのままカウンターの中に入っていってしまった。
ふわふわ揺れる栗色の髪が去っていく様子を、呆然としながら見送る。
冒険者ギルドを我が家のように、というのは別に悪い話ではない。冒険者にとって命を預け、相応の関係性を築く必要のある相手だ。だからといって、本当に我が家のように扱うわけにはいかない。
当然ながら、ギルドに所属している冒険者の情報や、依頼主の情報、金庫や倉庫など、ギルドが扱っている貴重品は多い。一介の冒険者がカウンターに入ろうものなら、ギルド専属の冒険者に地の果てまで追いかけられて、奴隷落ちになるか、そのまま命を奪われるだろう。
一介の冒険者ではないのでは。と、そこまで考えてやっと思い当たった。
「ギルド職員兼任、いやそれなら自分で手続きをするはず。まさか、あの実力ならギルド専属冒険者……?」
思わず、驚きを声に出してしまう。こんなことを聞かれたらどうなるか、と口を閉じ周りを確認する。
「どうしたの? 座ってていいのに」
すんでのところで、セラが戻ってきた。聞かれてはいないと思いたいが、迂闊だった。人の気配がしないからといって、油断してしまった。
セラのすすめに従って椅子に座り、彼女の様子をうかがう。不思議そうにはしているが、敵意は感じない。全部が演技だとは思いにくいが、本物だとしたらあり得る。
「人のいないギルドは珍しくて、つい。僕の知ってるギルドは、もっと雑然としていていましたから」
「うーん。私からしたら、これが普通だからなぁ。そんなに人がいたらさ、疲れない?」
「そう、ですね。疲れる時もあります」
少しだけ、仲間だった彼女たちのことと、裏切った彼らのことを思い出す。人がたくさんいるということは、それだけ苦しみも増える。
「でも、いろんな人と話をするのは、楽しいですよ」
パーティを組むことは少なかったが、それでも色々な人と出会った。薬屋のお婆さんや、肉屋のおじさん、服屋のおばさん……。冒険者の知り合いが少なかったのが、ゴズを調子に乗らせた原因だったのかもしれないと、ふと思う。
もしも、僕がもっと周りに気を遣っていれば、違った景色があったのかもしれない。
「そっか。うん、それは分かるかも」
物思いに耽りそうになった僕を、セラの声が引き戻す。彼女は何度もうんうんと頷いて、焦げ茶の瞳をきらりと光らせて僕を見つめた。
「私もね、外の世界ってどんなんだろーって、気になってるの。でもでも、この村から出たいってわけじゃないし、たまーに来る商人さんにいっぱいお話聞いたりしてたの。お母さんからはもう子供じゃないんだからって言われるし、ファムさんからは若いっすねーって笑われるし……」
バーっと、早口で捲し立てながら体を寄せてくるセラに圧倒される。
好奇心に満ち溢れた瞳の輝きは、無垢で純粋だ。それは幼いようにも思えるが、同時に眩しくもあった。
キスでもするのかと思うほどに近づいてきた彼女の肩を右手で押し返す。初めから不純な動機で冒険者を始めた身としては、その眩しさは正直いたたまれなかった。
「……知らないものが気になるって言うのは、分からなくもないかな」
最大限に言葉を選んで、できうるかぎりの共感をしたつもりだった。彼女の言葉に追随するだけの、実のない言葉を発しただけ。
それなのに、5年前のことを最近のように思い出す。知らない町、知らない人、知らない植物、知らない魔物。一つ一つを観察して、理解しようとした頃のことを。思ったよりも、僕の言葉には実感がこもっていた。
キラキラと、いっそう瞳を輝かせたセラがその証拠だった。初めて出会った同年代の、同業者が同じことを考えている。その事実に対する喜びが溢れるほど伝わってくる。
確かに、ちょっとくらい好感度を稼いでおこうとは考えていたが。これは、稼ぎ過ぎだろう。
「その、救急箱を……」
彼女が何かを言う前に、その手に持ったものの存在を思い出してもらう。僕の言葉で、やっと当初の目的を思い出したのか、ハッとした表情でゴメンと謝られた。
会話に興じることが嫌いな訳では無いし、これからパーティを組みたい相手の好感度を稼ぐ事に悪いことは無い。自分の冷静な部分はそう呟いた。だからといって、純朴な少女をだまくらかす理由にはならない。と良心が反論する。
彼女から受け取った救急箱は、少し重く感じた。
「あんまり中身がないんだよね、私が全然ケガしないから」
救急箱を開けてみると、確かに彼女の言うとおりだった。新品の包帯に、封の切られていない軟膏、束ねたままの痛み止めの薬草、どれも定期的に手入れしてあるようで品質には問題がなかった。
「……もしかして、このギルドって」
「おやおや、ホントにセラさんが男を連れ込んでるッスね」
僕が気づいたことをセラに問いかける前に、カウンターから声をかけられる。
救急箱から視線を上げてみれば、カウンターに肘を置いてこちらを見つめている女性。薄紫色の黒髪を後ろで一つに束ね、若々しい雰囲気を持ちつつも、大人らしい色気のある女性だった。
しかし、落ち着いた大人の女性といった声色とは裏腹に、軽い口調。底の見えない、感情を見せない話し方だ。
「ファムさん! いつもより早いよね、どうしたの?」
「ゲバさんから、うちの大事な大事な、たった一人の冒険者がたぶらかされてるって聞いたんッスよ。そりゃ黙ってられないんで、全力で走ってきたッスよー」
セラから親しげに話しかけられた女性は、ふざけたような口調で僕を牽制するようなことを言う。
大人のやり方だな、と思うと同時にむしろ居心地が良い。そんなことよりは、女性の言葉の内容のほうが気になった。
「やっぱり、一人だけなんですね。この村の冒険者は」
誰に言うわけでもない、独り言に近いつぶやきは、三人しかいないこの場ではよく響いた。
2人はそろって何度かまばたきをして、セラはどういうことか分からずに首をひねり、ファムと呼ばれた女性は何かに気づいて天井を見上げた。
二者二様の反応に、そうなるだろうなと納得しつつも、その危うさがわかる人間としては、少し早まったかという思いが湧く僕に、言いづらそうにファムさんは言葉を紡ぐ。
「あー、おっしゃる通りッス。見ての通りのど田舎で、一番近くの街まで近道でも3日以上、行商人も月に一度だけッス。おかげさまでこの村には、セラちゃんしか冒険者はいないッス」
だからほら、とまでは言わない理性がファムさんにはあった。その視線は雄弁に、2人目の冒険者が欲しいと言う期待が溢れ出してはいたが。
魔物の間引き、迎撃、魔物の生息域に入っての採集など、冒険者は村にとってなくてはならない存在だ。セラにもしものことがあったら、1人では処理しきれない魔物の群れが来たらなどなど、イレギュラーなことを考えれば冒険者は1人でも多い方がいい。
しかしそれは、冒険者にとっても同じこと。パーティを組むにしても、別パーティで助け合うとしても、選択肢が少なすぎるのは考えものだし、危険だ。
「……いえ。僕にとっては渡りに船です。ですが、僕はほとんど戦闘ができません。レンジャー以外の4ジョブはEランク、レンジャーのDランクも索敵とマッピングで貰ったものです」
僕に引き下がる選択肢は無いので、そのまま伝えるしか無い。怪我が治るまで待って、それから移動して、新たな拠点で再スタート。そんな時間は残っていない。月に一度来ると言う行商人に、送金を任せなければ間に合わない。
むしろ、弱みに漬け込んでしまえば……。と弱い部分が囁くが、考えるまでもなく却下だ。第一に僕の能力が足りない。第二にリスクが大きすぎる。第三にリターンに乏しい。考えるだけ無駄だ。
「でも、ホドくんは採集がすっごい上手だよ! 薬草も魔物も、シュシュって素早く取っちゃうんだから!」
思わぬ方向から助け舟が来た。セラは興奮した様子で、僕の採集の様子をファムさんに語っている。こういうのは人づての方が効果がある、とはいえあまりの熱心さに僕の方が照れてしまう。
膝の上に置かれた救急箱をじっと見つめて、気恥ずかしさを誤魔化していると、セラは僕について色々と話し始める。
よく見てるなぁ、流石だなぁ、パーティメンバー(候補)として頼もしいなぁ。
などと、ほおが熱くならないように意識を逸らしているところに、ファムさんが声を上げた。
「わかったッス。セラちゃんがそこまで言うなら、フィールドは問題なさそうッスね。あとは、成果物ッス。セラちゃんはその辺りが雑ッスからねー」
セラを宥めながら言ったファムさんの言葉に、自覚があるようでスンっと大人しくなるセラ。雑と言うよりかは、悪い意味で素早さ重視だと思うが、そこは口に出さないでおく。競合が増えるからではなく、彼女のスタイルならばそちらの方が正しいからだ。
採集なら、僕に任せればいい。パーティとしても、一つの村に所属する冒険者としても、分業は大切だ。だから、僕の有用さを示さなければ。
視線を上げて、ファムさんを見る。すみれ色の瞳は、侮れないほど深く、僕を見つめている。
さあ、プレゼンの時間だ。




