閑話3 奴隷商の供述
情報収集が最も重要。ホドからもそう言われていたチュレは、用事のついでに心当たりを訪ねることにした。
大通りから細い路地を経由すること二本。冒険者区画の端にあるそこを訪れたのは、久しぶりのことだった。
薄暗い部屋に見た目ほど高級ではないソファ。どこか湿気た臭いが漂う場末の奴隷商館で、若い男がいつものように胡散臭い笑みを浮かべている。
ホドにマヤたち三人の奴隷を売った奴隷商。本名は明かさず、年齢も来歴も不明。謎の多すぎる奴隷商だが、ホドをお得意様として扱っていたのは間違いない。
うっすらと胡散臭い笑みを常に浮かべている彼も、チュレからの一言目を聞いてわずかに眉を跳ねさせた。
「ホドさんが行方不明、ですか……」
顔の前で組んだ手で口元を隠しながら、前かがみになっているため、その表情はチュレからはうかがえない。
いつもの通り頭の中では金の計算をしているのだろうと、目を細めるチュレだったが、その推測は当たらずも遠からずと言ったところ。
「マヤもラーも、ましてやヘズも。おとなしく言うことを聞くような奴隷ではありませんからねぇ……。下手人の方は五体満足ですか?」
奴隷商の二言目に、チュレは思わず眉をしかめる。
ホドが行方不明になったと開口一番に言った、その次だったからだ。奴隷の横取りを狙っての犯行などとはおくびにも出していなかったはずだ。
「ホドの心配はしてないようだね、どうしてだい?」
「彼がもしも死んでいたら、この街の大半は更地でしょう? 大きな騒動があったとも聞いてませんから、おおよそ事情は透けるというものです」
チュレが探りのつもりで投げかけた質問にも、こともなげに返す奴隷商。彼にとっては、その程度のことだ。ホドが行方不明になったこと自体は、奴隷商としてはどうでもいいと言って良かった。
目の前の憲兵長が入れ込んでいることをはじめ、顔の広さはCランク冒険者とは思えないほどだったし、それに見合う理由もあった。だが、奴隷商の彼にはあまり関係のないことなのも事実だった。
体よく不良在庫を処分できなくなったのは残念だが、そもそもあの3人ほどの不良在庫はかなり珍しい。奴隷商としては、たった1人の顧客に入れ込むことなどあり得なかった。
「それで? 私になんのご用ですかね。奴隷反乱を疑う気もなければ、彼女たちの邪魔をする気もありませんよ?」
チュレからの説明を受けてもなお、彼は飄々とした様子を変えなかった。
口止め程度なら、いつも使っている連絡手段がある。絶対に他にばれてはいけないような内容でもない。チュレ本人がわざわざ出向くような内容とは思えない。
別の要件があるのだろう、早く言え。とその視線ははっきり告げていた。
「ホドがこの商会に定期的に出入りしていたと聞いているよ。もしも、彼の行く先について心当たりがあるなら、情報提供をお願いしたいんだ」
「……ふむ」
奴隷商はゆっくりと後ろに重心を移動し、背もたれにもたれかかった。妙に芝居がかったその動きが時間稼ぎであることはチュレにも伝わった。
顧客の情報をすぐさま売ることはできない。商人の機微は彼女もよく知っていたので、それに気づかないフリをしてお茶を口に含む。
唇を湿らせる程度の量を、丁寧にカップを傾けて、時間をかけて味わう。その様子を無感情に見つめる奴隷商。
「……もちろん、何も用意してないわけじゃないさ」
無言の駆け引きを一分ほど続け、先に口火を切ったのはチュレだった。
「おや、私は情報屋ではありませんよ? 金銭で売ることはできませんね」
それに奴隷商が返すのは、拒否とも思える言葉。しかし、チュレは焦ることなくゆっくりとカップを下ろすと、ポケットから封筒を取り出した。
「今月の分、らしいね?」
封筒は紙切れが一枚入る程度の大きさで、何か重要な物品や、違法な薬物が入っている様子は無い。その中身が、本当に紙切れ一枚の、ギルド銀行への引き換え手形であることを知っているのは、今は奴隷商だけだった。
契約が切れていないことを確認して、中身を見られていないことを理解した奴隷商は、小さくため息を吐いた。
「ラーですか?」
「いや、マヤだよ。失せ物探しが得意らしい」
マヤ達はチュレのもとに行く前に、できうる限りの手がかりを集めていた。その中でも有力と思われたのが、ホドが厳重にしまい込んでいた封筒だった。ラーもヘズもその存在を知らず、マヤも最初のころにチラリと見た程度だという。
マヤが見つけ、ラーが契約の魔力が宿っていることを見抜き、ヘズが奴隷商との関係を思い出した。そして交渉を有利に行えるチュレがこうして奴隷商を訪れたわけだ。
「どういう契約かは分からないが、これを開くことができればホドに大きく近づくだろうね。しかし、下手に開いてホドに影響があればことがことだ。できれば、教えていただきたいね」
ジッと、チュレが奴隷商を見つめる。奴隷商は何かを考える様子を見せたが、思考を長く続けることはなかった。
「契約内容に違反しない程度であれば、お話しますよ」
「それで十分だとも。私たちだって、手段を選ばないわけじゃない」
今はまだ、という言葉は続けなかった。少なくとも、一年もたたないうちから錯乱していては、師匠であるホドに申し訳が立たないからだ。
奴隷商はその言葉に安心したように息を吐くと、私も詳しいわけではないですがね、と前置きをして話し始めた。
「ホドさんは、この街に来てからずっと、毎月とある村にお金を送っています」
「この街に来てから? 5年間ずっとかい?」
チュレとホドが出会ったのは4年近く前だ。その時にはマヤはすでにホドの物になっていたし、彼自身も冒険者を始めてから2年目だと言っていた。
逆算するに、ホドの冒険者生活は5年目。ならば、ケンパレーの街に来たのも5年前だと考えるのはおかしくない。しかし、奴隷商は首を横に振る。
「彼がこの街に来たのは、4年半前です。彼はこの街に来る前に、その村で冒険者を半年ほどやっていたようですね」
「拠点を移したのか、彼が。そうか、この街に来てすぐに君のもとに来たんだね?」
口角を上げて、肯定の意を示す奴隷商に、チュレは少しの嫉妬を覚える。
奴隷商の言葉を信じるならば、この街でホドと一番付き合いが長いのは彼ということになる。マヤやその他の人物に負けるのならまだしも、この胡散臭い奴隷商に上をいかれているというのに、チュレは気分を害していた。
「もちろん、その時の彼はほとんどお金を持っていませんでしたから、売ったのは不良在庫だったマヤだけです。しかし、そこで彼がお願いをしてきました」
「それが、この封筒だね。毎月お金を送っている、ということだけど。どんな理由なのかは、言えなさそうだね」
もったいぶった奴隷商の言い回しに、チュレはそれ以上の追及を止めた。言葉を選びながらも、情報を提供する意思は感じられたからだ。
言葉を選ぶということは、現在行方不明のホドとの関係を切りたくない、ということだ。これで命の危険があるような契約内容ならば、彼は即座にその旨を話し、情報を絞っていただろう。
奴隷商にとっても、ホドが行方不明であり続けるのは都合が悪いのだ。奴隷商としてではなく、もっとほかの何かの理由があるからだと、チュレは察していた。
「それで、彼が送金している村というのは、どこだい?」
「すみませんが、場所は言えません。代わりに、その封筒の配送を冒険者に依頼します。度の冒険者が受けるかについては、私は関知しません」
つまり、マヤたちが封筒の行き先を知ってしまったのは、偶然であり不可抗力だった。そういうことにするつもりらしい。
送金先を誰かに教えることはできないが、送金方法は奴隷商の勝手。手紙の郵送依頼など普通の冒険者は受けないことが分かっているからこその手口だ。契約の裏をかいた、商人らしいやり口だ。落としどころとしては、ほぼ完璧だろう。
「分かったよ。マヤたちには手紙の郵送依頼を受けろ、と伝えておくさ」
「余計な詮索をされずに、助かりましたよ。ホドさんはともかく、周りを敵に回したくはないですからね」
チュレから封筒を受け取った奴隷商は、安堵のため息とともにそう漏らす。そうかい、と興味なさげに背中を向けて出て行ったチュレに、見えないながらも肩をすくめる奴隷商。
チュレ、マヤ、ヘズ、ラーの四人だけではない。貴女の知らない、もう一人のことを私は知っていますよ。と、声に出さずに投げかける。
当然それは伝わらず、パタンと無機質な音を立てて、何も知らないままでチュレは立ち去った。




