閑話2 彼女らの計画
「ホドくんが行方不明だってッ!?」
夜。人々は眠りに落ち、静けさに満ちた街の片隅で一人の女性が絶叫した。
彼女の名前はチュレ・バレンティア。ケンパレーの街で一等憲兵をしている精鋭の一人であり、強者のそろう冒険者区画において憲兵長を務めている強者だ。
彼女のもとに驚くべき報告を届けたのは、夜に溶ける黒髪をした異装の女性。
ホドの奴隷であったマヤは、人目を避けてチュレの元まで訪れていた。
「静かにしてよ。わざわざこんな時間に来た理由がわからないわけ?」
マヤのいらだちをにじませた声色に、チュレは短く謝罪をして続きをうながす。
パーティの裏切りを受け、命からがら逃げだしたまま行方不明になった少年。ホド・セフィーユは、チュレからすれば恩人と言って差し支えなかった。
無意識に、腰に下げた二本のショートソードへ左手を伸ばし、柄頭を撫でる。
二刀流をすすめてくれたのも、戦い方を教えてくれたのも、ホドだった。彼の助言を受けてから、三等憲兵だったチュレは、たった一年半で一等憲兵にまで昇進し、それから半年後には憲兵長の役職までもらうことができた。
他にも色々な相談に乗ってもらい、解決に導いてくれた相手だ。憲兵隊に入らないかと熱心に勧誘もしていた。そんな少年を裏切り、あまつさえ大切にしていた奴隷を横取りしたという話を聞いて、チュレの内心は荒れ狂っていた。
「……ホドくんを探す手掛かりはあるのかい?」
「なくはないわ。ただ、癪なことにあんたの協力が必要なの」
努めて冷静に言葉を発したチュレに対し、いつも通りにつっけんどんな態度を崩さないマヤ。人にものを頼む態度ではない、と二人を知らない人が見たら言うだろう。
しかし、チュレからすればマヤが頼みに来たというだけでも驚きだった。彼女の瞳に嘘はなく、もしチュレの協力を得られないときは、自分に不利な契約でも飲む気でいるのだろう。マヤの不器用さを知るチュレは、その覚悟を察していた。
そもそもが、マヤの言う協力自体が契約のことなのだが。
「つまり、君たちを僕の奴隷にしろということかい?」
「そういうことよ。それが一番手っ取り早いし、周りへの説明も楽だわ」
彼女らの考えた筋書きはこうだ。
ホドの奴隷を横取りし、気分が良くなったゴズが奴隷たちを前に泥酔。その結果として、奴隷たちの管理ができず逃がしてしまう。ホドへの忠誠心を持っていた奴隷たちは、ホドの知り合いだった憲兵長のチュレに直談判を行い、あえなくゴズはお縄に。宙ぶらりんになってしまった奴隷たちは、いつかホドに返すためにチュレのもとに預けられた。そして奴隷たちがホドを探しに行きたいと懇願するので、チュレは渋々許可を出し、奴隷たちは実質的な自由を得ることができ、ホドを探すための旅に出た……。
「筋書きとしては分かるさ。奴隷反乱は一大事だし、奴隷契約の横取りは重罪だ。最も単純に、多くの人にとって理解しやすく、納得しやすいストーリーだろう」
「何か問題でもあるのかしら? あなたの心情、なんて言わないでしょうね」
「……知っているものへの根回しはできているのかい?」
ホドの奴隷が明らかに異常な強さを持っていることを知っている存在は少ないが、だからこそ根回しが必要になるだろう。
チュレはもちろんのこと、ギルド長や奴隷を売った商人、奴隷の所有権が移ったことを不審に思う者にどう説明するのか。もちろん、チュレから説明できる分はするが、それだけでは納得しない者もいるだろう。
もしものことがあれば、ケンパレーの街は火の海になってしまう。
「ギルド長の所にはラーが行ってるわ。奴隷商のほうはあなたの方が詳しいでしょう? ヴェスの所にはヘズが行ってるし、あと気になるのは……」
「ベルは拠点に帰っていて不在だ。スズは遠征中であと2週間は帰ってこないね」
「相変わらず、情報通ね」
マヤが上げようとした名前を先回りしたチュレは、大したことではないと肩をすくめる。
情報収集の大切さも、またホドから学んだことだ。
「それに加えて、君たちのことだ、今すぐにでも出発したいんだろうが。それは少々待ってほしい。具体的には2週間ほどだ」
「あら? スズにはあなたとギルド長から説明すれば十分だと思うけど?」
「そちらではなくてね。2週間後に、ニール様がいらっしゃるんだよ」
チュレの持ち出した名前に、マヤはしばらく考え込んだ後で何とか思い出す。もともと人間に好印象を持っていないマヤは、人の名前と顔を一致させるのが苦手なのだ。
それでも何とか思い出せたのは、ニールという名前そのものではなく、それに付いて回っている厄介な人物のせいであった。
「キーラも来るってことね……」
この地域の領主であるニール、その娘であるキーラ。ニールはごく普通の貴族であり、特にこれと言って気になるところは無い。
しかし、キーラの方はホドに関心をもっており、ことあるごとにホドのもとに押しかけては専属冒険者にならないか誘って来るのだ。
渋面になったマヤに、肩をすくめて返すチュレ。マヤは当然ながら、チュレからしても気持ちのいい話ではない。いまだ9歳のキーラが、ホドのことを珍しいおもちゃ程度に思っていることは、当事者の周りにおいては周知であった。
その認識の原因の一端が自分にあることも知っているマヤとしては、名前も聞きたくなかった相手だが、ことここに至っては最悪だった。
「君たちまでいないと、ホドを隠したのではないかと騒ぎ立てることは想像にかたくない。最悪、私の奴隷刻印を奪い取ろうとするだろうね」
呆れを隠さないチュレの予想は、当たらずも遠からずだろう。
貴族らしく傲慢で、年相応に強欲で無鉄砲な少女であるキーラは、同時に子供らしく悪意に敏感でもあった。ホドの周りが自分を歓迎していないことは、うっすらと感じている。
せっかくのおもちゃを取り上げられたと感じれば、癇癪を起こしてチュレに対して貴族の強権を使うことも辞さないだろう。もちろん、それを父であるニールが許すことは無いが、その間に起きることが致命的であった。
「万が一にも、あの女に深名を知られる可能性があるってことね。言ってくれてありがとう。そんなことになったら、ヘズもラーも絶対にブちぎれてたわ」
奴隷契約には、世界から与えられた本当の名前、深名を使わなければならない。
それは魂につながる名前であり、軽々しく扱ってはいけないものである。本来なら、心から信頼できる相手にしか見せないものだ。
ホドから契約が移ったならば、主人の決めたことだと理性が働く。ゴズに深名が知られたのは不愉快だが、ホドのためだと我慢していたし、ホドが決めたことならと納得していた。
仮の主人でしかないチュレに、それほどの信頼は無い。もしも深名を他人に教えたとなれば、所有にうるさいヘズも、人間不信気味のラーも、そして呪いに詳しいマヤも黙ってはいないだろう。
「そうだね。わざわざ聞かなかったが、私には知られてもいいのかい?」
「何かあったらホドに言いつけるわ」
「最高の脅しだね。どちらにせよ、君たちの深名を軽々しく口にはしないさ」
君たちを敵に回すのはごめんだからね、と怖がったような口調で首を振るチュレ。それを見て、マヤは不愉快そうに鼻を鳴らすだけでまともには受け取らなかった。
狭い部屋の中で二人きり。この状態でチュレに勝てる者など、そうはいない。
不意打ち、奇襲を含む戦術的な手法をとったといえども、犯罪者をかくまったSランクパーティを単身で壊滅させたケンパレーの憲兵長。謀略も含めて考えれば、マヤたち3人を相手にすることも、不可能ではないとマヤは知っている。
しかし、そんな彼女の瞳には、どろりと昏い情念が渦巻いている。強さだけでなく、ホドに向ける敬愛の念も、常軌を逸していた。
ホドを取り合うライバルでもあるが、同時にホドのためなら命を捨てられると信頼できる仲間であるからこそ、契約を任せられると、彼女らは判断したのだ。




