第六話 川:何も決まらなかった。何かが、少しだけ動いた。
今回は父と息子が初めて同じ場所に立つ話です。
全十二話完結。最初からお読みでない方は第一話からどうぞ。
凌が来たのは、昼過ぎだった。
航はいつものベンチにいた。凌はその隣に座った。どちらも何も言わなかった。川が流れていた。
しばらくして、凌が缶コーヒーを二本出した。一本を航の隣に置いた。航は少し間を置いてから、手に取った。
「寒くなったな」と航が言った。
「うん」と凌が言った。
それだけだった。
鳩が一羽来て、二人の足元を歩いた。凌がそれを見た。航も見た。鳩はしばらくうろついてから、飛んでいった。
「仕事は」と航が聞いた。
「やってる」と凌が言った。
「そうか」
また黙った。川の向こうで、無人のバスが橋を渡っていった。二人ともそれを見た。見送った。
「ハル、元気か」と凌が言った。
航は少し考えた。「太った」
凌が小さく笑った。航は笑わなかったが、缶コーヒーを一口飲んだ。
「あの電話」と凌が言った。「三か月前の」
「ああ」
「出られなかったのか、出なかったのか、どっちでもいいけど」
航は川を見たまま言った。「出なかった」
凌は何も言わなかった。
「お前に心配させたくなかった」と航が続けた。「それだけだ」
「心配してる」と凌が言った。「今も」
航は返事をしなかった。缶コーヒーを両手で持った。冷たくなっていた。
「親父」と凌が言った。「AIの使い方、教えてくれって言っただろ、昔」
「言った」
「あれ、まだ有効か」
航はしばらく黙っていた。川が流れていた。風が南から来ていた。
「お前が教えてくれ」と航が言った。「俺が聞く」
凌は何も言わなかった。ただ、川を見た。
二人はしばらくそこにいた。何も決まらなかった。何かが、少しだけ動いた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
缶コーヒーを渡さずに置いた、その一動作だけで書きたかった話です。
第七話に続きます。




