第五話 余白:〇・六の差が、何かを分けていた。
今回は制度の内側にいる若い官僚の視点です。
全十二話完結。最初からお読みでない方は第一話からどうぞ。
永瀬は、昼休みにマニュアルを読んでいた。
食堂ではなく、自席で。画面を開いて、目次から順番に読んだ。「雇用区分判定基準」の項目は、四ページあった。読み終えると、また最初から読んだ。
書いていないことがあった。
区分がAからBになる条件は、ない。AからCになる条件も、ない。BからDになる条件も、ない。書いてあるのは「AIによる総合評価に基づき決定される」という一文だけだった。その一文が、四ページ分の言い換えで埋められていた。
永瀬はマニュアルを閉じて、開示請求のログを開いた。三度届いて、三度却下されていた。却下理由の欄には「基準を満たさないため」とあった。どの基準かは書いていなかった。
午後の会議で、室田が新しいダッシュボードの説明をした。判定精度が〇・三パーセント向上した、と言った。グラフが画面に映し出された。右肩上がりだった。出席者は頷いた。永瀬も頷いた。
夜、残業した。
他に理由はなかった。ただ、帰る気になれなかった。画面に向かって、判定ログのデータを開いた。閲覧権限はあった。数字の羅列だった。区分と、日付と、対象者のID番号だけが並んでいた。名前はなかった。
一つのIDを選んで、詳細を開いた。
判定理由の欄があった。そこには「総合スコア:四七・二」とあった。何の四七・二なのか、書いていなかった。閾値がどこにあるのかも、書いていなかった。ただ、そのIDの区分は「C」だった。
別のIDを開いた。スコアは四七・八だった。区分は「B」だった。
永瀬はしばらく画面を見ていた。
〇・六の差が、何かを分けていた。何を分けているのかは、わからなかった。
室田に聞けばいいのかもしれない、と思った。でも、食堂でのやり取りを思い出した。「最適化されている」。それ以上でも、それ以下でもなかった。
聞いても、意味がない。そう思った。
ログを閉じた。上着を取った。エレベーターを待つ間、スマートフォンを見た。特に何もなかった。
庁舎を出ると、空が暗かった。道路を車が走っていた。運転席は空だった。永瀬はその車を見送った。どこへ行くのか、誰が頼んだのか、わからなかった。
ただ、走っていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
〇・六の差が何を分けているのか、書いていません。読んだ方それぞれに考えていただけると嬉しいです。
第六話に続きます。




