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【連作短編043】 国有 全12話 ―AIが国を動かし、国が人を動かす―  作者: マチャオ (Machao)


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第四話 振込:鍵を渡されたのに、どこのドアかわからない。

今回は航の視点に戻ります。退職手続きを終えた後の話です。

全十二話完結。最初からお読みでない方は第一話からどうぞ。

 川沿いのベンチに座っていた。


 谷口航がここへ来るようになったのは、退職手続きを終えた翌週からだった。特に理由はなかった。家にいると画面が目に入る。画面を見ると、何かを確認したくなる。確認すると、また別の何かが出てくる。それが嫌だった。


 川には水があった。流れていた。それだけだった。


 スマートフォンが振動した。通知だった。「口座への入金のお知らせ」。送金元は「NLAS-AUTO」とだけ書いてあった。金額は、前の給料の三分の一ほどだった。誰が、どこから送ってきたのか、書いていなかった。ただ数字だけがあった。


 航は画面を閉じた。


 隣のベンチに老人がいた。七十代くらいで、パンを小さくちぎって鳩に投げていた。鳩は三羽来て、また三羽来て、いつの間にか十羽を超えていた。老人は気にしていなかった。


 しばらくして、老人が言った。「あなたも今日ですか」


 航は少し間を置いた。「何がですか?」


 「振込」と老人は言った。「朝から四人来て、みんな同じ顔してた。あなたで五人目だ」


 航は何も言わなかった。


 「悪いことじゃないですよ」と老人は続けた。「もらえるんだから」。パンのかけらを一つ投げた。鳩が一斉に動いた。「ただ、なんというか」


 老人はそこで止まった。


 「なんというか」と航は繰り返した。


 「鍵を渡されたのに、どこのドアかわからない感じがする」


 航はベンチの背にもたれた。空は晴れていた。風は南から来ていた。


 スマートフォンがまた振動した。今度は凌からのメッセージだった。「連絡できてなくてごめん。元気?」。三か月ぶりだった。


 航は画面を見たまま、返信しなかった。


 老人が立ち上がった。パンの袋をたたんで、ポケットに入れた。「毎日来てるんですよ、ここ」と言った。「やることがなくなってから」。それだけ言って、ゆっくり歩いていった。


 鳩が散った。


 航は川を見た。水は変わらず流れていた。口座には金がある。仕事はない。息子からメッセージが来ている。どれにも返事のしかたがわからなかった。


 ただ、鍵を渡されたのに、どこのドアかわからない。


 老人の言葉だけが、しばらく残った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

口座には金がある。でも何かが違う。その感覚を書きたかった話です。

第五話に続きます。

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