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「お前は色んなことが気になるんだなぁ。」
顔を綻ばせてる岩永に源は乱暴にでも優しく頭を撫でられる。こそばゆいけどなんだか嬉しくて、歯を見せて笑った。
「なんか、知るのも考えるのも面白いのかなって。」
言葉を続けようとした源だが、頭に置かれていた手に力が僅かにこもったのがわかった。そして、視線が源から慈鳥に移り、源もそれにつられて慈鳥に目を向けようとした。しかし。
「パウロってのはなぁ、洗礼名だ。」
「洗礼名?」
岩永の手が源の頭から離れた。岩永は椅子に深く腰かけると椅子からはミシっと音がした。壊れないかと少し心配になったが、座っている本人が気にしていないからたぶん大丈夫なのだろう。
「キリスト教徒になる洗礼、その宗教に入りますよって儀式をして、その時に貰った名前が洗礼名って言うんだよ。」
岩永は源にも分かりやすいように噛み砕いて説明をしてくれた。仏教にも近いものがあったなと思い出して、顔に力が入った。
「日本人でキリスト教なんて、あんまりいないっすよね?どうして入ったんすか?」
岩永は顎に生えたもじゃもじゃの、でもキチンと整えられた髭を触りながら天井を仰いだ。
「入信した理由ねぇ。」
源は岩永の言葉を待った。こんな仕事をしているが宗教とかはあんまり好きじゃない。他の家がどうだったか知らない。でも、自分の家は延々と同じ毎日を繰り返して、逃げ出しても捕まって、次はもっと厳しくされて。周りはそれだけ期待しているんだと、凄いからだと言われても信じられなかった。
今になって気づく。当たり前だと思っていたことは当たり前じゃないんだって。良くも悪くも。みんなが習うルールとか規則は、ウチだと違う。言われたことを言われた通りにしなければいけない。その先に何かあるなんて今まで誰も教えてくれなかった。
「まあ、キリスト教が性に合ってたんだろうなぁ。」
性に合う。なんだそれはと源は思った。そんな、簡単な理由で、宗教を選んでいいのかと。何か強い想いがなければだめなんじゃないかと。
岩永は源の考えを見透かしたように、目を細めてそして柔らかい表情をしていた。
「これは俺の勝手な解釈だったが、罪は誰もが犯しうるもんだ。罪じゃないって思っていたもんが誰かから見たら罪なのかもしれない。」
口元に笑みを浮かべ、少しどこか遠く、思いに馳せているような、そんな表情を岩永が浮かべていた。
「それなのに、救いがないってのは悲しいじゃねぇか。」
そう呟くように言うと、カップを傾けて紅茶を飲んだその姿はなんだか、今までの岩永とは違って静かだった。
「だから、俺は『悔い改める』っていうキリスト教の考えが心地良かったんだ。」
小さな音を立ててカップがソーサーの上に置かれると、後頭部を乱暴に掻いている。窓からは夕陽の光が差し込み、オレンジ色が岩永の顔を照らす。なんとなく、夕陽だからではなく岩永の顔が赤い気がした。
「ま、きちんと勉強したら全然意味が違ってたがな!」
明るく陽だまりのような声が響く。そして、岩永はテーブル越しだが、ずいと源に顔を近づけた。
「まあ、自分が信じたいものを信じる。それも時には大切ってことだ。」
そう言って慣れたようにウィンクをした。




