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「紅茶、冷めちまったな。新しいの淹れてくる。」
指先でカップに触れた岩永が立ち上がりトレーにポットやカップ、ガラスのポットを乗せていく。ソーサーとカップが僅かに触れ合う音を聞きながら源は未だに慈鳥を見ている。
「その締まりのない顔をやめろ。気味が悪い。」
え?と源は自分の両頬に手を当てると首を傾げた。そんなに顔が緩んでいたのだろうか。顔を引き締めるために頬を上下に動かす。が、やはり口元が緩んでしまう。確かにこれは締まりのない顔だな。
「なにがそんなに嬉しいのやら。」
岩永に振り回されて源以上に疲れた顔をしている狸塚は悪態を吐くようなトゲトゲしい口調だった。狸塚ならこんな状態の源を嬉々として揶揄ってくるのにそれがない。岩永はもしかしたら、最強かもしれない。
そう思っていると頬を引っ張られた。
「ムカつきますね、その顔。」
強い痛みを与えるために、わざと上に持ち上げられる。これが地味に痛い。頬に爪が食い込むから。
「ムカつくって普段通りっすよー。」
離してと言うように狸塚の手を叩くと今度は捻られた。これも痛い。爪がさらに食い込むから。
「お前ら本当に兄弟みたいだなー。」
ガハガハと笑う岩永が戻ってくると、狸塚は源の頬から手を離し、そっぽを向いた。まるで子供のようだなと思った。
今度、狸塚にどうしてそこまで岩永を避けたがるのか聞いてみよう。いや、これも自分で考えたほうがいいのか。それなら、なんでかを考えてから狸塚に聞いてみよう。
一人頷く源に慈鳥や狸塚、岩永でさえ不思議な顔をしていた。
岩永は砂時計が落ち切るのを待って布を外し、最初と同じ手順で紅茶を淹れていく。今度は邪魔をしないように源は黙っていた。最後の一滴までティーカップに琥珀色が注がれるのを待って源は口を開いた。
「その布、なんすか?」
岩永は目尻の下がった瞼を大きく開けて、一拍置いてから大笑いした。
「まだ気になってたのか。」
笑い声がこだまする。源は後で教えてくれると言われたので折りを見て切り出したのだ。なんで笑われているのか分からなかったが、はっとした表情を浮かべた。
「これも聞いちゃいけないことっすか!」
腹を抱えて笑う岩永に焦ったように尋ねると、違うというように手を振った。
「そんなに気になっていたんだと思ってな。」
岩永は引き笑いをしながら目に浮かんだ涙を拭うと呼吸を整えるように息を吸ったり吐いたりしていた。
「君、なんのためにスマホを持っているんですか。」
新たに注がれた紅茶に口をつけながら、狸塚は小馬鹿にしたような表情を源に向ける。調子が戻ってきたらしい。
源はポケットからスマホを取り出すと画像検索をしようとカメラを向けたがすぐに真っ暗になった。
「今は仕事中だ、後にしろ。」
慈鳥が手のひらでカメラを遮りながら電源を切ると再びポケットにしまった。仕事中はスマホを見ない。色んなことが一日の中に詰め込まれて、朝言われたことがすっかり抜けていた。
源は心の中で呟いた。
『就業中は使用禁止。』
岩永は布を源の目の前に置いて指でトントンと叩いた。
「これはティーコジーって言って紅茶を蒸らす時に必要なものだ。」
源は促されるようにそれを手に取った。思っていたよりも厚くふわふわとした生地だ。
「詳しく知りたいなら家に帰ってから調べてみな。」
源はティーコジーを岩永に手渡すとそう言われた。源はにぃっと歯を見せると元気よく頷いた。
「はいっす!」
なんでも知りたがる子供と温かく見守る大人三人。穏やかな空気が流れるも、すぐにぶち壊れた。
「じゃあ、パウロ岩永って名前だから外国の人なんすか!」




