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「お前は、なんで人を殺してはいけないか分かるか?」
唐突な岩永の問いに源は目を点にした。岩永は源が戸惑っているのを見ると笑みを漏らした。
「深く考えなくていい。思っていることを言ってみろ。」
不安な気持ちがぞわりぞわりと源の心に広がっていく。本当によく考えなくていいのだろうか、ちゃんと考えて答えなければいけないんじゃないか。緊張で口の中が渇く。視線がどんどんと下にいく。
助けを求めるように慈鳥と狸塚に視線を送るも二人は我関せずといった様子で紅茶を飲んでいる。助けてくれる気はない、そう確信すると肘をピンと伸ばし、ぎゅっと拳を握ると口を開いた。
「法律で決まってるから?」
不安すぎて尋ねるような言い方をしてしまった。失敗した、と源は思ったが岩永は特に気にした様子もなく頷いた。問題のない回答だったのだろう、源は安心したように小さく息を吐いた。手の力も若干緩む。
「じゃあ、法律で決まってなかったら?」
気が抜けた瞬間、次の質問に反射的に手に力が入った。法律で決まっていない?決まっていないなら、殺してもいいのか。いや、源は誰かを殺したいとは思わないし、殺しちゃだめだと思う。でも、それが何でなのか答えられない。早く答えようと思えば思うほど頭の中には同じ考えしか浮かばない。視線が無意味にテーブルの上を動き回る。答えあぐねていた源の頭上から息の漏れた笑いが聞こえてきた。
「法律で決まってるから守るんじゃねぇんだ。」
テーブルの上で動いていた視線がぴたりと止まった。岩永の顔を見ると昔、小学校にいた源によく声を掛けてきた先生みたいな顔をした。
「殺された人の先を見るんだよ。」
「先を、見る?」
ぽろっと何も考えずに言葉が出てしまった。自分で考えなきゃいけないのに、聞き返してしまった。でも、岩永は考えないで言葉にするなとは怒らなかった。
「その人が殺されたら誰かが悲しむ。その悲しむ誰かを生み出さないために法律があるんだ。」
悲しむ人を生みださないため。
本当にそうなんだろうか。必ず誰かが悲しむなんてあり得るのだろうか。だって、源にはそんな人が、源が死んで悲しむ人がいるとは思えなかった。なんだか、力が抜けていく。あんなにぴんと伸ばしていた肘も握りしめていた拳も力を入れようとしても入る気はしなかった。
でも、ちょっと聞きたかった。
「そいつが、悪い奴で誰も悲しむような、むしろ死んだら喜ばれるような奴が殺されたら?」
岩永の顔も慈鳥の顔も、狸塚の顔も見れなかった。顔を見るのも、自分の顔を見られるのも怖かった。




