18
岩永は深く椅子に腰掛け、眉を下げ困ったように笑った。その顔を見て源はやっと強張っていた体が解けて力が抜けた。
「今回は、破損も汚れもなく戻ってきて良かった。」
これで謝罪は終わったんだと思った。気が抜けたのか、色んなことが気になり始めた。さっきの布の話を聞かなきゃいけないし、なんで日本人っぽいのに名前が『パウロ』なのかも知りたい。あと、さっき見た木苺や桑の実を食べていいかも聞いてみよう。色んなことを聞こうと思ったが喉が引っ付くくらい乾いていた。思っていた以上に緊張していたんだなと、笑いそうになった。
岩永は口角を上げてティーカップを持ち手を摘んだ。源も喉が渇いたから飲もうかな、と思った瞬間、岩永は紅茶を一気に流し込むように飲んだ。今まで見た目に反して丁寧な所作だった岩永の行動にぎょっとした。まるで酒を飲んでいるかのようだったからだ。紅茶を飲み干したのか、静かにソーサーの上にカップを置くと、テーブルが激しい音と共に震えた。岩永が、拳で叩いたからだ。
「で、終わるはずはないだろう。」
地を這うような低く圧のある声に源の力の抜けた体に力が入り、肩が自然と上がった。岩永は源、慈鳥、狸塚をそれぞれひと睨みすると源をまっすぐと見た。奥歯に力が入る。慈鳥と狸塚がどんな反応をしているのか、自分と同じように緊張しているのか、確かめたかったが体が動かなかった。
「法具がどんな物か、お前らはきちんと教えたのか。」
「不徳の致すところです。」
慈鳥が頭を下げたのが顔を向けなくても分かった。それに、法具がどういうものかは聞いた覚えがある。でも、慈鳥が前に個人で法具師をやっていて、今は臨時で機構に戻ってきているという話しか覚えていない。法具そのものについても、説明されたはずなのに真剣に聞いていなかったのは自分だ。
「あ、あの!俺が、ちゃんと。」
聞いていなかったから、そう言おうとしたが岩永の鋭い眼光で制されて、それ以上は言えなかった。
「覚えるまで覚えさせるのが教育係の仕事だろ。違うか、三郎。」
「ごもっともです。」
違う、違う!慈鳥も狸塚も悪くはない。悪いのは全部、自分のはずなのに!慈鳥も狸塚も何も悪くないのに、なんで怒られなければならないのか。なんで自分が怒られないのか。手のひらに汗がじんわりと滲んでくる。でも、それを拭うことも出来ないままに隠すように握り込んだ。二人が頭を下げ続けているのが分かる。でも、見れない。怖い、なんでか分からないが物凄く怖かった。
「自分が慕っている相手が頭を下げるのは見ていていい気分じゃねぇだろう。」
いつの間にか下がっていた視線が、ゆっくりと上がり岩永を捉えた。あの鋭い眼差しはなく、真っ直ぐと源を、源だけを見つめる瞳。そして、言い聞かせようと語りかけてくる口調。
「新人のミスは上司の責任だ。」
岩永の視線が慈鳥と狸塚に移る。源もつられるように慈鳥を、狸塚を見る。二人は自分のように怖くて縮こまることなく背筋を伸ばして、しっかりと岩永を見ていた。
「そして、新人はそれを見て責任の重さを学ぶ。二度と上司に頭を下げさせないようにな。」
岩永の顔が緩んだ。ああ、わざと声を荒げたんだな。わざと自分の前で慈鳥と狸塚を叱ってみせたのか。岩永の意図は分かったが、安心して力が抜けなかった。だから、少し緩んでいた拳をふたたび強く握り込んだ。
「俺の、ダメだったトコ、教えてください。」




