祭りの中の音
日が山に隠れ始め、次第に影が山頂から流れ落ちてくる。昼間の湿気った蒸し暑さが嘘のように、冷気が首筋や背中を通り抜けていき、心地よい涼しさが辺りに広がる夏の日暮れ、道を歩く男が一人
流石にこの時間になると結構涼しいな。
駿はゆっくりと目的地へと向かっていた
サンダルと地面の擦れる音が辺りに響く。
目的地が同じなのか、前には男女カップルと三人家族が歩いている。こうして歩いていると、何故だか疎外感を感じるから不思議だ…友達が多少少ないだけであり、たまたま1人なだけだと誰が聞いても負け惜しみにしか聞こえない言い訳を心で呟く
所々ヒビの入った歩道を進んでいくと、川を跨ぐ広い石橋に差し掛かる。
奥に見える角を曲がると目的の場所なのだが、橋の上からでも楽器の音や灯りが見え始める。角から漏れる光が、薄暗い道を照らす。
胸の少しの高鳴りと高揚感を持ちつつ、橋を進んでいく。
駿はようやく着いたとばかりに大きく伸びをした。
目の前には、左右に連なり奥まで続く屋台の列、その間を往来する面や浴衣で着飾る人々、耳に響く祭囃子、賑わう祭りの姿が広がっていた。
普段は車が通るだけの道路が今だけは、人が通る祭り道となり、賑わいを見せる。駿が生まれるさらに前から続く祭りであり、この道だけが過去に飛ばされたかのような錯覚さえしてくるようだった。
ここも変わらないな…
駿は懐かしさと心地良さが混ざり合い、何とも言い難い気分を纏いつつ、喧騒の中を歩いて行く。
先程まで響いていたサンダルの擦れた音も、今は耳に届かないほどに辺りは音で溢れていた。
交差する人を避けつつ進んでいると、ふわりと甘い匂いが鼻腔を掠める。
ん?あ、りんご飴か
匂いのする方へ視線を移すと、りんご飴の屋台が建っていた。正面にはこんもりと盛られた氷の山に刺さる飴がズラリと並べられ、屋台の光が反射しそれぞれが硝子細工のように照らされている。
昔はよく食べたなぁ…人はひい、ふう…そこまで並んでもいないか
懐かしい匂いにつられ、駿は幾人かの客の後ろに並んだ。
こんなことなら、もう少し金を持ってきとくべきだったかな…流石に昔よりは色々高くなってるなぁ…
駿は開けた時に、チリリと、か細い音が鳴る財布を見て、ため息をついた。
ここには5、6年来ていないだけだが、移り変わりの早さを身をもって体感する。
一度、以前と比べてしまうと先ほどまでは気にも留めなかったものが目に入り、りんご飴でさえ小さく見えてくるから不思議である。
そんなことを考えながら並んでいると、列も次第に短くなってきて、あと1組で駿の番まで来ていた。
若干の高揚感を抱きつつ、未だに氷に並べられた多くのりんご飴を見ていると
ぞくり…駿は背筋に何か這ったような、不気味な感覚に襲われた。
ほんの一瞬前までうるさいほどに耳に入ってきていた人々の声、祭囃子や屋台の音、それらが一斉に小さくなったのだ。まるで、スピーカーの音量を一気に下げたような、そんな違和感が…。
駿が戸惑っていると、カラツン…カラツンと聞き馴染みのない音が耳の中に這い込む。
よくよく聞くと、先程駿が来た方向から聞こえてくるようで、音は徐々に大きくなって、こちらに近づいて来ている。
後ろを向きたいが、身体中が凍ったかのように動けず、ジワリジワリと近づく音と共に不気味さが増していく。周りはスローモーションのように動いて見え、まるで自分だけが取り残されたように感じる。
カラツン…カラツン…
音は駿の真横まで来ると、不意にピタリと止む。
音の止んだ方にチラリと視線を移すと、駿の左側に1人の小さな女の子が立っていた。
小学生くらいだろうか、紺色の浴衣を着て、足には小さな赤い鼻緒の下駄を履いていた。手には棒の先に垂らされた提灯が灯る。
見た目は普通の女の子なのだが、異様な空気が辺りを巡り、未だ身動きが取れずにいた。
前にいた客は既に買い終え、ちょうど捌ける直前であった。
しかし、どうしても身体が動こうとしない、頭から足までピクリとも動かせず、首筋をタラリと汗が流れる。
周囲が不思議そうに駿を見ていると、横にいた女の子が歩き出す。
女の子はりんご飴の前に立つと、その中の一本を氷から引き抜き、そのまま歩き出した。
屋台の店主も周りも誰もが見えていないかのように、いや、実際に見えていないのだろう。駿以外の誰もが女の子に気づかない。
女の子が人々の波に消えると、先程の喧騒が耳に戻り、身体の緊張が解けたように力が抜ける。
「おい、買わないのか?」
店主が苛立ちながら駿に声を掛ける
「あ、えっと…すいません!」
確かこっちに…!
駿は急いで屋台を後にし、女の子が向かった方向へと足早に進んでいた。好奇心からか、はてはただの怖いもの見たさか、駿の足は人通りを抜けていく。




