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凡人信長記  作者: 梵天丸


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練度と精度と

「おお!これは見事!」

 大きなどよめきと驚きの声があちこちから漏れると、満場の拍手が広がった。光秀の種子島から放たれた弾丸は的の二重丸の内側の丸のさらに内側、マトの中心から一寸ほど外れたことろに当たった。約五〇mの距離を隔てての狙撃であるから、驚くべき精度と言えた。

「見事だ!十兵衛殿!」

 広間の縁側から信長が大きな声をかけた。

「とんだお目汚しを」

 光秀が謙遜しながら、改めて広間の方に向かって片膝を付いて顔を伏せた。

「で、秘訣はなんだ?」

 信長はせっかちに質問をすると共に

「それだけ正確な射撃をできる者が増えれば、戦のやり方がガラリと変わるぞ!」

 感心した様に叫んだ。


 さらに光秀が何か答えようとするのを遮るように続ける。

「種子島は確かに遠間とおまにも届くし、撃つだけならば特に修練もいらんのは良い所だが、実際に当てるとなるとそれなりの修練が必要になるのは弓矢と変わらん。それなりの数を揃えて敵を引きつけて一斉に放てば、まぁそれなりには当たるだろうが、撃った後は自分たちの煙が邪魔になる。結局はデカイ音で相手を威嚇する以上の働きはできていないのが現状だからな」

 信長は息堰切ったように続けた。

「確かに今のところは、種子島の使い道は織田様の仰る通りかと存じます」

 光秀は信長の興奮を受け流すように落ち着いた声で答える。

「実は特別な仕掛けは御座いません。とにかく常に同じ状態で撃てるように工夫しておるだけで。よろしければこちらの銃で滝川殿にもう一度」

 光秀はそう言うと次の射撃の準備を始めた。先ほどと同じようにあらかじめ油紙に包んだ火薬の薬包と弾丸を丁寧に装填し一益に手渡した。

「どれ、それではお言葉に甘えて失礼仕る」

 一益は改めて先ほどの射撃位置に立つと光秀の種子島を構えた。

「ほう、これは成程。構え易い」

 一言呟くとすかさず引鉄に手をかけた。

 ドン!と発射音が響いて飛び出した弾丸は今度は的の中心、二重丸のさらに真ん中を射抜いた。

「ほう」

 今回はあちこちから感嘆のため息が聞こえる。

「名人が使えば、それこそ百発百中。心得のない者でもそれなりに」

 光秀が言う。

「心得のない者でもそれなりとな?」

「はっ」

「六つめ!お主、撃ってみよ」

 信長に呼ばれて歩み出たのは、先ほどの木下藤吉郎である。

「こやつは中々に知恵が回り、雑用もいとわんので重宝しているが、武芸の方は今ひとつパッとせん。修練もしようとせんから困った奴だ」

 藤吉郎を口では貶しているようだが、信長の目元は笑みを浮かべている。

「拙者は元々下賤の出ゆえ、武芸の心得がござらん。しかし、武芸以外にも色々とやることはございますから。殿は面白がって使って下されております」

 藤吉郎がにこやかに光秀の元へやって来た。


「六つめとは?御幼名に関係がありますのか?」

 光秀は鉄砲にもう一度火薬と弾丸を装填し、藤吉郎に手渡しながら尋ねる。

「これでござるよ」

 藤吉郎は明るく笑って鉄砲を受け取りながら、右手を広げて見せるとなんと親指が二本あり、都合指が六本ある。

「この通りで、刀も作法どおりには持てませんし、弓も右手にかけ(弓用の手袋)がかけられません。種子島では邪魔にならんといいですが」

 医術に関しても一通りの知識がある光秀は、そのような奇形があるとは聞いていたが、実際にその目に見るのは初めてである。一瞬呆気に取られながら藤吉郎の表情を見直したが、当の本人は特に機にする様子もないように振る舞っている。

「しっかり握れるぶん、構えがぶれなくて具合が良いかと思いますぞ。ちょっと失礼」

 光秀は自分でもおかしな励まし方だと思いつつ、藤吉郎が種子島を構える後ろに回り、その構えと標準を修正した。

「この位置でござるぞ。腕の位置、顎の位置を良く覚えて。先目当と元目当(銃口と手元の照準)を真っ直ぐに。腹に力を入れて肩の力は抜いて」

 藤吉郎の構えが決まったところで、光秀は一旦構えを解いて種子島を手元に下ろさせた。

「では、もう一度。今度はご自分で構えて」

 藤吉郎は言われるままに一度構えを解くと、もう一度自分で構え直す。

「腹に力、肩の力は抜く」

 小さく呟きながら、構えを確認している。

「では、どうぞ」

 光秀の合図を聞くやいなや、藤吉郎は引鉄を引き絞った。再びドンと発射音が庭に響く。

「おお!」

「なんと!」

 あたりから驚きの声が上がる。放たれた弾丸は二重丸は外したものの、しっかりと的に命中している。

「やった!やりましたぞ!」

 藤吉郎が大喜びで大声を上げた。

「それなりにか、、、」

 信長はそう呟くと腕組みした右手で顎をさすりながらニヤリと笑った。そして光秀が広間の縁側まで戻ってくると言った。

粗製濫造そせいらんぞうでは、ただデカイ音の鳴る筒ということか」

「左様で御座います。もちろんそれでも十分に使い道はございますが。しかしこのように、一丁ずつ目当をしっかり揃えて、火薬の量をきっちり測っていつも同じにし、弾丸の重さと形をしっかり揃えれば精度は格段に上がりまする。つまるところ、撃ち手の練度を上げるか種子島そのものの精度を上げるか。弓矢の場合は撃ち手の練度が占める割合が大きいですが、種子島の場合は銃の精度を上げることで命中率はかなり上がるはずです。そしておそらくその方が手っ取り早いかと」

 光秀は信長の前に控えて言った。

「しかし、、、」

「しかし、なんじゃ?」

「止まっているものか、動いているものであれば正面からでないと当たりません。重くて騎乗では撃てませんし。」

 光秀は信長に向かって少し照れ臭そうに微笑んだ。

「なるほど、面白いものを見せてもらった。何か褒美を取らせたいところだが、、、」

 信長は辺りを見回してみたが、目に入るのは酒の入った赤ら顔にうっすらかいた汗を、夕日に光らせているむさ苦しい顔ばかりである。

「何か所望はないかの?」

 信長の問いに対して、光秀は暫し考え込む表情を見せたが、あ、と何か閃いたような顔を信長に向けて答えた。

「桶狭間にて今川殿を破ったお話をお聞かせ願いとうござる」


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