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凡人信長記  作者: 梵天丸


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7/15

種子島

「それでは、わしから先にやらせて頂きますぞ」

 光秀が戻って来るのを待ち侘びていたように、一益は手早く襷掛たすきがけに袖口を始末すると、種子島を小脇に抱えて裸足のまま庭に降り立った。信長をはじめとして家中の主だった者たちは、広間の縁側まで出てきて庭が見える位置に陣取った。

 光秀も当然、自身の種子島を抱えて縁側の最前線に腰を下ろした。縁側に入りきれない身分の低い連中は、広間の中から庭を見ようと爪先立ちになりながら右往左往していたが、一人がこれまた裸足で庭に降り立って、縁側の前に腰を下ろすと多くの者たちがそれに倣った。なかには、さらに近くで見物しようと庭の中まで進んで一益を取り囲むように陣取る者たちもいる。

 小牧山城は美濃攻めに備えて築いた城であるから、その庭は後世の城ように築山や池をこしらえたりしていない。出陣前に広間の前に兵たちを集める必要もあるから、平山城であってもできるだけ平坦な広場として作られている。


 広間の正面に開けた前庭の一方の端に、勝家の指示で一尺(約30㎝)四方の板に墨で二重丸を描いた的が、流鏑馬用の的のように支柱に打ち付けて三尺ほどの高さに据えられている。一益が的から十五間(約27m)ほどの所まで歩いてから的に向き直り、おもむろに弾込めを始めようとすると、勝家をはじめとした重臣たちが

「近い!近い!」

 と囃し立てた。それに合わせて、一益を囲む者たちも

「滝川殿!近うござるぞ!ささっ、もそっとこちらへ」

 と一益の袖を引くようにして庭の向かいの端まで一益を移動させた。的からは三十間弱(約50m程)は有りそうである。

「こりゃ、参ったわ」

 一益は苦笑いを浮かべて言ったが、自信がないわけではなさそうである。落ち着いて弾込めを始めた。それを周りを取り囲んでいた者たちも、道を開けるように一益の回りから二間(約3.6m)ほど距離を取った。

 当時の火縄銃の有効射程や命中精度については諸説ある。現代の実証実験では有効射程が約200mほどで、50mほどの距離であればそこそこ命中率も高いようであるが、それも誰でもできるという者ではない。当時の一益や光秀のように「名人、名手」という評判が立つ、つまりこれは実戦で使えるに違いない、と周りから思われるような腕前を示すためには相当の修練と技術が必要であった。


「御無礼を覚悟で申し上げれば、私の思うところ、合戦では種子島は数を揃えて一斉に打ち、その大音量で敵を脅かすことぐらいしか使い道はありませぬな。弾が当たるか当たらぬかは運次第。滝川様のような名手が数多く居れば話は別ですが」

 いつの間にか、光秀の後ろに座っていた男が声を掛けた。鉄砲を威力を意図的に否定的に評価した、光秀にすれば知ったかぶりとも思えるような口振りに、何か反論すべきかと振り返ると、着古した粗末な肩衣姿の若い家臣が、愛嬌のある表情で光秀に笑いかけた。

 光秀は多少不機嫌そうな表情で振り返ったのだが、その男の笑顔は先ほどの言い方とは別人のような屈託のないものである。

「木下藤吉郎と申しまする、以後お見知り置きを」

 光秀の顔色を全く気にしないように笑顔のままで名乗る。

「明智十兵衛にござりまする」

 光秀も思わずつられて笑顔を返した。

「明智殿は奥方様のご親戚筋であられるとか?」

 初対面にしては無遠慮に個人的な話題に入ってくるが、これも不思議と嫌な感じがしない。

「はとこ?またいとこ?いずれにしても遠縁でございますが、、、」

 光秀もつい、余計なことまで話してしまいそうになる。


「お!始まるようですぞ」

 藤吉郎に促されて一益の方へ視線を向けると、今まさに的へ狙いをつけようとする所である。立射の姿勢で鉄砲を構えた一益は先ほどの酔いをどこかへ置いてきたような精悍な目つきで的を見据えると、火蓋を開けて引鉄に指をかけた。広間と庭はシンと鎮まりかえって皆が一益に注目している。

 ドン!と大きな音と共に銃口が火を噴いた。次の瞬間、バシッ!と的に穴が空いた。的に描かれた二重丸の外側の縁の辺りにポッカリと穴が空いている。

「おお!」

 どよめきと共に拍手が上がり、

「流石は滝川殿」

「見事!」

 などと、口々に一益の腕前を称賛する声が漏れた。

「ちぃとばかし外れましたなぁ」

 一益は口では少し悔しがりながらも、満更でもない表情を光秀に向けると

「ささ、お次は明智殿の番でござるぞ。お手並拝見」

 と声をかけた。

「それでは」

 光秀は広間の重臣たちに慇懃に頭を下げると、先に一益が撃った場所に向かって歩いて行く。光秀は一益に軽く会釈すると射撃の準備を始める。


 当時の火縄銃、いわゆる種子島と呼ばれる国産の銃は先込め式と言われるものである。まず銃そのものを巣口と呼ばれる銃口を上に向けて立てる。そして銃口から玉薬と呼ばれる弾丸を打ち出すための火薬を適量注ぎ込む。通常は玉薬を入れた容器から目分量で注ぎ込むのだが、光秀はあらかじめ適量を測り銃口の口径に合わせて固めたものを油紙に包んで用意してある。

 火薬を銃口から入れたらさらにその上から、革製の弾丸袋から取り出した弾丸を入れ、さく杖という棒で弾丸と火薬を押し固める。同じ鋳型で量産された弾丸ではあるが、当然形状や重量にはばらつきが出ることは回避できないし、弾丸袋の中で互いに擦れて傷なども生じるものだった。この弾丸に関しても光秀は弾丸袋の中に一つずつ油紙に包んで入れてあるのだった。とにかく先ほどの一益に比べて、光秀の射撃の所作は一つひとつが馬鹿丁寧に慎重であり、それは弓の射法というよりも昨今流行りの茶の湯の作法に近いものを思わせた。


「なんというか、丁寧というか、勿体ぶっているというか、、、」

 誰かが思わず漏らした声が、思いがけなく皆の耳に届いた。それほど皆が静まり返って光秀の一挙手一投足に注目している。先ほどの声はもちろん光秀の耳にも届いているはずだが、全く気にする様子もない。

「丁寧になさるものですな」

 一益が我慢しきれずに声をかけた。確かに一益も装填する火薬の量は目分量とはいえ、同量となるように気をつけているし、弾丸も革製の弾丸袋の中で傷がついていないか毎回きちんと確認してから使っている。むしろ、そういうことが感覚的に適切にできることも、名人と呼ばれる条件であろうと思っている。そういう感覚からすると、光秀のやり方は京風の雅さはあるかもしれないが、ある意味慣れていない素人臭さも感じられる。

「性分ですかな」

 光秀は軽く応じた上で、片膝立ちに鉄砲を構えた。辺りは水を打ったように静まり返っている。

 

 ドン!と音が響くとすかさず全員の目が的に注がれた。


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