宴会
「久しゅうござるな。明智十兵衛殿」
と遠慮がちに声をかけた森可成に対して、光秀は固い表情のまま目礼を返した。旧知の間とはいえ、明らかに気まずい様子である。
森可成の一族は元々は美濃の守護大名である土岐家に代々仕えていた。同じく美濃の出身で斎藤利政(道三)に仕えた光秀とは元同僚と言える。しかし、守護である土岐頼芸が国内の実権を握った道三によって天文十一年(1542年)に美濃から追放されたことで、可成は一旦は土岐家の重臣であった長井道利に仕えたが、やはり主君を追放した道三の下では居心地が悪く、天文二十三年(1554年)に一念発起して美濃を去り、その後信長の織田弾正忠家に仕えることになった。
一方でその二年後にその道三が実子である義龍に討たれたことで、今度は光秀が美濃を追われることになったのである。この間に先に美濃を離れた可成は、織田家中で重臣となって活躍する一方で、道三亡き後美濃を追われることとなった光秀は、越前の朝倉に流れ着き、食客という立場で不遇の時を過ごした。まさに人の運命というものは数奇としか言いようがない。
「宴の準備だ。旧交を温めるには酒も必要だろう」
広間に漂う気まずい空気を変えようと、信長は明るい調子で小姓に命じた。そして改めて光秀に向かって口を開いた。
「今回の一色治部大輔殿との和議、お受け致したく存ずる。公方様に調停の労をお取り頂く旨、よしなにお伝え願いたい。なお、此方からは特に条件はござらん」
信長が軽く会釈する。
「畏まりましてござりまする。早速に上様にお伝えします」
光秀が改めて深々と平伏した。
「美濃を追われてから、色々とご苦労なされたでしょうなぁ」
可成が光秀の前に腰を下ろすと、瓶子から酒を注いだ。
「あ、明日の早朝には矢島へ出立せねばなりませんので、程々に」
光秀は口では遠慮しながら、軽やかに盃を重ねている。
広間には重臣以外の家臣たちも呼ばれて賑やかな宴会となった。評定によって足利義秋による斎藤との和議を進めることなったということで、まぁ、とりあえずはそれを祝って、というのは口実で、この頃の織田家中はまだまだ世帯も小さく、何かといえば宴会で上下の垣根を取り除くのが常であった。
生来の下戸で酒を受け付けない信長は、若い頃はこのような席から早々に中座しがちであったが、桶狭間の勝利以降は、嫌な顔もせずに付き合うようになっている。先ほどの評定が比較的すんなり終わったこともあり、まだ初夏の日は高い。昼間の酒は回りが早いというが、光秀を囲んでだいぶ打ち解けた雰囲気となっている。
「越前の朝倉殿に拾って頂き、糊口を凌いでおりました。その間、折を見て諸国を旅して。まぁ、いわゆる武者修行というやつで」
「それで武芸百般に通じて、今は幕臣として取り立てられたということですな。それは祝着」
可成は合点が行ったと満足そうに頷いた。
「いえいえ、そのような大層な物ではありませぬ。拙者、実はやっとうを振り回すより、和歌や連歌などが好みでして、数年前に京を旅した折には、古今集に通じておられる幕臣の細川藤孝殿の従者のような真似を致しまして、お公家様や僧侶の主宰する連歌の会などに顔を出させてもらっておりました。」
「ほう、コキンシュウですな。なるほど」
可成はわかったようなわからないような顔をして頷く。
「おい、三左衛門!お主、コキンジュウを知っておるのか?」
横から大声で勝家が口を挟んだ。
「権六こそなんだ!禽獣とは。わしらは何も鷹狩りの話などしておらんぞ!」
可成がすかさず返すと
「わしだって、鷹狩りの話などしておらん。コキンジュウは京の雅なお方に使える近習のことじゃろう。ガハハハ」
「そんな話聞いたこともないわ!」
老臣二人のバカ話で広間は笑いに包まれた。
「権六のせいで話がどこまでいったかわからなくなったではないか!明智殿、で、それから?」
可成に応えて光秀が話を続ける。
「皆様ご存知のように、昨年(永禄8年)に先の公方様(足利義輝)が三好三人衆(三好長逸、三好政康、岩成友通)と松永久通によって弑逆されました。それで、興福寺一乗院の門跡とおなりであった、弟の覚慶様を跡目に擁立しようとする細川殿や和田殿を、越前の朝倉殿が手助けした縁もありまして。それを機に幕臣の末席に加えて頂いた次第で」
「なるほど!明智殿はこの戦の世に必要とされて表舞台に現れた、ということですかな」
勝家が上手いことを言っただろう?という態度で周りを見渡した。
「いえ、そんな滅相もない。いずれにしても、此度の上様の上洛はなんとしても成功させねばならぬと覚悟しております」
「我らも、公方様の上洛を成功させるべく、全力を尽くそうではないか!のう!皆の者!」
「おう!」
勝家の音頭に皆が掛け声で答え、場の雰囲気は一層打ち解けたものになった。
「ところで、十兵衛殿は種子島(鉄砲)の名手らしいですな」
いつの間にか隣に腰を下ろしていた滝川一益が、充血した酔眼を光秀に向けて酒を注いで来た。
「いや、名手などでは。左近殿(一益)こそ名手との評判でございますぞ」
「まぁ、この滝川一益、この界隈では並ぶものなし、と言われておる。ちょっと待っておれ」
一益は鼻を膨らませながらそう言うと席を立って広間を出ていった。
「おい十兵衛殿!」
暫くして、嬉しそうな顔をした一益が鉄砲を二丁抱えて戻ってきた。
「見せてもらおうか!京仕込みの種子島の腕前とやらを!」
そういうと一益は光秀に一丁を差し出す。
「イヤイヤ、もう酒が入っておりますれば、手元が定まりませね」
「少々、酒が入ったからってなんだ!ね!お願い!腕比べしよう!」
一益が酒臭い息を吹きかけながら絡んでくる。
「おい、これ、左近!明智殿が迷惑しておるではないか!」
横でやりとりを聞いていた勝家が立ち上がると、
「おい、誰かある!庭に的を据えよ!」
広間の外に向かって声を掛けながら、これまたニヤリと笑って光秀を見た。上座に座って盃を傾けている信長を見ると、此方を見て苦笑いを浮かべながら頷く。
「それでは、常に携えております得物がありますので、暫しお待ちを」
あきらめた表情の光秀が広間から下がると、
「愛用の種子島を常に持ち歩くとは感心」
「いや、弓や刀ならともかく、合戦に行くわけでもないのに大仰な」
「何か特別な仕掛けでもあるのでは?」
広間に残された者たちは思い思いに言い合っている。
「お待たせいたしました」
光秀が鞘袋のような緞子で作られてた包みを抱えて戻ってきた。名のある業物の刀ような扱いである。
「これは大層な得物でござるな」
一益が呆れたのか驚いたのかどっちともつかない声を上げたが、光秀は特に気にする様子もなく、緞子の袋から得物を取り出した。するとそれがまた油紙で包まれている。
「ほう、、、」
あちこちからこれまた感心したような、呆れたような声が漏れた。
「種子島は湿気を嫌いますでな」
油紙の包みを外すと黒光りする銃身が現れた。
「特注品でござるか?」
「国友に懇意の刀鍛冶がおりまして。少し私の好みに設えました」
一益の質問に、少し照れたように答える光秀であった。




