勘十郎信勝
「叔父上(信光)がいなくなったとなれば、兄上(信長)は孤立無援も同様だな」
「左様にござりまするな」
勘十郎信勝の言葉を受けて林佐渡守秀貞は頷く。那古野城での事件を知った信勝たちが、末盛城の広間で評定を行っている。
「あの叔父上は明け透けで人を疑わない性格であったから、人望があったが、、、家臣に討たれるとは。その不用心さが裏目に出たな。まぁ、兄上も似たようなところがあるが、、、」
信勝は考え込む表情で座敷の縁側に立ち庭を眺めている。冬枯れした末盛城の木々が寒々とした佇まいを見せていた。信勝は兄信長と叔父信光に共通する、よく言えば快活、悪く言えば軽はずみなところが気に入らない。
「勘十郎(信勝)様もそのように思われますか。この尾張国の所領や領民を守っていくには、もう少し思慮深い方に領主となって頂かなければ、我々下につくものは気が気ではありません」
秀貞が上目遣いに信勝を見ながら同調する。
「しかし、決断が早く行動が果敢なところは、戦国の世を生きる上でなかなか頼もしいとも思いますが」
柴田勝家が信勝と秀貞の間に流れる空気には無頓着な意見を言う。
「おぬしはどちらの味方だ!」
勝家の言葉に秀貞が不機嫌な声をあげる。
「まぁ、良いではないか佐渡守。俺と兄上は同じ父母の子同士。敵も味方もあるまい」
信勝の表情は言葉とは裏腹に秀貞に向けて賛意の笑顔を向けている。
「我ら兄弟は、どこまでも勘十郎様を盛り立てていく所存。柴田殿もそれは同じですな」
聞きようによっては看過できない言葉を無遠慮に発したのは、秀貞の弟、美作守 通具である。村木砦攻略の折、兄秀貞と共に信長の出陣に従わなかったように、これまでも信長に対して反抗的な態度をとっている。
「それはそうだが、、、」
勝家は渋々といった調子で同調する。
「そのような言い方をしたら権六が困るではないか。我らは父上から受け継いだ尾張をいかに守っていくかを考え、力を合わせねばならん」
信勝はにっこりと微笑んで鷹揚な態度を示した。
「しかし、力を合わせるというからには、我らもそれなりの力を蓄えねばならんからな。兄上ばかりに矢面に立って頂くわけにはいくまい」
そう言う信勝であるが、これまで見てきたように実際に自分が軍勢を率いて戦ったことは一度もない。どうも、自軍には信勝自らが率いるほどの力を持ち得ていない、とでも言いたいようである。
「仰る通りでございますな。勘十郎様がそのお知恵と思慮深さをもって、この尾張に隈なく善政を敷くためには、我ら末盛の家臣団も清須城に負けぬ力をつけねばなりません」
秀貞の信勝に対する御追従は尽きることを知らない。
織田孫三郎信光の葬儀は、その菩提寺である凌雲寺にて執り行われた。この寺は永正年間(1504年〜1521年)に、当時庄内川の東岸にある稲葉地城主であった信光が城の隣に創建したものである。信長は幼少の頃にはこの寺で手習いをしており、信長にとっても馴染みのある寺である。葬儀にあたっては、信光の嫡男である市之助信成を喪主に立てたが、実際の取り仕切りは信長自らが行なっている。
快活な人柄で人望のあった信光が不慮の死を遂げたということもあり、葬儀には多くの参列者が集まった。
「父上の葬儀にはあのような態度であったくせに、叔父の葬儀では喪主面をして神妙にしておるわ。これでは誰が尾張の領主であったかわからんわ」
焼香を終えた信勝は、すぐ後ろを歩く柴田勝家に囁いた。父信秀の最後の時まで側に仕え、自分こそが父の跡取りであるべきと思っている信勝は、兄信長が父の葬儀で見せた無礼な振る舞いを、いまだに許す気にはなれなかった。
「あれはああ見えて、上総介(信長)様なりのお悔やみの表現だったのかも知れませんなぁ」
勝家は信勝の気持ちもお構いなしに、顎髭を扱きながら自分の感想を呟いた。
「何がああ見えてだ。おぬしは近頃やけに兄上の肩を持つようだな」
先日とは打って変わって、信勝は冷ややかな視線を勝家に向ける。
「いや、決してそのような」
勝家は慌てて口篭った。
葬儀が終わると、弾正忠家の親族と主だった家臣たちが凌雲寺の広間に集まった。精進落としの会席の前に、信光の死で城主不在となった那古野城の、今後の扱いを定めねばならない。
「俺としては、叔父上に任せた城であるから、このまま市之助に預けても良いと思っておるが。皆の意見はどうか?」
信長が口火を切る。
「叔父上贔屓が過ぎますな。我らが弟、三十郎(後の信包)や彦七郎(後の信興)すら未だ部屋住みの身であるのに。物には順序というものがござろう」
信勝がすかさず異を唱えた。市之助はその言葉を受けて平伏する。確かに信勝の意見は弾正忠家の嫡流として筋は通っているだけに、居並ぶ者たちは言下に賛同する態度を示した。
「では、那古野は俺の所領に戻すこととしよう。それで良いか?」
信長が直接支配するとなれば、さらに異を唱えるものは流石にいない。
「となると、城代を置かねばならんな、、、」
信長は呟くと家臣たちを見回した。
「平にご容赦を」
雰囲気を察した市之助がさらに頭を下げる。
「わかっておる」
市之助に微笑みかけると、
「佐渡!」
「は?」
思いがけず呼ばれて林(佐渡守)秀貞は素っ頓狂な声を上げた。
「何を驚いておる。お主が儂の一の宿老である。お主が留守居を務めよ」
信長は簡潔に命じた。
昨年(天文二十三年)一月の村木攻めから、信長と秀貞の主従関係はギクシャクした状態が続いている。現在も一の宿老として清須城の信長の元へ出仕しなければならない秀貞であるが、月に数度、しかも信長が弓馬の鍛錬で城を空けている時間帯を狙って登城するのみで、多くの時間を末盛城の信勝のもとで過ごしているのか実態であった。であるから、指名された秀貞本人はもとより、居並ぶ家臣たちからも低く驚きの声が上がった。
市之助の件で異論を述べた後は、目を伏せていた信勝も兄の真意を計りかねて、思わず信長の顔を見る。すると信長は既に信勝の表情を窺っており、出会い頭という形で目が合った。驚いた信勝がまた目を伏せる。
「勘十郎、それで良いかの?」
「は!」
信勝は目を伏せたままである。
「兄上は一体、どのような魂胆であろうか?まさかおぬし、あやつに取り行っているのではあるまいな?」
瓶子を手に酒を注ぎに来た秀貞に、信勝は酒に酔った目を向けた。既に兄を『あやつ』呼ばわりする程度には酔いが回っている。
「滅相もございません」
周りに他の家臣たちがいるが、既に多くは酔いに任せて声高な話し声をあげているので、寺の広間内はワーっと包み込むような騒音に満たされている。
また、酒をあまり飲まない信長は既に寝所に引き上げていた。それでも二人の会話には警戒心が欠けていると言わざるを得ない。
「まぁ、お主があやつの元を離れて那古野を抑えておるのは、我らに好都合ではあるがの。それだけにあやつの真意がわからんわ」
先日の末盛での話ではないが、信勝側はこれで易々と那古野城を自陣に引き込むことが出来るわけである。
「あまり深読みすれば、逆に思わぬ落とし穴に嵌るとも限りませね。注意するに越したことはございませぬが。とにかく、信光様の納骨が済めば美作(通具)と共に那古野に入りまする」
「左様か。しっかり頼むぞ」
信勝と秀貞は共に頷きあった。




