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凡人信長記  作者: 梵天丸


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足利一門

弘治二年(1556年)

「三河守護の吉良殿と会うことになった。手筈を整えよ」

 信長が清須城の本丸御殿にある斯波義銀《しばよしかね》の居室に呼び出され、こう切り出されたのは、信光の不慮の死の翌年、弘治二年(1556年)も三月の末であった。那古野城に入った林秀貞は、相変わらず足繁く末盛城の信勝と連絡を取り合っているようだが、これと言って目立った動きはなく、尾張国内は小康状態といったところである。

 忙殺された先代の守護、斯波義統の嫡男である岩龍丸《がんりゅうまる》が、信長を烏帽子親として元服し、斯波義銀として左兵衛介《さひょうえのすけ》に任ぜられた上で、正式に尾張守護となって一年が経っていた。清須城の実質的な城主は信長であるが、自らは新たな守護となった義銀に遠慮して北櫓に住まい、あくまで守護義銀を主君として自分の上座に置いて接している。義銀の側に控える小姓たちは、先代の斯波義統が存命の頃に、信長が義銀の元に遣わした屈強の若武者たちである。義銀が信長の庇護に入ってからも引き続き義銀に仕え、今では義銀の股肱の家臣と言って良い存在となっており、おかげで義銀は日々武芸の鍛錬に余念がない。


「どのようなご用件で?」

 吉良義昭《きらよしあき》は隣国三河の守護であるが、三河国は既に駿河、遠江両国の守護を兼ねる今川義元の属国と化して久しい。つまり、吉良義昭は守護といっても今川義元の傀儡でこれまた実権はなく、隣国尾張の守護と会見するなどという外交活動を、自らの意思で行えるような状況ではない。

「わしが尾張守護に任じられた事を期に、同じ足利一門として改めて誼《よしみ》を通じたいと書状にあるが?駿河守護の今川 治部大輔《じぶたいふ》殿の添え状もある」

 若い義銀が精一杯威厳を示すように話す姿が微笑ましい。

「治部大輔殿の取り計らいということですな」

 状況が読めた信長は、軽くため息をつきながら困惑した表情で腕組みした。

「困ったことか?三河や駿河と友好関係が結べれば、鳴海や沓掛で続いておる小競り合いにも片がつくのではないか?」

 義銀が怪訝そうな顔をする。

 二年前の村木砦での戦いで、一旦は今川の勢力を退けはしたが、鳴海、沓掛、大高、そして笠寺の四つの城は引き続き今川勢の支配下にある。そして信長はその今川の勢力圏がこれ以上広がらないように、常に監視の軍勢を配置しており、時折今川勢との小競り合いも発生していた。

 会見を設定した今川義元の表向きの狙いは、義銀の言う通り友好関係の樹立である。ただし、現状の今川と織田の力関係では、尾張が三河同様に今川義元の支配下に入ることは、火を見るより明らかであり、尾張の独立を維持したい信長にとっては良い話ではない。

「争いがなくなるのは結構ですが、その場合は、鳴海や沓掛の城下は、いやそれどころか尾張全体も、ゆくゆくは駿河の属国ということになるでしょうな」


 義元は四年前の天文二十二年(1552年)には、分国法である『今川仮名目録』に条文を追加し、今川領国の秩序維持を行っているのは足利将軍家ではなく今川氏であることを定めている。そしてそれを理由に、足利幕府の公領、荘園に設定された守護使不入《しゅごしふにゅう》(各領国内に設定された幕府の直轄地に治外法権を認め、領国守護の支配が及ばないようにする)の権利を否定し、自らの領地とした。

 これにより、今川氏は室町幕府からの任命を受けて領国を統治する守護大名ではなく、自らの実力によって領国を統治する戦国大名であることを、国内外に明確に宣言したのである。

 さらに翌年には、義元は嫡男の氏真《うじざね》の妻に北条氏康の娘を迎えた。既にその二年前には、今川義元の娘が武田晴信(のちの信玄)の嫡男である義信に嫁いでおり、これによって北条、武田、そして今川という関東東海甲信越の三強国による甲相駿《こうそうすん》三国同盟が結ばれている。

 この三国同盟は、北条と武田は上越方面からの上杉の勢力を排除することで、それぞれ関東と甲信越での勢力拡大、今川は三河尾張の領国化という今後の活動を担保するためのものであり、周辺諸国にとっては脅威として受け取られている。もちろん、尾張国を守ろうとする信長にとっても頭の痛い問題であった。


「足利一門ではまず御一家である吉良殿が上席だが、我が斯波家は三管領の家系だ。守護大名の今川の属国などになる訳がなかろう」

 義銀は信長の言う不安を払拭するように言った。ここ数年の今川の動きよりも、そもそもの室町幕府の序列を優先して考えてしまうところに、御曹司らしい甘さがある。

「誼を通じるだけなら結構ですが、、、このような会見で何も取り決めを行わないということはあり得ません。まず決めるのは国境。この場合、鳴海や沓掛を実効支配されている我らは不利。さもなくば、、、」

「さもなくば?」

「さもなくば、足利一門手を携えて、という建前で尾張も丸ごと自らの支配下に置こうというのが、治部大輔殿の狙いでございましょう。所領安堵と称して義銀様のお立場は守られたとしても、三河の吉良殿と同じ境遇となるということでしょう」

「わしを今川の家来にしようということか、、、」

 義銀は信長の説明を聞いて、とりあえず思案する素振りを見せた。しかし自分の守護という立場が、既に信長に担がれた神輿となっていることは感じているため、三河の吉良と同じ境遇と言われてもあまりピンと来ないようであった。

 しかし、信長を始めとして尾張国内の所領を自らの力で守ってきた者にとっては、今川の支配下となるか否かは死活問題である。


「会見を拒否すればどうなる?」

「何かと言いがかりをつけて、尾張に攻め込んで来るやも知れませぬな。北条や武田に背後を取られる恐れが無い今が好機」

 信長は義銀の口から、会見拒否という言葉が出たことが意外であったが、これが自分の所領である尾張を手放したく無いという、義銀の守護としての思いの表れであれば、それに越したことはなかった。

「武衛《ぶえい》!」

 信長は改めて居住まいを正して義銀に呼びかけた。ここは義銀自らが覚悟を決める必要がある。

「何じゃ?」

 義銀も信長の改まった態度に背筋を伸ばす。

「武衛が守護として身命を賭して尾張の領民を守りたいという御所存であれば、この上総介も身命を賭してお仕え申します」

「うむ。儂も室町殿からこの尾張国を任された左兵衛介を継ぐ者だ。容易く治部《じぶたいふ》の風下に立つつもりはないぞ」

「そのお言葉を聞いて上総介も安堵致しました。では、この会見を受けることと致しましょう。但し、こちらから条件を付して返信致します」

「その条件とは?」

「甲相駿同盟に倣って、駿河、三河、尾張が対等の同盟。そのために国境は今まで通り、尾張に侵攻中の今川勢は兵を引いた上で、婚姻関係を結ぶということで」

「今川に鳴海や沓掛から出て行けと申すのか?そのような条件は通るまい」

「そもそも向こうから言い出した会見です。それに武衛は元々は三管領の家柄ですから、その武衛が自ら三国で対等と言っておるのですから、今川がそれをけしからんと断ってはこないでしょう。会見の場に引き出して圧力をかけるのが目的ですからな。条件についてははっきり答えず、会見だけは行おうとするはずです」

「なるほど」

 信長の説明に納得はしたものの、その高飛車な条件に義銀は少し気後れしたように、不安げな表情を浮かべている。

「このような条件を出した以上は、双方軍勢を率いて相対することとなるでしょう。武衛が総大将として軍を率いることとなりますぞ。楽しみなことでござるな」

 信長は不安そうな義銀を励ますように笑った。

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