守山城下の焼き討ち
「守山の連中が籠城の構えを見せましたので、致し方なく」
信勝は尤もらしいことを言ったが、その表情には「致し方ない」というよりむしろ、守山の城下は焼き討ちを受けて当然といった感情が滲み出ている。
清須城の北櫓、信勝を招いた信長の居室は既に夕闇に包まれている。しかし薄暗い中でも、弟喜六郎秀孝を殺されたのが兄の信長のせいであるかのような、怒りに満ちた表情を信勝が浮かべているのは十分に見てとれた。
不慮の死を遂げた弟の仇を討つべく、即行動を起こした自分を褒めることもなく、むしろその行動を咎めようとしている兄信長の態度は、信勝には到底受け入れられるものではないようだった。
一方で一言の弁明も許され得ず、城主不在のまま信勝によって城下を焼き払われた守山城は、既に城外との連絡を断たれ孤立した状態となっている。それが結果的に守山城を『籠城』せざるを得ない状態にしている。つまり信勝が守山城を籠城状態に追い込んだ訳であるが、信勝はあくまでその事の経過は認めず、守山城からの敵対行動に対して焼き討ちを行ったいう筋で押し通そうとしている。
事件当日、信長も秀孝 頓死の一報を受けて、取るものも取りあえずただ一騎駆けで守山へ急行している。守山城下との境の矢田川で馬を休ませているところに、岩室長門守や犬飼内蔵をはじめとする小姓たちが追いついてきた。
「遅いぞ」
信長は河原から、守山城下に火事の煙が広かっているのを憮然として見つめている。
「殿の『ものかわ』のような名馬はなかなかありませんから」
岩室長門が珍しく言い訳がましく言った。
「日々の鍛え方が足らんのだろう。で?」
「信次殿は守山城にも戻らず出奔されたとのことですが、今のところ行方は掴めておりません」
犬飼内蔵が答える。
「そうか。何も出奔などせずに、堂々と申し開きすれば良いものを、、、」
信次が逃げたことが、事態をややこしくしている面は確かにある。
「守山城下は既に信勝様がことごとく焼き打ちなされたそうです」
「うん。それは見れば分かる。焼き出された者たちを清須で匿ってやれ」
「は!」
「このようなことをしてなんになる」
信長は独り言のように呟いた。
「我らの弟たるものが、供も連れずに軽輩の者のように一騎で駆け回るなど、不用心にも程がある。生きていたとしても今後は許すことはできんぞ」
秀孝は既に絶命していることを知っている信長である。立場上冷静な態度を貫いてはいるが、『生きていたとしても、今後は許さない』という言葉に、信長の深い悲しみが感じ取れる。
「左様でございますな」
信長の悲しみに寄り添うように岩室長門が声をかけた。
領内を馬一騎で駆け回るのはむしろ信長の専売特許であって、とても弟を非難できるものではない。信長自身もそれはわかっているのだが。信長は悲しげに頬を歪めたまま清須へ引き返した。
「仮に守山が籠城の構えだとしても、城下を焼き払うのはやり過ぎではないか?焼き出された領民が路頭に迷うではないか。美濃や三河などの他国に攻め込むのとは話が違うのだぞ」
信勝は守山城が敵対行動をとったと主張しているが、尾張領内の城下を無断で焼き払ったことの非については、信長は尾張全体を差配する立場としてどうしても正しておかねばと思っている。
「そのようなことは取るに足らぬことと存じます。そもそも守山の城主が我ら主筋に対する敬意を欠いているからこのようなことが起こるのです。そして城主が不始末を起こせば、その累が家臣や領民に及ぶのは必定。ですから我ら城主たる立場のものは、普段から身を慎み威儀を正し、家臣や領民から軽んぜられることのないようにせねばなりませぬ」
信長を睨みつけるように発せられた信勝の反論に、『大うつけ』と呼ばれてきた兄の振る舞いへの批判が含まれていることは明らかであった。
「威儀を正すというのであれば、下賤の身のように一人で馬を乗り回しておった秀孝にも非があろう」
自分も秀孝の元へ駆けつけようと、守山城下の手前まで一騎駆けしたことは言わなかった。
「兄上には身内への愛情というものがないのですか!なんの罪もない喜六郎に非があると仰る。そのようなことですから、、、」
そこまで言いかけて信勝は口をつぐんだ。
「そのようなことだからどうした?」
信長は努めて軽い調子で聞き返したが、その目に普段にはない怒りが宿っている。この弟と話が噛み合うことは、この先もないのかもしれない、そう思うと途端に怒りは諦めの色へと変わった。
「とにかく、守山城の者たちには喜六郎殺しの咎を受けさせねばなりませね。兄上がなんと言おうと私が守山は攻め滅ぼします」
信勝は信長とは目を合わさず、一方的に宣言した。二人の間に暫しの沈黙があったあと、信勝は席を立とうと片膝を立てた。
「では、守山が籠城しているというのであれば、こちら(清須)からも兵を出さねばならんな」
信長は、信勝が守山城を攻め落とすことへの是非は明らかにせずにいった。
「いえ、兄上のお手を煩わす程のことでは御座いませぬ。末盛からの私の手勢だけで城を陥して見せますゆえ、ご心配なさらず」
一旦席を立ちかけた信勝は、あえてゆったりと座り直すと言った。是が非でも守山城を陥したい信勝は、信長に対して迷惑がっている態度をもう隠そうともしない。
「城を陥してその先はどうするつもりか?」
「は?」
信長の問いに信勝は虚をつかれたような顔をしている。信長はその表情を確認すると、軽い調子で続ける。
「陥した先のことだけではないぞ。先年の村木砦でもそうだったが、城攻めというものは攻め手側にも大きな被害が出るものだ。攻城戦においては兵は多ければ多い方が良い。向こうを諦めさせるためにもな。我らの軍勢がつくまでは自重せよ。兵は大事にせねばならん」
信長は信勝の目をしっかりと見つめて言った。その視線を受けて信勝も考えを巡らせる。信勝の中には、いつかはこの『大うつけ』に代わって自分が尾張を差配せねばならない時が来る、との思いがある。その先のことを思えば、いたずらに自らの勢力を消耗させるような行動は慎まねばならない。
「承知仕りました。では私も改めて城攻めの準備を」
信勝は納得とは程遠い表情を浮かべて、信長の元を去ろうとする。
「折角参ったのだ。晩飯でも食っていけ」
信長は信勝の背中に声をかけたが、
「御免仕ります」
信勝は振り返りもせずに去った。
信長は信勝を見送ると、すぐに守山城を包囲する軍勢を整えるよう命じた。




