守護謀殺
「武衛が、清須城内の御殿にて御生害とのことです!」
普段は落ち着いた物腰の岩室長門守が、慌てた様子で駆け込んできたのは、晩夏の強い日差しも少し和らいだ天文二十三年(1554年)七月十二日(現代の八月下旬)の夕刻である。
「ナニ?それはどういうことだ?」
守護代大和守信友によって、清須城内にほぼ軟禁状態となっている守護の斯波義統を、頃合いを見て那古野城の信長の元へ移そうという計画が水面下で進められている。そんな中での義統自害との報に、信長は驚きを隠せない。
「守護代が先手を打って、武衛の御殿に討ち入りを仕掛けたそうです」
長門守が口惜しそうに言った。
「さては守護代(織田大和守信友)らに、我らの計画が感付かれましたか、、、」
丹羽長秀も呆気に取られている。
「城内の御殿に討ち入って武衛に詰め腹を切らすとは。大和守はそこまで大それた事が出来るとは思えんが。さしずめ坂井大膳が唆したのだろう。しかし若様(義統の嫡男、岩龍丸)に付けた連中は何をして負ったのだ?武衛と共に討たれたのか?」
表向きは若君岩龍丸の傅役という立場で送り込んだ小姓衆だが、本来の役目は斯波義統の護衛であったはずだが。
「若様や小姓衆が城を留守にしているところを狙われたようです。おかげで若様は難を逃れ、間もなくこちら、那古野の城下に入られるとのことです」
「わかった。お着きになったらすぐにお通ししろ。丁重にな。しかしお労しいことだ」
長門守に命じると信長は思案顔で腕を組んだ。
「こう暑くてはかないませんな。川遊びでも行かれて如何ですか」
斯波義統が謀殺されたその日の朝も、残暑が続くことが予想される晴天であった。
守護代の織田大和守信友が、元服にかかる費用の工面などを放棄しているため、いまだに稚児髪を結っている岩龍丸は、清須城内でまさに飼い殺しの状態である。そんな鬱屈した身の上に悶々としている若者には、ここ数日続いている残暑がさらに不快に感じられる。普段はその不自然に慇懃な態度が、岩龍丸を不快にさせる坂井大膳の提案に、なんとなく心を動かされたのはそのせいかも知れない。
「それは良いかも知れんな」
「元気な小姓衆も引き連れて行かれませ。どうせなら五条川の上流まで足を伸ばされれて。鮎や岩魚を捕まえてくだされば、今宵は盛大に宴といたしましょう」
大膳は、宴の準備をしてお待ちしておりますと胸を張って、釣竿やたも網を抱えた岩龍丸たちを送り出した。
当時の清須城は、庄内川に注ぐ支流の五条川の西、城の東面を河岸に接するように築かれていた。応永十二年(1405年)に当時の尾張守護斯波義重が、守護の居城であった下津城(愛知県稲沢市)の別郭として建てたのが始まりである。文明八年(1476年)に戦乱により下津城が焼失したため、清須城が代わって守護の居城となり、それに伴い清須が尾張国の中心地となったのだった。そして清須城下は京や鎌倉に連絡する往還と伊勢街道が合流する交通の要衝でもあり、尾張の政治・経済・司法の中心地として栄えていた。
涼を取るための川遊びであれば、城の目の前の土手を降りればすぐに五条川の河原である。城内で変事があればすぐに駆けつけることが出来るが、それでは大膳たちの目論見はうまく行かない。それを踏まえて、坂井は岩龍丸に単純な川遊びではなく、川での魚獲りを勧めたのであった。鮎や岩魚といった清流の川魚を獲るとなれば、それこそかつて下津城があった辺りからさらに一里ほど、清須城からは二里以上も五条川を遡らねばならない。
「今日は静かだな。相撲を取るには流石に暑いかな」
尾張守護斯波義統は、居室のある清須城の本丸御殿で、そばに控える同朋衆(僧形の侍者)の善阿弥に呑気に声をかけた。
那古野から信長の手配で活きの良い小姓たちが送り込まれて来てからというもの、朝餉を終えたこの時間は御殿の中庭から、岩龍丸を囲んで、剣術、槍術、弓矢そして相撲などの稽古がにぎやかに行われるのが日常となっていた。
「岩龍丸様一行は、本日は急遽川へ魚獲りに向かわれたとのことです」
「それは、どなたの発案で?」
善阿弥の答えにいち早く反応したのは、森兄弟の兄政村である。森兄弟だけは可能な限り義統の側を離れずに仕えている。
「さて?坂井大膳殿が今宵は宴会だと申して、河尻(左馬丞)殿や(織田)三位殿と何やら朝から準備をされているようですが」
ハッとして森兄弟が顔を見合わせたのと、本丸御殿の周りが急に甲冑の擦れる音と多くの足音で騒がしくなったのはほぼ同時であった。
「しまった!謀られた!」
森兄弟は太刀を引き寄せると片膝立ちになる。
「謀られたとはどういうことじゃ?」
斯波義統は咄嗟のことに状況が掴めない。
「大膳らの謀反に違いありません。武衛は裏口から出て五条川を下り、那古野へお逃げくだされ」
政村は義統の眼をじっと見つめて手短に言った。
「柘植殿!武衛をお頼み申す!」
「心得た!武衛はこちらへ」
近習の中でも腕が立つと評判の柘植宗花は、太刀を腰に差すと屋内用の短槍を小脇に抱えて、義統を先導して裏口に回る。義統は不安そうな面持ちで宗花とともに裏口へ向かった。そうこうしているうちに、御殿の表広間とそれにつながる廊下の方から続々と大膳たちの手勢が入り込んでくる音が聞こえた。
「では、善阿弥殿、いざ」
「ご武運を」
善阿弥と森兄弟は短く声を掛け合うと、善阿弥は広間の入り口、森兄弟は廊下に向かい、攻め手と対峙する。御殿には義統家族の身の回りの世話をする者達が、常に二十名ほど務めているが、これも大膳や織田三位の意向で武芸に達者な者はほとんどいない。そういった意味でも信長が岩龍丸の元へ送り込んだ、屈強の小姓十名が頼りであった。その者たちが外出している今、義統付きの警護のものは森兄弟や柘植宗花、そして善阿弥を除くと殆どいない有様である。
「武衛はここでお待ちを」
柘植宗花は義統を裏口手前の廊下の陰に押し留めると、裏口の引き戸を薄く開けて外を覗き込んだ。
「いかんな」
裏口の外にも既に多くの攻め手が押し寄せて来ていた。
「誰か出てくるぞ!」
引き戸が薄く開いたことを目敏く認めた誰かが叫んだ。すると攻め手の視線が一斉にこちらへ向かう。
「武衛!こちらはいけません。(森)刑部達の方へ!」
柘植宗花は短く叫ぶと、攻め手に向かって討って出た。義統が居室の方に戻ると既にそこには森兄弟や善阿弥の姿は無く、表広間と廊下の方から刀の撃ち合う音と怒号が聞こえるのみであった。しかし、その声もすぐに止んだ。
「武衛!既に屋敷は狼藉者たちに取り囲まれております」
「ふむ」
居室に駆け込んできた同朋衆の報告にも返す言葉がない。
「もはや、これまでかと。敵を防いでるうちに御生害あそばせ」
「左様か。岩龍丸が留守であるのが不幸中の幸いか。急ぎ上総介(信長)の元へ逃げるように伝えよ」
義統は大きくため息をつくと、観念したように目を閉じる。
「若様!一大事にござる」
川漁に興じる岩龍丸たちの元に、混乱の中なんとか城中を抜け出した義統の近習が馬で駆けつけた。その声に岩龍丸たちが清須城の方角を見ると、城から火事の黒煙が上がっているのが見えた。
「既に御一門ことごとく討ち死にされた模様です」
駆けつけた近習はが無念に唇を振るわせている。
「ひとまず那古野の殿(信長)の元へ参りましょう」
小姓の言葉に岩龍丸は呆然として頷くしかなかった。
「若様、この度のご無念、衷心よりお悔やみ申し上げます。しかし、若様が偶然とはいえご無事であったことは不幸中の幸い。上総介、身命を賭してお支え申し上げますゆえ、どうかお気持ちを強くお持ちくだされ」
夕刻、信長は湯帷子(浴衣のような軽装)のままで、命からがら那古野に落ち延びた岩龍丸を丁重に迎えた。
「大膳らは我らを留守にした上で父上を狙ったのであろうから、(自分が助かったのも)偶然ということではなかろう!」
若い岩龍丸の態度には、織田家全般に対する反発が見てとれた。信長が差し向けた小姓達とは既に気脈も通じているし、自分を守るという言葉には心強いものを感じてはいる。しかし、今までの清須城内での主君斯波氏に対する処遇から、この自分と5つほどしか歳の違わない新しい弾正忠家の当主のことも、到底信用できないという思いに駆られているようだった。
「武衛のご無念は、この上総介が必ず晴らしてご覧にいれます」
複雑な思いを湛えた岩龍丸の視線に対して、そう答えるのがやっとであった。




