柴田権六勝家
「権六、そのほう手勢を率いて清須を攻めてくれぬか?武衛の弔い合戦だ」
「儂が大将ということで?」
勝家は怪訝な顔で信長に問い返した。
「そうだ」
謀殺された守護斯波義統の不遇の若君、岩龍丸を保護した五日後の七月十七日、信長は柴田勝家を末盛城から那古野城に呼び出している。
勝家はあくまで信長の弟、信勝付きの宿老である。確かにこれまでも信長の配下として、萱津で坂井甚介ら清須勢と戦い、今川勢と戦うため村木砦まで従軍している。しかし、それらは弾正忠家の棟梁である信長が直々に出陣する際に、その配下で働いたまでである。
今日のように直接の主人である信勝の命令でもないのに、信長から頭ごなしに自分が命令を受けるのは、少し筋が違うように感じる勝家であった。
「勘十郎(信勝)様はご承知で?」
勝家は馬鹿正直に聞いた。先代の信秀が亡くなって以来、信長と信勝の兄弟の関係がギクシャクしているのは勝家も承知である。そしてその一因は、勝家をはじめとした重臣たちが、何かというと末盛城に集まり信勝を中心に相談事を進めている、つまりは本来の当主である信長を蔑ろにしていることにもあるのだが、そういったところにはにあまり気が回らない勝家である。
今回の信長の命令を信勝が承知していないことも、これまでの経緯から普通に想像すれば判ることだ。また、信勝の宿老という自分の立場からすれば、このような質問を馬鹿正直に信長にすべきでない事もわかろうものだ。受け取りようによっては信長に対して喧嘩を売っているようなものである。
「そんなはずがなかろう」
しかし信長は勝家の馬鹿正直さが面白くなって、思わず笑った。
「ですな!ワハハ」
勝家もつられて笑う。
「本来ならば若君の岩龍丸様が直々に兵を率いるべきところだが、まだ元服されておらん(通常は元服後に初陣が順序。守護など位階が高い場合は尚更)。では、俺が代わりに、と行かねばならぬところだが、、、」
「はあ」
信長が父信秀から家督を引き継いで二年、これまでの戦さはどれも家中の謀反や今川からの侵略に対する防衛戦ばかりである。今回、清須を攻めるとなれば、守護を弑虐した謀反人である、守護代織田彦五郎信友とその配下の討伐という大義名分があるとはいえ、自らが先に戦さを仕掛けるのは初めてのことである。しかし信長直属の兵は、赤塚、萱津そして村木と連戦で消耗が大きい。
「俺はこれまでの戦もあって、正直なところすぐには大掛かりな兵は動かせん。しかし、今は時期が大事だ」
信長は勝家の立場は気にせず正直に言った。
「なるほど」
「かと言って、清須の連中に返り討ちに合うようなことは絶対に避けねばならん。となれば織田家中で1番の戦さ上手、柴田権六に頼むしかあるまい?」
信長の真剣な眼差しを受けて、勝家は満更でもないといった表情を浮かべる。
「承知仕りました。この権六にお任せくだされ。武衛のお弔いとなれば勘十郎様も否とは申されますまい」
勝家は胸を反らせて請け負ったが、そこでふと思いついたように信長に向き直った。
「殿の、あの長槍隊。あれをお貸し願えませんか?」
「早速に妙案が浮かんでおるようだな。好きにいたせ」
勝家は来た時とは打って変わって晴々とした表情で、意気揚々と末盛へと帰っていった。
勝家は翌七月十八日、信長から借り受けた長槍隊を自軍に編入し、早速清須城へ兵を向けた。坂井甚介が率いる清須勢もこれを迎え討つべく兵を繰り出し、一旦は清須城の南東、山王口で両軍の交戦となった。しかし清須勢はすぐに劣勢となり徐々に出て来た城の方向へ後退することとなる。その後、清須城下の集落が始まる手前で清須勢は戦列を組み直した。
追走する勝家の軍勢と二、三十間(40〜60メートル)ほどを隔てて両軍が対峙したところで、勝家は信長配下の長槍隊を最前線に繰り出した。萱津の戦いで信長の長槍隊を経験している甚介は冷静であった。
城下の集落と長槍隊との間に距離を計りながら、自軍の槍隊を敵の長槍が届かないように配置する。ジリジリと双方の槍隊が間合いを取り合っているところで甚介の号令が響いた。
「長槍はまず叩いてくる!刺さるわけではないから恐るるにたらん!一発叩かれたら、次に振り上げられぬよう穂先を抑えるのだ!とにかく相手に近づけばこっちのものだ!柄を踏んでも覆い被さっても構わん。とにかく長槍を掴め!そうすれば向こうの動きは止まる!そこで一気に距離を詰めよ!」
清須勢の槍は通常の一間(約1.8メートル)ほどの長さである。その機動性を活かして長槍の懐に入ろうという作戦である。その命令に槍隊の雑兵たちは槍の柄を握り直すと、腹に力を込めて甚介の次の号令を待つ。
確かに甚介の狙い通りで、萱津での戦いにおいて信長は長槍を専ら敵を叩くことに使った。しかし、それを横目で見ていた勝家は、もっと長槍を上手く使える方法を考えていた。
「お主ら!その長槍はさぞ重たかろう?」
勝家は信長から借り受けてきた長槍隊を見回すと声をかけた。今日初めてその指揮下に入る侍大将に思いがけないような問いを投げ掛けられ、長槍隊の面々からは困惑のざわめきが起こる。
「重い上に、使い勝手も悪う御座ります」
ざわめきを制して、短身の雑兵が大きな声で答えた。
「そうか!正直だな。お主、名は何と申す?」
「木下藤吉郎と申します!」
見たところ、野良着に丸胴の粗末な出立で、百姓の出であることは明らかだが、勝家を見上げる眼は活き活きとした光を湛えており、利発そうな印象の若者である。
「そうか!では藤吉郎、殿が思い付かれたこの長槍一番の利点は何じゃ!」
「敵より先に穂先が届きまする!」
「よし!では弱みは?」
「掴まれて間合いに入られると難渋いたします!」
「そうじゃな。では皆の者!儂の言うことをよく聞けよ!」
勝家は改めて皆を見回すと、長槍隊に作戦を授けた。
「進め!」
坂井甚介の号令で清須の槍隊がが突撃を開始すると、それに合わせて勝家の号令も轟く。
「構えよ!」
すると二列に構えた長槍隊の前列が、槍を敵陣に向けておもむろに水平に向けた。甚介の策に反して長槍の切先を向けられた清須勢が、一瞬怯んだところで勝家の怒号が響く。
「それ、突け!」
号令に合わせて、前列が長槍を突き出しなが三間(5メートル)ほど前進する。後列は長槍を上方に構えたままそれに続く。
長槍はその長さで切先が垂れ下がる上に、重さもあるためそれほど正確な突きを繰り出せるわけではない。しかし、一列に並んだ長槍が突き出される迫力で相手の戦列は崩される。
「今じゃ!叩け」
敵の戦列が乱れたタイミングで、今度は後列の長槍が上方から叩きつけられる。この間に前列は敵兵に突き刺したり、逆に掴まれた槍はあっさりと投げ捨て、残った長槍を上方に振り上げながら後方に列を入れ替える。こうして長槍を叩きつけた列が、その勢いで水平に押し出してから、次の攻撃に備えて振りかぶるという動きを、二列で交互に繰り返す。
勝家の号令に合わせてこの攻撃を数度繰り返すと、清須勢は徐々に足並みが乱れて後退し始める。そもそも槍隊を構成する兵士たちは、日頃は野良仕事に従事し武芸の修練などは行う暇もない立場の足軽たちであるから、初手で不利になると一気に士気が下がってしまう。
そうなると、清須勢の中でも名のある身分の者たちが、自ら騎乗で前線に繰り出し、雑兵たちを叱咤激励しながら、自ら馬上から槍を振るわねばならなくなる。
「いざ!尋常に勝負!」
などと、威勢の良い名乗りを上げながら、勝家らを挑発して騎馬武者同士の一騎討ちに持ち込もうとする。勝家など敵の指揮者を討ち取ることで、一気に形勢を逆転しようという狙いである。
しかしそのように前線に乗り入れてきた騎馬武者たちには取り合わず、勝家は冷静に槍襖で囲い込み討ち取っていった。勝家配下の小姓の中には、この機に一騎打ちに応じて名のある敵を討ち取り、自らの名を上げようとするものいたが、勝家はそれも許さない。
「連中は主君殺しの下郎だ。なんの由縁があって武士の誉を与えてやろうか。雑兵の如くに討ち取るのだ!」
坂井甚介の率いる清須勢は、その酒井以下河尻左馬丞、織田三位といった主だった者達が次々と討ち取られ、総崩れとなって城へ逃げ帰ることとなった。勝家は勝ち戦さに乗じてその後を追ったが、さすがに尾張の主城である清須城を攻め陥すには至らず、兵を引かざるを得なかった。それでも守護謀殺という暴挙は許さない、という信長の姿勢を内外に示すには十分であった。




