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凡人信長記  作者: 梵天丸


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尾張守護

武衛ぶえいより密書が届きました」

 名目上の尾張国主である守護の斯波 義統よしむねから、信長に助勢を求める手紙が届いたのは、村木砦の後始末を終えたばかりの天文二十三年(1554年)二月のことであった。斯波氏は代々朝廷から左兵衛佐さひょうえのすけを任じられる家柄であるため、その唐名であり尊称でもある『武衛』が通り名である。

 尾張守護職の斯波氏が実権を失って久しい。尾張国内の権力争いは斯波氏の意向とは無関係に、上四郡を支配する織田伊勢守家と下四郡の大和守家、そしてそれを取り巻く人々の間で繰り広げられて来た。その中でここ数年は、大和守家奉行の一人で信長の父である弾正忠信秀が、持ち前の政治力と財力で台頭してきたことは既に述べた。


 信秀の政治力の妙は、国内勢力それぞれの利害を巧みに調整するところにあり、それは主君である守護職斯波義統に対しても同様であった。例えば既に信秀自身の中で結論を得ていることでも、重要な決定などでは義統の了解を取る手続きを欠かさない。そうすることで義統は守護としての面子めんつを家中に示すことが出来るし、信秀も自分のやりたいことをあたかも守護の命令という形で下知することが出来た。つまり守護の権威を背景に信秀が権力を行使するという体制を堅持していたことも、信秀の領国支配に安定をもたらしていた。

 さらには、義統側からも信秀に対して積極的な支援が行われている。例えば、天文十三年(1544年)に信秀が美濃へ侵攻した折には、義統が守護として尾張国中に信秀の協力を命じており、それは家格が弾正忠家の上にある伊勢守家への動員命令にまで及んでいる。

 このような守護斯波義統と大和守家の奉行に過ぎない織田信秀との蜜月関係は、守護代である大和守信友にとっては、自分の存在をないがしろにするものであり心中穏やかではなかった。しかし信秀存命中は、その政治力が結果的に信友の立場も安泰となるよう作用していたため、いかに不愉快でも信友からそのバランスを崩すようなことはなかったのである。

 

「なるほどな。父に代わって尾張を牛耳ろうという大和守殿の野心は本物らしい」

 密書に目を通した信長は、そのまま丹羽長秀と岩室長門守の面前に差し出した。その内容は二人にとっても驚くべきものである。

 まず、守護代信友が信長の謀殺を計画していること、尾張国内の安定を望む義統はそれを阻止したいが、清須城内で信友の手中にある今の状況では如何ともし難いこと、ついてはこの際信長の力を借りて、逆に信友や坂井大膳ら清須城の勢力を排除し、父信秀の時代のような安定した国内政治を取り戻したい、というものであった。

 ただし謀殺とは言うものの、具体的にどのようなはかりごとが進行しているのかは書かれてはいなかった。だが信長は既に清須城の大和守家とは敵対関係にある。また父信秀の死後、まるで雨後の筍のように信長に敵対する勢力が次々と姿を現している状況下で、尾張国内を平定していくためには、守護の後ろ盾があればそれに越したことはない。信長に義統の申し出を断る理由がなかった。

「早速、武衛の求めに応じる返書を送ることとしよう」


 守護自らの申し入れとはいえ、実際に那古野に迎え入れるとなればそれなりの準備も必要となる。そしてその準備も清須には秘密裡に進めねばならない。つまりこれは信長にとっても謀であった。計画が成就するまでの間、義統の身辺を守る必要もある。しかしこの時期の信長には、腹を割って相談できる相手は守山城の叔父信光しかいなかった。筆頭家老の林秀貞との関係は、村木砦の一件以来良好とはいえない。柴田勝家や佐久間大学(盛重)とは戦場を共にしたことで、それなりに関係が改善しているがとても腹を割るというところまではいかない。そもそもこの二人は普段は弟信勝の配下として末盛城に出仕する立場である。結局のところ信長が身近で信頼を置けるのは、丹羽長秀や岩室長門などの小姓たちである。

「若様、、、岩龍丸様と申されたか?おいくつになられた?」

 信長は岩室長門に尋ねた。

「たしか天文九年(1540年)のお生まれでしたから、十六歳(数え歳)になられたかと」

「それでまだ元服されておらんのか?」

 当時は武家の嫡流であれば、信長がそうであったように十二歳か十三歳で元服するのが普通であった。この事をもっても、守護である斯波氏が守護代以下の清須勢に蔑ろにされていることが見てとれる。

「では岩龍丸様の小姓衆として、腕に覚えのある者たちを送り込むとしよう」

「大和守殿がそれを受け入れますでしょうか?」

 長秀が怪訝そうな声で言う。

 海津での清須勢との一戦の後は、斯波義統の仲裁により、今後は双方争わないという起請文を信長と守護代信友の間で交わしていた。それで双方仲直りというのが建前ではあるが、実際のところはこの一年半以上も関係は途絶えていた。このタイミングで小姓たちを送り込むというのは、いくら子息岩龍丸の傅役もりやくということを装っても怪しいと思われかねない。

「まぁ、そこは武衛のたっての願いという形にして頂けば、守護代たちも嫌とは言うまい。ただゆくゆくは武衛以下をお救いする、という計画は漏れぬようにせねばならんな」

「ではこちらから送り込む者たちには、決起の時までその件は伝えない方が良いかも知れませんな。ただし、武衛の身近に仕えるものだけには話を通しておきましょう。森刑部丞ぎょうぶのじょう兄弟が宜かろうと思います。森三左衛門(可成)殿の親戚筋ですし、武芸も達者で口も堅いと聞いております。政村と掃部助と申したかと」

「なるほど。では早速手配いたせ」


 というわけで信長は十名の腕自慢を、清須城内の守護屋敷に潜り込ませたが、やはりこの動きが信友以下の清須勢を警戒させることとなったようである。

 特に家宰の坂井大膳はこういった動きに対する眼聡めざとさで現在の地位を掴み取った男である。家宰という立場を利用し、岩龍丸の元へ新しくやってきた小姓たちを歓待すると称しては、飲ませる食わせるを繰り返し何か情報がないか聞き出そうとする。しかし、彼らは若様の傅役という以外は何も聞かされていないので収穫がない。

 そしてその中で信長の計画を知る森刑部丞兄弟だけが、仲間たちのそんな危うい様子を横目に見て、焦りを感じながら那古野からの連絡を待つという日々が続いた。すると今度は酒井大膳が、小姓衆の中で森兄弟だけが他と様子が違うということに気がついた。しかし森兄弟は元々大膳を警戒しているので、飲み食い作戦は通用しない。そこで大膳は配下の者を使って、常に兄弟の動きを監視することにした。そしてしばらくして守護の屋敷に忍び込ませた者から、斯波義統が那古野の様子をしきりに気にしていること、そして森兄弟が那古野との繋ぎの役目を担っているらしいとの情報を掴んだ。


「いかが致しましょう」

 大和守信友に問いかける大膳の目には残忍な光が宿っている。そしてその光には主人の信友にも嫌とは言わせない凄みがある。

「この機に武衛をか?しかし主君殺しは大罪だぞ」

 普段は斯波義統を蔑ろにし、親しい仲間内ではいつか亡き者にして自分が尾張を手中にするなど、散々に吹きまくっている信友である。しかし、いざ何か行動を起こす、しかも自分がその矢面に立つとなるとなかなか踏ん切りがつかない。信友に仕える大膳や織田三位などは、そんなだからたかが奉行の信秀に遅れをとるのだ、と陰口を叩いてはいるが、主人が優柔不断であるが故に自分たちが暗躍できるのだということを十分に承知している。

「今時、そのような忠義を発揮されても何の得にもなりませんぞ」

 織田三位が同族の気易さから口を開く。

「左様。伊勢宗瑞そうずい(北条早雲)は言うに及ばず、越後の長尾景虎は守護代から守護に任ぜられております。ましてや隣国の美濃が斎藤道三に奪われたことに比べれば、信友様が尾張をその手に納めることに何の遠慮が入りましょうや?」

 大膳は盛んに信友を焚き付ける。

「しかし、武衛が御謀叛なさるという証拠を掴んだわけではあるまい」

 信友はあくまで弱気である。

「那古野が動いてからでは遅うござるぞ!何事も先手を取らねば」

 大膳は主人に対して苛立ちの色を隠さない。そして信友も色をなした家臣に気圧されているのだから始末に負えない。

 そもそも主人が家臣に反抗することに対して、御『謀反』という言葉が使われること自体、現在の感覚からすると違和感を覚えるが、既に実権のないものが時流に逆らうという事自体が、この時代の広義の『謀反』である。


「よし、わかった。しかし、那古野から来た小姓どもが邪魔だの」

「それについては策がありまする」

 大膳がニヤリと笑った。


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