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凡人信長記  作者: 梵天丸


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戦さはやっぱり難しい

「それ!今だ!ぶちかませ!」

 ジリジリと距離を測っていた清須の槍足軽たちが、踏ん切りをつけたように駆け足で前進してくる。それが長槍の間合いに入ったところで信長が叫んだ。

 まず一撃。遠心力で勢いのついた槍の穂先が頭上から襲いかかり、清須勢は怯んだ。通常の槍で突くのと違い敵に致命傷を与えられる訳でないが、負傷させて戦意を挫くことは出来る。

「それ!もういっちょ!」

 振り下ろした長槍をすかさず振り上げてもう一度叩こうとするが、今度は槍の長さと重さが災いして、その動きはバラバラになってしまう。そして敵の中には、その隙に間合いを詰めてくる奴もいる。そして得物えものが長いだけに、その間合いの内側に入られてしまうとどうしようもない。何人かが長槍を持ったまま、がら空きになった胴を突かれた。

「怯むな!それ!ぶちかませ!」

 三度目ともなると、さらに足並みが乱れる。もう一度目のように一糸乱れず打ち下ろすことは出来ない。それでも清須勢の先陣の勢いを、概ね防ぐことは出来たようである。しかし一部では長槍の攻撃をくぐられて、隊列を崩される場所も出てきた。

 このままでは双方が入り乱れて、また混戦となってしまう。信長の脳裏に勝敗のつかないまま、ただ互いに消耗するだけだった赤塚の光景が思い起こされた。せっかく用意してきた長槍戦法も、思ったほどの効果は得られなかった。まだまだ工夫が必要そうである。


「そろそろ、頃合いかと」

 信長自らが指揮する長槍隊の奮闘を、その後ろで見守っていた信光のもとへ、精悍な若武者が馬を寄せた。小姓時代から信光に側近く仕える赤瀬清六は、歳は若いが腕に覚えあり、これまでも数度の武勲を上げてきた。

 信光が頷くと、赤瀬は数十騎の騎馬武者を従えて、長槍隊の後方で陣形を整える。


「一旦退け!隊列を整えよ!」

 扱いにくい長槍で敵味方が入り乱れて戦うのは、どう見ても不利であった。これ以上の混戦になるのを嫌った信長の指示で、長槍隊はかろうじて陣形を維持しながら、長槍を前方に構えつつジリジリと数間後退した。距離を詰めて喰らい付いていた敵も間合いを取り直す。槍隊同士、互いの間合いに入らないところで東西に睨み合う形となった。清須勢の槍隊の後方では、信長と同じように馬上から清須勢に指示を出す坂井甚介の姿が見えた。坂井も次の攻撃に備えて陣形を整えようとしている。そこで双方ともにやれやれという感じで、戦いの緊張が途切れた状態が一瞬生まれた。


「やあ!」

 赤瀬の鋭い掛け声が聞こえたかと思うと、双方に生じた一瞬の隙を突くように、赤瀬の率いる数十騎が信長たちの横をすり抜けて、あっという間に清須勢の槍足軽たちの後方にいる坂井に襲い掛かった。

 次の攻撃の指示に気を取られていた坂井は赤瀬が突進してくるのに気付くのが遅れたが、すんでのところでその一撃を交わすと、さらに後方に下がっていた清須勢の騎馬隊の方へ馬を走らせる。それを見た清須の騎馬隊は坂井を救おうと動き出した。騎馬隊に合流しようとする坂井甚介に赤瀬が追いすがる。何度か大刀を斬りつけるが届かない。そうこうしているうちに赤瀬らは、逆に清須勢に取り囲まれる形となった。


「あ!」

 赤瀬のタイミングの良い突撃に、さすがは叔父上、と一旦は感心した信長であったが、今度は同じよう自分を狙った敵からの奇襲があるのでは?と身構えて辺りを見回す。すると、自分の真後ろから騎馬隊がものすごい勢いで追い越して行った。騎馬隊が巻き起こす音と風に信長は思わず身をすくめた。

「それ!我らも遅れを取るでないぞ!」

 柴田と中条が大音声で叫びながら、百騎ばかりの騎馬隊を率いてその先頭を駆けていく。二人が率いる騎馬隊は赤瀬が交戦している逆側から押し上げるようにぶつかって行った。

 赤瀬の騎馬隊と柴田と中条の突撃に挟撃される形となり、清須勢の騎馬隊は総崩れとなった。その後は騎馬同士の追いつ追われつの混戦となったが、一旦崩れた清須勢はなかなか立て直すことができない。ついには坂井甚介が柴田と中条に捕まり首を取られたところで清須勢の敗退が決定的となった。清須城に逃げ帰ろうとする清須勢は柴田と中条の追撃を受けて五十騎以上が討ち死にした。

 

 しかし清須勢への追撃を終えて、松葉と深田の両城を奪還すべく隊列を整えようとするところへ、赤瀬清六が討ち死にしたとの報告が入った。

 柴田と中条が後詰をしたことで、清須勢を討ち破りその大将である坂井甚介も打ち取ることが出来たが、真っ先に敵陣深く飛び込んだ赤瀬はあえなくその命を散らすこととなった。

「左様か」

 信光は短く答えるのみである。

「俺が槍の競り合い夢中になったばかりに。戦さ全体が見えてなかったせいで、叔父上にもとんだご迷惑をおかけしました。赤瀬殿のあの突撃がなければ兵の命も、大事な時間も無駄にするところでした」

 結果的に勝ち戦となったが信長の心は晴れなかった。柴田と中条が赤瀬に呼応して突撃をかけたことで、信長勢も面目を保った形だが、それも信長の指示ではなく戦さ慣れした柴田と中条による独自の判断であった。


 一方で、萱津での戦いに呼応するかのように、松葉城と深田城からも、清須から派遣された将兵の一部が繰り出してきたが、信長と信光が送った別働隊との交戦で死傷者を出すと、すぐに引き返してそれぞれ城に立てこもる構えを見せた。

 しかし両城に向かって進軍してくる信長の本隊が、すでに坂井甚介が率いる清須本隊を撃退したことがわかると、清須から派遣された者たちはこれ以上の抵抗は無意味であると判断し、両城を明け渡し清須へ引き上げていった。

 囚われていた孫十郎信次らも無事であり、松葉城と深田城を奪還するという信長の当初の目的は達成できた。しかし今回の戦いをきっかけに、守護斯波義統を擁する清須の大和守家と、家中の序列ではその臣下である信長の弾正忠家が全面抗争という形に発展することは、現状では信長の尾張国内での立場を危うくする恐れがあり、避けなければならなかった。これはどうしたかものか、と信長の悩みは深くなるばかりである。

「ここはひとつ、斯波義統様にご尽力いただきましょう。守護自らが尾張国内の争いを仲裁する、というのが一番筋が通っております。斯波様の権威を示す上でも好都合ですから、清須方も否とは言いますまい」

 信長の思案顔を見ながら信光が助言した。

 

 そもそも清須勢による松葉、深田両城の攻略は、守護斯波義統の暗黙の了解があった上での、弾正忠家に対する実質的な宣戦布告である。だから、紛争の一方に完全に肩入れしている斯波義統が、その紛争の仲裁をするというのはおかしな話である。

 しかし今回のように、一度ひとたび仕掛けた企みが上手く行かなくなった途端に、自分を一段高みに置いて自分は預かり知らぬこと、という態度をとるのも、守護という権威を守ための常道でもあった。そしてこうした国内の争いを収めるためには、守護のような公権力が『仲裁の労をとる』という形にするのが、紛争当事者たちにとっては双方のメンツを潰さなくて済むために有益であった。

 逆に言うとこのようなマッチポンプ的な遣り口がまかり通っていることが、諸国で争いが絶えない原因の一つでもあるのだが、、、

「では、早速その旨守護斯波様と守護代織田彦五郎殿に申し入れましょう」

 信長は叔父の助言を受け入れることにした。しかし、清須との争いは始まったばかり。信長はこの後も頭を悩ませ続けることになる。


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