決戦!桶狭間⑥ 武士の誉
「というわけでな。まぁ、一言で言って運が良かった。特に義元の首級を取れたのは偶然、まさに瓢箪から駒と言ったところだな」
桶狭間の顛末を語り終えると、信長は改めてホッとした表情を浮かべた。
「とても興味深く拝聴いたしました。公方様へ良い土産話となります。特に領民の力を借りて伏兵と見せる計略など感服致しました。事前に旗先物を預けておくなど、なかなか思いつくことではございません」
「それもどれほど効を奏したかわからん。ただ、山口 教継の寝返りがあってから8年、いつ今川の大軍が攻め込むかビクビクしておったでの。あれこれ考えて、それこそ役に立つかわからんような準備をしておく時間だけはあった」
信長は腕組みしながら答える。
「しかし、その様な計略我らには全くお伝え頂けませんでしたの。出羽介(佐久間信盛)!おぬしは知っておったのか?」
瀧川一益が不服そうに佐久間信盛に話を振った。
「まぁ、正直、あそこまで上手くゆくとは思わなかったが。ただ、領国内の争いで誰が味方で誰が敵だかわからない状態が続いておったから、、、」
どうも信盛は、事前に信長や丹羽長秀と入念に話はしてきたが、あまり楽観的な展望は持てずにいたようだった。
「まぁ、俺自身あそこまで上手くゆくとは思っても見なかったからな」
信長はその場にいる重臣たちを見回してから、光秀に話を続けた。
「天文二十一年(1552年)に突然父上が身罷って、家督を継いだと思ったらすぐに山口の寝返りだろう?で領国内はどうかと言えば、 上四郡(葉栗・丹羽・中島・春日井)、下四郡(愛知・海東・海西・知多)、それに犬山とそれぞれの城主たちが、父上がいる間は大人しくしておったのに、俺が家督を継いだとたんに何やら不穏な動きが出ての」
今この小牧山城に集まっている家臣たちも、信長の家督相続直後から信長を支えて来た者ばかりではない。
「まぁ、当たり前と言えば当たり前なのだが。なにしろ俺は『大うつけ』という悪名で通っておったし」
信長がニヤリと笑う。
「今川の侵攻を警戒しつつも、それに備えるためには領国内がまとまっておらねばならぬのに、実際はバラバラで。重臣たちもそれぞれ、それまでのしがらみもありましたし、、、」
信盛が神妙な表情で答えた。
「それについては、弁解の余地も御座りませぬ。この柴田勝家、心を入れ替え、身命を賭して殿にお仕え致しております」
柴田勝家は信長の弟信勝付きの家老として、信長への謀反に連座した前歴がある。
「わかっておるわ。大きな声を出すな」
信長の声音は意外に優しげである。
「そういうわけでの、尾張国内もモグラ叩きのように次から次と問題があって。それをまとめるのにかなり時間を掛けざるを得なかった。やっと尾張をまとめたかどうかって時に、今川が動き出したから、正直、国を挙げて今川の侵攻に備える準備などする暇もなかったからな。しかし、その時期も俺にとっては運が良かった。あと一年も早く義元に攻め込まれたら、俺はひとたまりもなかった」
信長が繰り返し運が良かったという気持ちに、偽りはないようである。
「とにかく、俺は今まで十分な準備をした上での戦など出来た試しがないのだ。誰にも腹を明かさんうちに動き出さねばならんことも多かったからな。信盛を何かと疑い深い性格にしたのはその所為か?」
信長は悪戯っぽい目を信盛に向けたが
「いや、出羽介が疑り深いのは生まれつきじゃ!」
勝家が混ぜ返した。
「とにかく桶狭間で義元を討ち取ったのは大きいな。あれからは重臣たちとあれこれ相談して物事を進められる様になったし、お陰で気持ちにも余裕が持てた。三河の松平殿との同盟もできた。これで公方様の上洛の望みにもお応えできようぞ」
光秀に向けて信長が言った。
「ところで、お願いついでに今川 治部大輔の首を挙げた御二方に是非お会いしたいものですな」
光秀は桶狭間での武勇伝から受けた興奮が醒めやらぬ、といった表情である。
「おお、左様か。小平太!近う!」
信長が上機嫌で大きな声で服部小平太を呼ぶ。
「お呼びですか」
信長に答えて、明らかに左脚を引き摺りながらやって来た若侍は、これまた不自由そうに脚を投げ出す姿勢で座った。
「服部小平太一忠と申します。このような始末で戦場での働きは出来ぬようになっております」
小平太は少し口惜しそうな表情を浮かべながら光秀に挨拶する。
「我ら武士は、仮に一生を戦場に駆けても、名を残すような働きが出来る者はほんのわずか。その若さで日の本に名を知られた小平太殿は、既に一騎当千の御働きをされたということ。まさに武士の誉、ここに極まれりということですな」
光秀は目を輝かせて小平太を称賛する。
「小平太はまだ若い。傷もいつかは癒えよう。その時はまた働けば良い」
信長は優しげに声をかける。
「有難き幸せにござりまする」
小平太は深々と頭を下げた。光秀は生真面目で実直な若侍の態度を目を細めて眺めている。
「そう言えば、もう一方は?確か毛利殿といわれた」
光秀が聞いた。
「新助はあれ以来、血生臭い戦場を嫌がりおってな。血を見ると眩暈を起こしてしまうようになっての」
信長は少し肩を震わせて笑った。
「奴ほどの槍の上手は中々おりますまい。家中では森三左衛門(可成)殿に次ぐくらいの腕前ですが」
小平太が苦笑いで答える。
「桶狭間の褒美に所領を与えたのだが、それからそこの野良仕事に夢中になって、城へ出てこなくなっての。なんとか言い聞かせて今は清須城内の出納の取り仕切りをやっておるわ。血を見ないで済むからな。まぁ、そういった仕事にもそつがない」
「左様ですか。それは」
残念、と言いかけて光秀は言葉は飲み込むと、信長と小平太に笑顔を向けた。信長や尾張家中の、こういうなんとなく甘いというか緩い所は十年前と変わっておらんな、と光秀は思ったがそれはおくびにも出さない。
光秀は斎藤道三が敗れたことをきっかけに美濃を離れて十年、諸国を渡りながら自らの身を立て来た。そのためには伝統的な弓馬の技術だけでなく、法や歴史さらに短歌といった教養、医術や農業などの実学、さらには鉄砲などの新技術の習得なども欠かしたことがない。そして自らの才能や努力によって身につけた知識と技術を、時には過大に宣伝し、時には今日のように控えめに披露し、いずれにしても最も効果のある形で表現することで自分自身の価値を高め、仕官につなげて来たのであった。
そうした甲斐があって、京都での人脈を広げることが出来、越前の朝倉家では食客として禄を食むことも出来た。そして今や、一介の浪人から再出発した自分が、室町将軍の直参にまで辿り着いて来たことを内心誇らしくも思っている。
そうした苦労人の光秀からすれば、『海道一の弓取り』と言われた今川義元を討ち取るという千載一遇の好機に恵まれ、まさに『武士の誉』をその手にしながら、それを足掛かりにさらなる出世を求めることもせずにいる二人が物足りなく感じる。そしてそんな二人をそのまま優しげに見守っている信長の振る舞いも、やはり物足りないものに思えてならなかった。
信長が本当に足利義秋の役に立ち、さらには光秀自身の栄達をもたらすだけの人間なのか、それをよくよく見極める必要がある、というのが今日の会談から一連の出来事を経て光秀が持った感想であった。
「では、早速明日早朝、公方様のおられる矢島(六角義賢の所領、現在の滋賀県守山市矢島町)の御所へ向けて出立いたします」
光秀が挨拶して座を離れたことで、自然と宴はお開きという形になった。




