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古文書を読んでみる 2

古文書の続き……。


安倍晴明さまより妖怪退治を命じられた俺、安倍之助平は夜陰に紛れて辻へ出た。腰に太刀を帯びていてはようかいに男と悟られかねないので、脇差し一振りという武装でしかないのだが、そこは柔術使い。妖怪何するものぞと意気込んで女物の衣を頭からかぶっていた。

往来に人影は絶えて久しい、街の灯りもひとつひとつ消えてゆく。良い風がそろりと流れ、女物の衣に染み付いた香りを運んでゆく。月も星も輝く夜であったが、にわかに沸いた叢雲に往来は暗転する。

そして一体何の音か? ひゅ〜〜どろどろと怪しく空気が鳴り響く。

二重三重と重ねた女衣の隙間から見やれば、天より忍び降りてくる暗黒の雲。その中では稲光か、パッパッと閃光が起こっていた。

その閃光に照らし出されて現れる、奇っ怪な獣の姿。顔はサルというよりも狒々。血のように真っ赤な顔で牙を剥き出した口は耳まで裂けていた。身体はトラと聞いていたが、トラは脚。身体は俺の目から見れば猪のように黒々とした毛並に肉が盛り上がり、トラの脚の力強さが納得できた。そして背中にはカラスのように黒いつばさ、尾はヘビという怪異の姿。

これが鼻を鳴らして、俺たちに鼻先を向けてきた。

ねらわれている。

そして俺の男臭は嗅ぎ取られていない。

四足の獣め、どう出てくるか!? 女衣の下で脇差しの鯉口を切った。

しかし出方や如何に?

というのは人の思考。妖獣の出方は、実に獣らしいものであった。女の匂いと判断するや、「轟!」と吠えて襲いかかってきたのである。身をのけ反らして、同時に抜刀。下からその胸を切り裂いた。

刃は胃袋から正確に肋軟骨を通り、鎖骨まで走った。

一拍おいてギャッという鳴き声。胃の腑、心の臓を撒き散らしながら鵺は駆け去った。落ちていた胃の腑、心の臓を脇差しで刺して斬って、それから血の跡を追う。

鵺の声で街のものも灯りをつけて表に出てきた。松明を求める。頼りない灯りをそれでも頼りに都大路をゆく。

すると北の大門手前に、相当な年を食った猪が息絶えていた。


「これなるが鵺の正体! 長寿にて妖力を帯びた猪が鵺となって娘どもをかどわかしたのだ!」


晴明さまの文言そのまま、自分が検証したでもなしに言い切ってやる。しかしそれでも、民は安堵の顔を見せる。

そして地に降りた黒雲の中から、「お父つぁん!」叫びながらかどわかされた娘たちが駆け出してきた。


かくして晴明さまの鵺退治……じつは俺の手柄は幕をおろした。柳心水袋流、秘伝の小具足技はかくして生まれた。敵の太刀を身を反らしてかわし、その動脈を脇差しにて断つ。その技の名を我が誉れに準じて『鵺』と名付けることにする。








……………………。

なんだろう、この読後感は?

ウチの流派の祖先は、安倍晴明に仕えてたとかなんとか言う、法螺にしか聞こえない話。それでいて茶ボウズ程度の身分という、バランスの取れていないリアリズム。さらには鵺とかいう妖怪退治の英雄譚。奥伝技の始まりを記すにしては、もう少しこう……なんというか。


「腑に落ちないという顔をされてますわね? どの辺りをお読みになりましたの?」


出雲鏡花が訊いてくる。


「安倍之助平さまの鵺退治だよ」

「奥伝技、『鵺』の誕生秘話ですわね?」

「どういう話しなの、出雲さん?」


相田さんが興味を持つ。


「我が流派初期の達人が妖怪鵺を退治する際に奥伝技を生み出したというお話ですわ」


さすがノート一冊、古文書を訳しただけあって、内容を熟知してやがる。


「で、柳原さん? そのくだりをお読みになって、なにか閃くものはございませんこと?」


また無茶振りをしてくる。


「なんとも胡散臭い話だとしか……」

「そうですわね、この場合鵺とかいう妖怪は実在せず、街を荒らしていたのは大猪だったと解釈するのが正しいですわね。そして娘どもは女衒に買われたか野党にさらわれたか……。そしてその大猪を退治した技は……」

「上体反らしからの、脇差しの切り裂き……」

「ではこの『鵺』という技、無手ならばどのように活用いたしますの?」


そうだ。古武道というのは動きに法則性があって、無手ならば無手の技となり太刀を取れば太刀の技となる。という具合に、すべて応用が効くようにできている。

では上体反らしからのこの一太刀。無手ではどのように活用されるべきか?


「上体を反らして、下からの一撃?」

「そうですわね」

「だけど手打ちだから威力は無いよ?」

「見えない角度から打てば十分に効く、古文書はそのように申してますわ」


そういうモノなの?

だがしかし、僕が欲しいのは投げ技なんだ。そのように述べると、出雲鏡花は「それでしたら投げ技の記載されているページを開けばよろしいでしょうに、本当に引きの悪い方ですわ」と、僕から奪ったノートをめくる。


「これなどは参考になりますかしら?」

「どれどれ?」

「あ、柳原くん。音読してもらえる? そうでないと何を書いてるかわからないから」


そうだね、この辺りの展開では、相田さんだけなんにも分からない状態だもんね。

古文書を訳した話は、今回は源平の合戦を描いたものであった。

今度の主人公は吉田忠国という免許皆伝者。そしてその伝は結論から始まる。







とにもかくにも当流儀柳心水袋流は、投げるにも当てるにもまずは体当たりに始まり体当たりに終わる流儀である。合戦というものは得物の遠間において、いえっ!

やっ! と小突きあうものには非ず。身を固める甲冑を頼りにまずは突進。体当たりによって相手を倒せば、それだけで事足りるというもの。

何故ならば甲冑というものは大変に重たいものなので、一度ひっくり返れば自力では立ち上がれないからである。倒した後は刀で首をかくも良し。鎧通しでひと突きにするも良し。むしろ花形であるというのであれば、一に前へ、ニに前へ。前進前進また前進。手柄の首など他人にまかせて、己はひたすらに敵を転ばしてまわるべきである。

その証明を記すことにするのだが、いささか自慢話、手柄話を語らせていただくので御了承いただきたい。


我らは忌わしき平氏を討ち取り、その横暴な振る舞いに終止符を打たんと集結。兵となり軍を編んで都を目指した。しかしこれを察した平家も源兵許すまじ、と布陣。川をはさんで睨み合うこととなった。

拙者吉田忠国をはじめとした柳心水袋流一党は、宗家草薙柳一郎を筆頭に最前線。徒党を組み、槍剣を撫して時を待った。


しかしなかなか突撃の命令が下りない。一刻が経ち、ニ刻が過ぎて日が暮れた。篝火の下では血気にはやる我々が噂話を始めた。


「おう、ずいぶんとにらじゃねぇか?」

「源さまは本当に平家を討つ気があるのか?」

「このまんまじゃ褒美は出ねぇ、出兵損のくたびれ儲けだ」


焦れる若党に俺が提案する。


「おう、払暁までに命令が下らんかったら、一丁俺らで戦端を開かんか?」

「いいな、このままじゃ兵糧ばかりが減るだけじゃ!」


ということで、草薙宗家に意見。うむ、とうなずく宗家もまた、手柄が欲しい。二つ返事で承諾してくれた。


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