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出雲鏡花、古文書のいらないとこだけ拾う

そしてまだ陽の昇らぬ時刻。我ら柳心水袋流十三人の頼みとするは楯のみ。しかし背後には槍を抱いた味方が三十ほど。この人数で奇襲をかけるのだ。その成功を疑う者は、我ら柳心水袋流の中にはいない。


「宗家、槍組の準備が整いました」


伝令の若党が草薙宗家に告げる。うむ、とうなずいた宗家は後方の槍組に知らせるように、サッと右手を上げた。


「これより源氏の先駆けとして、柳沢水袋流が突撃する! 者ども、遅れるでないぞ!」


おそらく平家の陣には、声こそ聞こえても言葉はわからなかったであろう。ただ、川面の鴨が一斉に飛び上がっただけである。


「楯構えっ! 突撃ーーっ!」


宗家を先頭に突進が始まった。俺も楯を構えて川を渡る。甲冑こそ重たいものではあったが、そこは我ら雑兵足軽。将の鎧ほどの重さではない。水しぶきを上げて一気に駆けた。

敵将はムウ、と唸ったことであろう。弓を射かけてくる訳でなし、槍を頼みとするでなし。ただ楯を構えて突撃してくる兵を見たのだ。

しかしそこはさすが将たる者。寝込んでいた兵を起こし、不寝番の兵には矢をつがえさせた。

だが、遅い。

飛び道具など武器のうちには入らない。錬磨を重ねた肉弾こそが戦場の頼みである。一の矢こそ楯で受けてあげたが、ニの矢はつがえさせない。楯ごと体当たりして、弓兵の陣地を瓦解させたのだ。

初撃こそ楯で体当たりしたものの、それ以降は楯など打撃の道具。みんなで振り回して敵兵をバタバタと殴り倒す。その楯も壊れ、あるいは振り回した楯をくぐるようにして敵兵が間を詰めてくる。

そうなれば楯など投げつけるだけだ。そして剣を抜いた武者どもと相対する。

しかし勢いはこちらにあり。身を低くして顔を小手の防具で隠し、すり足で突撃をいま一度。

甲冑武者の剣術など、袈裟斬りしかできぬ。鎧が邪魔をして変幻自在の素肌剣術などできないのだ。

そしてひとたび柳心水袋流が突撃の体勢を取ったならば、袈裟など容易に斬れるものではない。

八相に剣を取った隙に、一気に突進するからだ。

太刀を抜き放った者から、水袋流の餌食となる。着込んだ鎧の重さを利した体当たり。この一撃だけで吹き飛んだのである。

その中でも草薙宗家はやはり達者。投げては下から敵兵を持ち上げ、その向こうの槍平家に投げつける。打っては鎧の胴の上から。それでも鎧ごと押し込む打ちでひざを着かせていた。

敵はもう、引き技しかない。しかし水袋流においては引き技は負け技。前へ前へと出て敵陣を押し潰す。

かくして我らは平家を追い払い、見事源氏に勝ちをもたらした。後の伝によれば、平家の弱腰を笑うために鴨の羽音に驚いた平家が一目散に逃げ出したとあるが、実は我らが誉れであることを書き記しておく。








「で、鏡ちゃん?」

「なんでしょうか、柳原さん?」

「これって手柄話であって、投げ技については特に記されてないんだけど?」

「私にも分かりませんでした」


相田さんも同意してくれる。僕に分からないんだから、素人の相田さんならなおさらだろう。おう、デコ。相田さんにも分かるように解説してみろや。すると出雲鏡花はシレッとした顔で応える。


「まず表向きは、水袋流の投げ技は押し込むところ……つまり前進こそが肝、と書かれてましたわね」


なるほど、それはそうだ。だけどガムシャラに突っ込むだけの技が、現代格闘技で通用するとは思えない。


「逆ですわ、勝負や実践というものを積み重ねた藤堂さんだからこそ、前進前進また前進という展開を希望するはずではありませんこと?」


うん、確かに前へ出た方が有利だよね。


「勝ちを求める者ほど、引き技にかかるものですわ。そして引き技を活かすものこそ、強い当たりですのよ?」


それはわかるけど、もっと具体的には?


「そこまで言うのでしたら、この稽古はいかがでしょう?」


吊るされたサンドバッグに、出雲鏡花は紐を結わえた。しかしその紐はデロリと長く余っている。

六メートルほど余った紐を、僕の手首に縛りつけた。


「紐にたるみが無いようにピンと張って……そう、その間合いで。そのまま小手をクルクル回して巻取りなさいな。サンドバッグに触れたなら逆回し、サンドバッグから離れるとよろしいですわ」


ん? この技は……水袋流の鳴門という技か?

簡単に言うと鳴門という技は、相手の腕を巻き取ることで関節を極めて投げ技につなげる技だ。


「でしたら鳴門は小手先だけの技でして?」

「ん? どゆこと?」

「……ねぇ、柳原くん……。腕だけでなく全身で巻き取るってどうかな?」


なるほど相田さん、さすがアスリート。確かにそれならば、水袋流の中に巻き込みという技がある。相手が差し込んできた片腕を、脇にはさんで巻き込むように投げる技だ。なるほどそれならば、デコの言う小手の鳴門が巻き込みを活かす。

納得したところで、僕も嬉々として紐の巻き取りに取り組める。


「無邪気なものですわね」


デコの呟きが聞こえてくるけど、この際無視。


「どういうことなの、出雲さん?」

「よろしくって、相田さん? 柳原さんは『手柄話』と断じておりましたが、この古文書、大概が嘘っぱちですことよ?」

「ぅえ!? そそそそうなんですか!?」

「そうですわよ、どこの世界に万にものぼる軍勢相手に十三やらなんやらの数で攻め込んで勝てる軍がありまして?」

「なるほど……スパルタンすぎますねぇ……」

「おそらくこの一説は法螺話か与太話の類い、もしくは『ウチの流派スゲェんだぜ』目的で記されたものですわね」

「そんなものを柳原くんに読ませたんですか!?」

「投げ技の極意が描かれているからですわ」

「……あったっけ? そんなの……」


正直に言うと、あの古文書訳が嘘っぱちだという出雲鏡花の弁には、僕も少なからず動揺していた。しかしそれを気取られるとまた小馬鹿にされると思い、稽古に没頭している振りをした。


「ありましたわよ。まずは当て身も投げ技も体当たりから始まるという節ですわ。これはもう、お相撲さんを思い出していただければ結構だと思いますの」

「なるほど、お相撲さんってまずは体当たりから始まるよね?」

「下から下から攻め上げて、相手の身体を浮かしたところ……すなわち体勢不十分にしてから技を繰り出す。これは嘉納治五郎先生の柔道にも通じることですわ」


確かに……以前草薙先生も、「技は体より出るもの」と言っていた。藤堂くんの空手の創始者もまた、「技は力の中にあり!」と言ってたっけ。


「だとしたら出雲さん、柳原くんは身体が小さいからお相撲さんみたいな体当たりはできないよ?」

「そうですわね、ですが過去の宗家さまのお言葉には、こんな一節もありますの。兵の小なるは体を極め、兵の大なるは技を極めよ。……つまり小さな方は体負けしない体力をつけて、大柄な方は体力まかせにならぬよう技を身につけなさいな、と」

「なんだか当たり前のことしか言ってないような……」

「当たり前のことをさも偉そうに語るのが古文書ですわ」


だからさぁ、デコや。純真な相田さんをお前の腹黒ワールドに引き込むなって。相田さんは一般人なんだぞ、一般人。お前の毒をまともに浴びせたら、即死してしまうだろうが。


「ですが相田さん、あの小柄な柳原さんでも体重を倍にしたり藤堂さんに体負けしない方法がありますのよ?」

「え!? そんな方法があるんですか!?」

「それが先程まで行っていたコンニャク踊りですわ。身体を水の入った革袋に見立てて、よりかかる、当たってゆく。ドシイィィン……と。それだからこそ水袋流すいていりゅうという名が冠されてますの」

「じゃあ、あんな腕グルグルよりもコンニャク踊りを練習した方が……」

「それが柳原さん、あれでコンニャク踊りはそこそこ出来上がっておりますので、今は水袋の身体を渦に変化させているところですの」


へぇ、こんな僕でもそれなりに出来てはいるんだ?


「ただ惜しむらくは……」

「惜しむらくは?」

「滝行や水行をしていないことですわね。それをこなさなくては水の心は求められませんわ」

「大変なんだねぇ……」

「えぇ、簀巻きにされて滝壺に放り込まれる稽古をしなくては、極意にいたりませんの」

「ちょっと待て! いや、激しく待て! 出雲鏡花、お前は僕を亡き者にしたいのか!?」


さすがに僕もツッコミを入れる。そうしなければこのデコに、いいようにされてしまいそうだからだ。


「あら柳原さん、稽古の方はよろしいんですの?」

「いやいやいや、生命の危機が迫ってるのにそれどころじゃないでしょ!? そんな稽古をして生きて帰れると思ってんの!?」

「古文書には宗家を襲名するに、この行をおこなうのだがその中から生還した者を宗家とする。とありましたわ」

「お前さっきから古文書は嘘っぱちだの法螺話だの言っといて、そういうとこだけ史実として拾うのかよ!?」


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