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古文書を読んでみる

「それまで!」


草薙先生の声が響く。榊原くんはまだ立ち上がることなく、尻もちをついたままで呆然としているようだ。

しかしすぐに我に返ったようで、「まだまだ!」と立ち上がる。


「いや、頭部に一撃を食ってのダウンだ。これ以上は組手をしちゃいけない」


健康面を重視して、草薙先生は組手を止める。


「今日はコレのスパーに付き合ってくれてありがとう、もう十分だ。助かったよ」


打撃の専門家でありながら柔術家の打撃に倒れた榊原くんをねぎらった。


「太一郎はまだ研究したい技があるだろ? 鏡花に見てもらって素振りをしておくように」


さすが草薙先生、わかってらっしゃる。今回のスパーで僕はまだ投げ技を使っていない。このコンニャク戦法、タコの動きを投げ技に活かすには……。まだまだ柳心水袋流の奥伝には届いていない。

草薙先生は榊原くんを車で送って行くと言って出て行った。残されたのはデコ・出雲鏡花と相田ひかるさん、そして僕。知識だけは免許皆伝な出雲鏡花は「さて」と言ってポンと手を打った。


「相田さんは帰りが遅くなってもよろしいんですの?」

「はい、今日は両親とも遅くなるって言ってたから」

「ではいま少し、このタコ踊りを拝見していかれますか?」

「いい……かな? 柳原くん……」


相田さんは上目遣いで僕を見てくる。こんな眼差しを向けられて、断れる男子がこの世にいようか?

いや、いるまい。もしもこんな仕草を計算無しでしているなら、相田さん……天然の男たらしだぞ?

そしてもちろん、ボクシングにそれを断る術などあるはずもなく、唯々諾々とうなずくしかなかった。

照れ隠し、というのではないけど、まずは先ほど披露した振り回しの打撃練習を素振りで。これにノーモーションの足さばきを組み合わせ、上半身にタコの動きをくわえて威力を増す。


「それにしても出雲さん、あのクネクネとした動きであんな大きな人を倒すなんてすごいねぇ」

「まだまだ、この程度で驚いて頂いては困りますわ。柳原さん、拳を掌に変えてみなさいな」


掌、つまり格闘技用語あるいは空手用語でいうところの掌底だ。掌打とも言われる。これは正拳よりも速く、脳などへのダメージに限るならば上だと言われている。

頭を振って頭を振って、イメージとしてはボクシング漫画の超有名作品に必殺技として登場した、デンプシー・ロール。

頭を振った勢いを掌に乗せて、思い切り振り抜く!

シュウ! 指先で空を切る。


「もっと脱力なさいな、あなたの掌は、紐の先に結わえられた分銅ですわ!」


やかましいなぁ、と思いつつ出雲鏡花の言葉に従う。

すると掌全体が、ブン! という唸りを上げた。


「とりあえず、打撃が少しくらいは向上しましたわね」

「じゃあ投げ技を教えてよ」


僕が言うと、出雲鏡花は鼻を鳴らして笑った。


「古文書や伝書のひとつも読まないから、他人に教えを乞うことになりますのよ?」

「とかいいつつ出雲さん、学生鞄からノートを取り出してますね」

「相田さん? 察しのいい子はキライですわよ?」


自分より格下と、相田さんのことを見ていたのだろう。

行動を見透かされて、出雲鏡花はおでこまdw真っ赤になっていた。

しかし、差し出されたのは『鏡花ちゃんノート』なる一冊。ほう、デコ、お前はボクシングにこれを読めと?


「いざ戦闘というときに本当に役立つ技というのは、教えられたものではなく自分で掴み取ったものですわ」


いや、読むのは構わんが、インチキ伝書を写しただけとか言わないよな?

怪訝に思っていると、「あら、読みませんの?」と鞄にしまおうとする。だが、身体能力ではるかに上回る相田さんにあっさりと奪い取られてしまった。


「柳原くん! 読んでみようよ、なにか勝利のヒントがあるかもよ!?」

「うん、相田さんがそう言うなら……」

「あら、わたくしが差し出したときは躊躇したのに。おとなしい顔してとんだエロ河童ですわね」


うるさいよデコ。黙れデコ。お前の言うことと相田さんの言うことには、信頼性において天と地ほどの開きがあるのだぞ。まずはそれを思い知れ、そして猛省せよ。まあ、お前が反省するなど、地球が逆回転するくらいにありえないことだけどな。

とりあえず相田さんからノートを受け取る。そしてパラリと開いたページ。女の子らしい文字がビッシリと並んでいた。


「鏡ちゃん、案外可愛らしい文字を書くのな?」

「お黙りなさい! 文字の拙さはわたくしの恥部ですのよ!」


へぇ〜そーなんだー。だけど慣れると読みやすいぞ?

ふむふむ、『柳心水袋流というのは、己の肉体を水が入った革袋と心得るところから始まる。我がそうなら彼もそう。この水が入った革袋をいかに扱うや?

それこそが当流儀の要となるところである』なんだか難しそうだな……。






俺の名は安倍之助平。かの高名なる暦職人、安倍晴明さまの茶ボウズとして仕えている。茶ボウズなどと侮るなかれ。我は晴明さまより安倍姓をいただくほどの忠臣。晴明さまも俺のことは決して下には置かぬ扱い。

何故ならば俺は刀剣持ち込み禁止な宮廷にも大手を振ってまかり通ることのできる武術家、柔術使いだからである。

よって宮中にある晴明さまを守るは我ひとり。重宝されるのも理解できよう。

その晴明さまが茶を喫しながら一言。


「近頃巷では怪異が生じていると聞く。これ助平、そなた行って調伏してまいれ。もちろん手柄はこの晴明のもの。危うきはそなたが賄うべし」


無茶振りもいいところだけど、晴明さまに頼られては仕方ない。一丁怪異だかなんだかを懲らしめてやるか。

ということでやって来た、都大路の大きな辻。そこを通る者は夜な夜な怪異に見舞われるという。


「実際、どんな怪異なんだろうな?」


頼まれれば即立つ。仔細をうかがわずとも立ってしまう。そんな自分の性分が、これほど恨めしかったことはなかった。とりあえず商店街というものなので、付近の住民に話を聞いてみる。


「へぇ、鵺が出るんでガス」


商人は怯えた様子で言う。


「鵺? なんだそりゃ?」

「へぇ、顔はサル、身体はトラ、尾はヘビ。背中にはカラスみてぇな真っ黒い羽根を生やして、その姿を見た奴ァ魂を吸い取られておっ死んじまうんでさぁ」


姿を見たら死ぬ割には、ずいぶんと詳しく容姿を説明してくれる。誰の目撃証言よ、それ?

ま、それはさておき。


「して、そのあやかしなるはいかなる害をもたらすか?」

「へ、女御どもをさらって行きますダ。庄助ンとこのお花も平治ンとこのおヨネも、十三ンとこのお多喜も、評判の娘はみんなさらわれてしまっただよ」


ますますおかしな話だ。本当にいるのか、その鵺とかいう妖怪は?


「いますともよ! オラこの目ではっきり見たんダ! おっそろしい妖怪が真っ黒な雲ン中から、こう……ドロドロ〜〜っとよ」


お前それでよく生きてんな。見かけ以上にタフなんじゃねぇのか、おい。


「それでお武家さんは何をしよってんで?」

「うむ、かの高名なる安倍晴明さまに命じられ、その鵺とやらを退治に参った」

「ふぇ!? あの化け物と? そいつぁ豪気な方だ!」

「それで商人よ、ひとつ頼みがある。若い娘の衣を何着が用意してくれ。新品ではなく着古した物、そう……脱ぎたてホヤホヤならばなお良しである」

「そんなもの、どうするお積もりで?」

「娘御の匂いで、今宵鵺をおびき出す」


評判の若い娘ばかりさらうとは、このスケベ妖怪め。この安倍之助平がホンモノのスケベというものを見せてくれるわ!

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