表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

ようやくライトな展開

そして夜の稽古。

いつものように道場に入ると、すでに草薙先生がいた。今日は仕事の整骨院が休診日だったそうで。しかしそれはいいとして、出雲鏡花もいる。もちろんこれも当たり前、だけど相田ひかるさんまでいた。いや、そこまでは一向にかまわない。だけど袴を履いていない稽古着姿、というか空手着。胸には藤堂くんの団体のシンボルマークというか流派名が刺繍されている。


「草薙先生……そちらの空手少年は?」

「あぁ、藤堂くんとやらと同門の少年、榊原くんだ。今日は無理を言って、お前のスパーの相手をしてもらう」


いえ、同門ということは、奥伝技が漏洩するのでは?


「太一郎、お前の奥伝技なんざ、まだまだ熟成がたりてねぇよ。盗まれたとこで大したこた無ぇさ」


それよっか本物のフルコンタクト空手を体験しといた方が為になるだろ? と、草薙先生は情報漏洩などまったく意に介していない様子。


「ついでにもうしあげるのでしたら、柳原さんの出来に胸を痛める乙女、相田ひかるさんにも仕上がり具合を見ていただきますわ」


そうだよね、相田さんも公開殺戮ショーなんて見たくないだろうからね。

とはいえ出雲鏡花よ、僕だってそう安々とやられるつもりは無いんだ。お前なんぞと違って僕は汗を流す人。日々進歩をしているんだ。

藤堂くんにも匹敵する巨漢、榊原初段は「準備運動が済んだら呼んでください、押忍」と言うけれど、「あぁ、ちょっとまってて。着換えが済んだらすぐはじめられるから」とこたえる。すると榊原初段(黒帯にきんすじが一本入っているので、初段だとわかる)は「ナメんなよ、チビ助」とでも言いたげに青筋を立てた。

準備運動、それはこの道場では草薙先生に禁じられていた。

古武道の精神である。つまりいつどのような場面で、闘争が始まるかわからないのがスポーツと武術の違い。だから士たる者、出かけるまえに準備運動は終わらせておくべきだ、というのである。

しかし一般稽古では事故防止の意味も手伝って、準備運動はキチンとおこなっていた。僕も普段は準備運動をしているけど、実際には学校で柔軟体操くらいは済ませていた。つまり奥伝稽古で準備運動をしていたとしても、それは実技の時間を少しでも短くするための苦肉の策なのだ。

袴姿の稽古着で道場に出る。しかし殺気を感じた。すぐに上体を屈める。頭の上を榊原くんの拳が通過して行った。


「悪いね、君の師匠が不意打ち結構! とか言うもんだからさ」


そう言う榊原くんのこめかみには、冷や汗が流れている。僕が初弾を外したのが、意外だったのだろう。だけどこのくらいはこなせないと、草薙先生の弟子(この場合一般門下生とは違い奥伝を教わる者)はつとまらないのだ。


「準備運動は済んでるみたいですね? ではお願いします」


一応礼から始める。その方が彼も全力を出しやすいだろうから。

だが草薙先生がストップをかける。


「おいおい、榊原くんは借り物なんだぞ。防具くらい着けようぜ」

「……自分は、かまいません」


榊原くんは硬い表情で言う。しかし草薙先生はそれを許さない。


「拳士たる者、規定の装備はしておかないとダメだ。防具無しで打ちのめしたところで、大した自慢にゃならないだろ? やるなら防具をつけた相手だ」


これって、遠回しに空手じゃ防具有りを倒せないだろ? 防具つけた相手を倒せなきゃ古流には通用しないぜ? とか言ってんのかな? 割と失礼ですよ、草薙先生。

改めて、互いに防具を装着。そしてキッチリ礼をしてからスパー開始。

榊原くん、ガードは高いけど下半身はフルコンタクトスタイル。つまりいつでも蹴りを出せるぞ、という構え。

僕は両腕をダラリと垂らして、右足前の剣術の構え。見えない剣を手にしたような、ゆるいゆるい拳。

ジリ……と詰まる間合い。榊原くんは牽制の前蹴り、だけど嘘んこだということは先刻承知。相手の間合いは「こんなとこか……」という程度。だけど次の蹴りは前蹴りから回し蹴り、僕の頭部を狙ってきた。

刹那。

ベトン! 僕は懐へ飛び込んでコンニャク四季の当て身、というか体当たり。腹部あるいは肋骨の向こうでグニョリとした手応え。榊原くんは、あっさりとダウン。


「おぉっ、この技はっ!!」

「知っているんですか、出雲さん!?」


聞こえてくる出雲鏡花と相田ひかるさんの会話。


「秘伝書『への三巻』記述、『餅抱かせ』ですわ!!」

「そんなにすごい技なんですか、出雲さん!?」

「永明年間、時の三十八代目宗家小柳文次郎は、米俵を三俵をかつぐほどの大力の猛者であったのですが、変形する餅は同じ重さでも大層かつぎづらく、悪戦苦闘したところから生まれた技ですわ!」

「すごい技なんですね! 出雲さん!!」

「そんなの嘘っぱちですわ。熱いお餅を担ごうとしたら大火傷ではすみませんことよ?」


出雲鏡花、お前本っ当にヘソ曲がってんのな。自分の流派の伝書くらい信じてやれよ。

っつーかへの三巻ってナニよ? への三巻って。それ自体がお前の嘘っぱちじゃねーのか? もっと言わせてもらえば、永明なんて年号ホントにあったのかよ?

ひょっとしたら「令和」に決まる前に候補して予想されたハズレのひとつじゃねーのか?

すると草薙先生まで……。


「……太一郎」

「なんでしょうか?」

「よくぞ習得した、餅抱かせの技」


いえ、草薙先生。目が笑ってますよ?

しかしこんなふざけた解説の中、榊原くんは健気にも立ち上がってきた。


「悪いね、待たせちまったかな?」

「まだ出来そうかい?」

「心配ないよ、元気一杯さ」


榊原くんの構えがコンパクトになった。ギュッと圧縮したように、筋肉質の巨体がひとつの肉の塊になる。明らかに、ぼくの攻撃……餅抱かせとかいうインチキくさい名前のワザに……警戒しているのだ。

ユッサユッサと全身でリズムを取り始める。きっと踵は浮いているのだろう。ステップワークを重視して、足で僕をかわそうとしているようだ。

そして防御だけでなく、攻撃も。

鋭く踏み込んできた。同時に左を伸ばしてくる。だけど踏み込みの距離があまりにもリードブローと分かりやすかったので、これは足で捌かせてもらう。だけど相手の攻撃がわかっているんだから、僕も当然のようにお返しさせてもらう。

左のブン回し一発。小さな僕の拳は、榊原くんのスーパーセーフを真正面からとらえた。


「ムムッ! あ、あの技はっ!?」

「なにか知ってるんですか、出雲さん!」


またも出雲鏡花と相田ひかるさんの会話が聞こえる。

どうやらこの二人、この路線で乗り切るようだ。


「古文書『柔心は愛より出ずる』に記載されていた、相討ちの一手!」

「出雲さん、どんな技なんですか!?」

「愛し合う二人の心が憎しみに変わっても、相手と同心になりカウンターをお見舞いする技。つまり相手の出方を知りたければ、相手と身も心もひとつにならなければならない、ということですわ」

「愛のある闘いなんですね? ロマンチックな技です!」

「そうとも言っておられませんわ、相田さん! そうなると二人はホモということになりますのよ!

しかも弱っちい柳原さんが屈強な榊原さんを打ちのめす、これは……専門用語で言うところの『下剋上』ですわ!」

「ますますロマンチックです、出雲さん! ハァハァ……」


こら、デコ。そこのデコ! お天道さまの下の住人である相田さんを、日陰の趣味に目覚めさせるんじゃない!

相田さんはお前と違って公明正大な世界の住人なんだぞ! おかしな世界に引きずり込むな!

と、そんなことを言う間も無く、榊原くんは僕に向き直る。

やはり横に回られるのはイヤなんだろう。左を振り回して僕の腹を狙ってくる。当然これも足捌きでかわす。かわすけれど、お釣りの前蹴りをひとつ、受け取ってもらう。面白いもので、人間というものはローをもらったらローを返す生き物らしい。榊原くんも例外なく、僕の前蹴りに前蹴りを返してきた。だけど僕は後退していて、すでに前蹴りの間合いから外れていた。


榊原くん、猛然と前進。僕は間合いを潰すように前進。ヌルリとした足取りで榊原くんの側面……つまり左側に出た。先程と同じく左の振り打ちも飛ばしたけど、榊原くんこれはきっちりガード。

ならばと僕は近い間合いで、右の振り打ちを顔面へ。これは完全な死角だったようで、きれいにヒット。榊原くんの動きが止まる。

ならばと小さい振り打ちを左右上下に打ち分けて、ペチペチだけど四連打。ガードに阻まれはしたけど、腹の二発はきれいに入った。

いや……来る! 榊原くんの目がギラギラしている。いきなりの右! これは上体を反らしてなんとかかわす。今度は左を振り回してきた!

これも上体をグンニャリさせて逃れる。だけどそれだけじゃ面白くない。上体を反らした体勢から、からかうような手打ちの拳を下から一発。

なにをもらったのかわからなかったんだろうね。榊原くんの動きがこの一発で悪くなった。


逆に僕は自分の動き自信が持てた。上半身の力が抜ける。グネグネと奇っ怪なメロディーが全身に鳴り響いている。腕をダラリと、ノーガード戦法。だけどボクシング漫画の不良少年のような、相討ち覚悟の闘い方ではない。ガードが下がると視界が開ける。視界が開けると相手の動きがよく見える。

だから足だけでかわせるし、上体反らしだけでかわせるんだ。

ヌルリヌルリ、上半身を動かしながらメロディーを生み出す。榊原くんは後ろへさがる、誘っているようだ。……きっと一発を狙っているんだろう。

ノーガードにしていた腕を上げて、タコ踊りのようにグニャグニャと動かした。これは僕からの誘いでもある。まだ試していない技、コンニャク踊りを防御に活かしてみる。

来た! カラテお得意の左の前蹴り! だけどそれはフェイント、榊原くんの黒帯が揺れる。左足を着地させず、そのまま上段回し蹴り!

僕は上体反らし、そしてタコ腕を回して蹴り足を弾く。完璧な受け流しだ。

上体を反らしてその反動で回転させて、一歩踏み込む。上半身を振り回しながら打ち込むビッグブロー、これが榊原くんの面を鳴らした。


「こ、この一撃はっ!」


もういいから、デコ。


「知っているのか、出雲!?」


相田さんもノリノリですなぁ。でもあんまりそのデコに付き合っちゃダメだよ?


標準装備デフォルトとなりつつある二人の会話は無視。何故なら榊原くんが尻もちをついたからだ。


今回フルコンタクト空手の榊原くんには割りを食っていただいておりますが、実際にはこんなに都合よく展開はしません。フルコンタクト空手のパワーと来たらあなた、野球のバットを振り回す暴漢を相手にした方がまだマシってくらいに凄いんですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ