奥伝、稽古始め!
熱弁を振るい僕のことを窮地に陥れんとする出雲鏡花。面白半分にそれを煽り立てる野次馬たち。そしてMC然とした出雲鏡花に招かれるかのように、壇上へと上がる藤堂くん。まるで役者が出揃ったかのようである。
「藤堂選手、この度はわたくしのワガママで柳心水袋流のヘッポコの挑戦をうけていただき、誠にありがとうございます。」
「いえ、俺の方もこういったルールで古武道がどのような闘い振りをするのか、すごく興味がありましたから」
一聞すれば道の追求のため、とか空手道の研究のため、という具合に聞こえるだろうけど、藤堂くんの眼差しは戦闘モード。とにかく挑んで来る者はすべて喰らい尽くす、という目をしている。
「自信のほどはいかばかりでしょうか?」
「押忍、カラテは常にベストコンディション、常在戦場を心掛けてますので、押忍」
「藤堂選手はウチのヒョロチビをどのように見ておりますの?」
「押忍、柳原くんのことは名前の通り、自分の攻撃を柳に風、あるいは草葉が揺れるかのように受け流してくるものと考えてます、押忍」
そりゃそうだ、フルコンタクト空手の攻撃をまともにもらったら、命がいくつあっても足りないだろうね。
「柔術対策は、なにか考えておりまして?」
「押忍、寝技対策と投げ技対策を。顧問が体育教師の山崎先生ですので、助かってます、押忍!」
「ずいぶんと用心深いのですわね」
「古流柔術となれば、何を仕掛けてくるかわかりませんから、押忍!」
普段はそんなことないんだけど、藤堂くんは「押忍」を連呼。すでにカラテモード全開ってやつだ。その迫力を肌身で感じていると、出雲鏡花が僕を手招きした。壇上に上がれ、ということらしい。
向かい合わせに立たされたけど、藤堂くんはやはり見上げるほど大きい。制服の胸ボタンが弾けそうなくらい胸板も厚い。この筋肉が、僕に襲いかかってくるのか……そう考えると、やはり生ツバを飲み込んでしまう。
「やあ、柳原くん。最近相田さんと仲がいいみたいだね?」
僕にだけ聞こえる声で、藤堂くんが囁いてくる。
「あ、挨拶程度の仲だけどね」
「俺は挨拶すらしてもらえていないよ」
これまた小さな声。
ん? もしかして僕が相田さんと挨拶を交わしていることが気に入らないのかな?
とすると、もしかして藤堂くん……相田さんのことが……。
「試合ではお互いに全力を尽くそうじゃないか、柳原くん!」
「あ、あぁ……そうだね、藤堂くん……」
なんとなくだけど、彼が僕なんかを目の敵にする理由がわかったような気がする。
そして試合場では、情け容赦の無い攻撃を、僕に向けてくることも……。
出雲鏡花は試合前のお二人の様子でした! などと場を締めくくっている。
なんと僕は出雲鏡花の面白半分と、藤堂くんの嫉妬心のために命の危機にさらされるのだ。
どうして僕はこんな目に……。
奥伝を授けてやるという眼の前のニンジンに気を取られて、気がつけばのっぴきならない場所へと追い込まれてしまった。願わくば奥伝技よ、君があの屈強な若者を打ちのめし、僕を死地より救い出すだけのモノであってくれ。
絶望という名の快速列車に乗せられて、道場へ。草薙先生はおろか、まだ門人の一人も来ていない無人の道場に夕日が差し込んでいた。
「あら、遅かったんですのね?」
いや、地獄への案内人。出雲鏡花がいた。右手に一枚、左手に一枚、雑巾を持っている。そしていつものように稽古に参加する気が無いのだろう。学校指定の制服姿のままだ。
「これでも学校から直行だったんだよ。それだけ足取りが重かったものと察してくれ」
僕の返事などまったく意に介さず。出雲鏡花は「さっさと稽古着に着替えて来なさいな」と言う。なんでも草薙先生から、奥伝稽古のメニューを預かっているらしい。
それならそうと早く言ってもらいたいものだ。すぐさま更衣室に飛び込み、稽古着の上下を着込んで袴を履いて黒帯を締める。道場に入ると壁にキックミットというか、大型のクッションが立て掛けられていた。
「ここに二枚の雑巾がありますわ。これを踏んで道場を往復、壁まで到着したらクッションに身を預ける。草薙先生の言いつけですわ」
なんだそりゃ? 半分口から言いかけた。しかし出雲鏡花は、これが奥伝稽古の第一歩ですわと言う。
仕方ない、言われたままにするか……。僕は板の間に雑巾を踏んで、すり足で前進。壁まで来るとクッションに身を預けた。
「硬いですわね、もっと柔らかくできませんの?」
何もしないで口だけ先生な出雲鏡花が言う。神棚の下、いわゆる先生席とでも言うべき場所に正座して、である。なに様のつもりだろうか?
とは思ったものの、いやしくも相手は免許皆伝。そして古文書文献、巻物などは目を通している人間。逆らうことはできない。
「足取りが重たいですわね、もっと軽快に、羽根のように」
「相手はクッションですのよ? もっと力を抜いて、抱かれるように身を預けるのですわ」
「どうしてこんなに足が遅いのでしょう? 足が遅ければ学びも遅いですわね」
こちらが反論しないことをいいコトに、空き放題言ってくれる。
そんな理解不能な稽古をしていると、社会人の門下生たちが三々五々と集まってきた。雑巾歩きをしている僕を見て、「おう、新しい稽古だな」とだけ言って更衣室に入ってゆく。
草薙先生も道場に現れる。しかし出雲鏡花に僕をまかせているのか、僕には一言も無い。僕が雑巾がけをしている間に、通常の稽古が始まってしまった。準備体操から基本の空突き空蹴り、そして二人一組になっての投げ技。さらには初伝の型稽古。それなのに僕だけ雑巾歩きとクッションへのもたれかけが延々と続く。
途中、席を草薙先生に譲った出雲鏡花がなにやら耳打ちしてたけど、次の稽古に移る気配が無い。そんなことをしているうちに一般稽古も終了。みんな「お疲れさま」と言って帰ってしまう。
僕も草薙先生から、ようやく「止め」の号令をかけてもらえた。
すると道場の中央に買い物カゴが四つ並べられていた。その中央に立つよう言われる。僕の眼の前、足元に空のカゴがふたつ。背後にピンポン玉の入ったカゴがふたつ。
「明日の稽古の予告だ」
稽古日は通常月曜日だけ週に一日なのだけど、明日も来いと言外にいっている。
「身体をひねって、右手で左後ろのカゴからピンポン玉をひろって左前のカゴに入れる。次に左手で右後ろのカゴからピンポン玉をひろって右前のカゴに入れる。しっかり身体をひねって、起き上がって、それから前屈するように身体をしっかり倒す。決して手を抜かないように」
言われたとおりに、何回かピンポン玉を移し替えてみる。しかしヒョイヒョイとやることは許されない。一回一回の動作を確実に、丁寧にやるよう申し付けられてその日の稽古は終わった。
雑巾がけといいピンポン玉の移し替えといい、なんやらよくわからない稽古だ。




