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マジかよ、出雲鏡花……

藤堂くんが謎の殺気を僕に放ち、その強烈な空手と対戦するような話につながっているけれど、僕にはイマひとつ実感が湧いていなかった。そりゃそうだ、師匠である草薙先生が奥伝を授けてくれると言っておきながら、その日の稽古では伝授してくれず、いつものように家へ帰ってしまったのだから準備も実感もあったものではない。というか、奥伝教授ということに浮かれてしまって、そんな事実も気にしない、藤堂くんと闘うとかなんとかという話も頭から飛んでしまっていた。

だけど翌朝、教室に入ると藤堂くんとの立ち合いを否が応でも実感させられることになる。


教室に入って自分の席に学生鞄を置く。

するとクラスの人気者、というかもうクラスのアイドルということにしておこう。相田ひかるさんが僕のそばに駆け寄ってきた。


「あ、おはよう。相田さん」


僕はいつものように紳士的な挨拶。ところが相田さんはそれどころではない様子。切羽詰まったような顔で僕に訊いてきた。


「柳原くん、藤堂くんと闘うって……ホント!?」


いつもとは違う反応に、僕もちょっと面食らう。


「んーー……昨日の稽古でそんな話もあったけど、出雲鏡花が持ち出しただけの話だから……」


そういうと、相田さんは片手で顔を抑えて天を仰いだ。


「なに、どうしたの?」

「その出雲さんが! 藤堂くんに挑戦状を出したの! みんなの前で! そちらの空手とこちらの柔道、どちらが勝つか勝負いたしましょう。って!」

「なんだ、あのデコ藤堂くんと勝負するのか。……ロクに稽古もしてないクセに」

「違くて! そうじゃなくって! こちらは柳原くんを出しますわ。なんて言っちゃったのよ!」


ほう、僕が藤堂くんと闘うと……ってホントの話かよ!!! 一座の興とかいう話じゃなくって? あの殺人パンチと闘うの!? 僕が!?


「っていうか柳原くん、柔道やってるの?」


そうか、相田さんは女の子。柔道と柔術の区別がつかないのか……。


「柔道じゃないよ、柔術って言ってね。柔道の元になった大昔から続く武術なんだ」

「だとしたら、すっごい必殺技とかそういうのがあるの?」

「聞いたことがない。流派の中にはあるのかもしれないけど、そこまで習ってない」


またまた相田さん、世を儚んだかのように片手で顔を隠し天を仰いでいる。もしもアテレコするならば、その台詞は「Oh……」だろう。

っていうか、そんなのんきなこと言ってる場合じゃない! なんでそんな話になるんだよ!?

慌てる僕を尻目に、当の出雲鏡花が壇上に上がり、みんなに一礼する。


「れでぃ〜〜す! えーんジェントルメーン! ひあうぃーごー……モニョモニョ」


威勢よく英語で切り出したが、こいつ実は英語が苦手だ。ちなみにコイツのことをデコと呼称したのは、長いストレートな髪をカチューシャでオールバック、おでこ全開にしているからだ。

それでも金持ち令嬢、お顔の出来映えはよろしい部類でそれなりの人気はある。


「ご来場の紳士淑女のみなさまにお知らせいたしますわ!

来る文化祭最終日、校庭の特設試合場におきまして空手部のホープ藤堂進さんと、こっそり古武道を習っていながらもその腕前を披露する場所が無いという憐れな陰キャ、柳原太一郎さんの公開試合が開催されますのよ!

片や真摯に空手道と向き合い、さらなる高みをめざすため挑戦を受ける熱血漢、藤堂進選手!

片やちょっと目立ったことをして、あわよくば女子から注目を集めたいという見下げ果てた下衆根性の根暗少年、柳原太一郎!

どちらが勝利するかは火を見るより明らか! とてもではありませんが賭けが成立しませんわ!」


出雲鏡花がハリセンで教壇をペシペシ叩きながら口上を述べる。……っつーか、おう、デコ。そこのデコ。デコデコデコ、お前同門である僕のことをおとしめたいのかよ?

しかし僕の不満がデコ娘に届くような暇なし。その手の話を好む男子たちが、出雲鏡花の元に集まった。


「出雲さん、柔術って言ったけどブラジリアン柔術なの?」

「いえ、生粋の日本古武道ですわ」

「柳原くんの習ってる流派って、大東流?」

「いえ、惣角先生の大東流よりも、わたくしどもの流派は歴史がありますの」

「ってことは出雲さんも柔術を!?」

「父が柳原さんのお師匠さまの弟弟子なので、その御縁というか義理許しの免許皆伝。実技はからっきしですのよ?」

「で、なんていう流派!? なんていう流派!?」

柳心水袋流りゅうしんすいていりゅうと申しますの」

「失礼ながら、聞いたことの無い流派ですねぇ……」

「遡ること一五〇〇年前より、妖怪変化魑魅魍魎から宮廷を守護する任に当たっていた流派らしいですわ」

「歴史ある流派なんだねぇ……」

「おそらく嘘ですわね」


え!? 嘘なの!? だって草薙先生がいつも……。


「まず伝承をさかのぼってみますと、それまで雅な感じのした宗家の名が、江戸初期辺りから急激に下級武士の名前になっておりますの。しかもその頃の技術ときたらかなり原始的なものでして、そこから幕末期に向けて技術技法が熟成していきますの。わたくしの読みではこの江戸初期の方が開祖、それ以前の宗家はすべてでっち上げですわね。というか妖怪変化から宮廷を守護するって、なんなんですの? おとぎ話をイイところですわ」


嘘……そんな……。


「まあこのような歴史偽造などというものは比較的多いものなのですが、一部純粋すぎて気の毒なまでの方などは、疑うことなくすっかり信じてしまって今ごろ気落ちしていることでしょうね……」

「で、実際のところ柳原くんの勝算はどれほど?」

「藤堂選手が様子見をしているうちは、柳原選手の突き蹴りも当てさせてもらえるでしょうが、藤堂選手が本気を出したなら……」

「出したなら?」


出したなら?


「秒殺どころでなく瞬殺ですわね。もしくは死に至るレベルで深刻なダメージを負うでしょうね」

「突き蹴りって、そりゃぁ柔術は拳法に近いとか言われてるけど、出雲さんたちの流派も突き蹴りが多いの?」

「あら、これはうっかり口がすべりましたわ。彼を知り己を知らばなんとやら。情報を漏らさないのは兵法の基本ですのに……」


嘘つけ! それこそが嘘だろ!? こらデコ、そこのデコ! お前いまワザと僕の練度や流派の特徴漏らしただろ!! お前は一体どっちに勝ってもらいたいのさ!!

しかし、デコの話が耳に届いたのだろう。相田さんの健康的に日焼けした顔から血の気が引いてしまった。


「あ……あの……柳原くん?」

「はい、なんでしょう?」

「あんまり無茶はしないでね?」

「善処します、というか相田さん。この試合止めることはできないものでしょうか?」


う〜〜ん、と唸って相田さんは腕を組んで考え込む。

そこに届いてくる出雲鏡花たちの声。


「それで出雲さん、試合はどういったルールで行われるんですか?」

「体育主任の先生が空手部顧問……つまり柔道の有段者でもありますので、主審をお願いしようと考えておりますわ。そのうえで総合格闘技に限りなく近いルールを採用。安全面も考慮しなくてはなりませんわね」


とかいってお前、さっき瞬殺とか深刻なダメージとか言ってただろ、コラ。


「一応出雲グループ傘下の総合病院と直通の救急車も手配しておりますわ」

「さすが親の代からの同門。お父さんの理解もあるんだね?」

「父も仕事が無ければ観戦に駆けつけたいと申しておりましたわ♡」


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