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テイクダウン

校内放送がかかった。


「一年二組柳原くん、一年二組柳原くん。一年二組藤堂くん、一年二組藤堂くん。文化祭イベントの時間が近づいて来ました。指定された控室に入ってください」


僕は相田さんの顔を見る。可哀想に、僕なんかよりずっと緊張した顔をしている。


「じゃあ、行こうか。相田さん」

「う、うん……」


さっきまでは体育会系のノリで、「イケるイケる!」なんて励ましてくれてたのに。

今はなんだか僕よりも凛々しく、厳しい表情だ。

僕の控室は一階、玄関から入ってすぐ。多目的ホールという部屋。本当は廊下からガラス張りで丸見えなんだけど、今日は新聞紙を張って視界を塞いでいる。

そして控室の前には、僕の友人である陰キャくんたちが数人待ち構えていた。なにか声をかけてくれてたようだけど、僕の耳には入らなかった。

そして控室、すでに出雲鏡花と草薙先生が入っていた。ダサジャージの下にTシャツという姿。


「ようやく来たな、色男」

「ささ、同伴出勤の相田さんも、学校指定のジャージに着替えてきてくださいな」


一度女子トイレへと追い出される相田さん。

すると草薙先生は、僕にシリアスな眼差しを向けた。


「太一郎、お前のとこの体育教師。やけに手回しがいいな。表に救急車が待機してるぞ」

「その手配は無駄になりそうですけどね」

「あら、藤堂さんが乗る救急車という発想はありませんの?」

「関節をブッ壊せば、あるかもな……だが太一郎。さっき件の藤堂くんを見たが、壊せそうか?」

「壊したりなんかしませんよ、彼は我が校のヒーローなんだから」

「……構わないんだぞ? 学校行事なんだから……」

「それでも壊しません。それがやわらの術ですから」

「勝てる自信はあるか?」

「藤堂くんに勝つことも空手に勝つことも考えていません。ただ……」

「ただ?」

「一途に技を振るうだけです」


ジャージに着替えた相田さんが帰って来た。

そして校内放送では、レポーターの放送部員が僕と藤堂くんの様子を実況している。

藤堂くんサイドは武道館……というか格技室に陣取っている。校内放送によると、顧問の体育主任がかなり厳しく檄を飛ばしているようだ。

きっと今ごろ藤堂くん、プレッシャーがかかってんだろうなぁ……。クラスでも無責任に囃されてたし。その上顧問の檄だもんなぁ。

控室レポートは、今度はこちらの控室。

放送部員は冷静に言う。


「こちらはまったく会話がありません。秘策の伝授も作戦や攻略法も伝えられず、面白くもなんともありません。以上、柳原太一郎選手のレポートでした」


校内放送の拠点は試合会場、体育館の実況席のはず。そしてその声は、試合実況とともにずっと校内放送されるそうだ。もちろん僕たちの控室にも、その声は届いている。


「ということですが解説の伊藤先生、これはどう見るべきでしょうか?」

「ん〜〜柳原も古武道ということだからね、秘策や作戦はすでに伝授されていて、いまさら念押しするまでもないというとこかなぁ?」

「つまり柳原サイド、秘策やシークレットは存在する! そう考えてもよろしいですか!?」

「確証は無いけど、不気味な落ち着きではあるなぁ」

「対する藤堂サイド、伊藤先生はどう見ますか?」

「こちらはもう、見ての通り気合十分。いつでも立ち合える姿勢ですけど、気負いすぎには注意ですね」

「なるほど、以上両選手控室での様子でした! 間もなく入場です!」


ここで放送部選出の音楽だろう。インストゥルメンタルの音楽がかかる。

同時に実行委員会の腕章を巻いた生徒が入ってきた。


「柳原選手、入場位置についてください!」

「よし、いくぞ! 太一郎!」


バケツ片手に草薙先生が立ち上がる。「はい」と僕もそれに続いた。

体育館に向かって、廊下を一直線。しかし体育館前通路には緞帳が下がっていて体育館入口を隠している。その緞帳の向こうで、体育主任の声がした。


「よし! 藤堂、一丁暴れて来い!」

「押忍!」

「円陣組め! ……行くぞ!」

「おうっ!」

「行くぞっ!」

「おうっ!」

「行くぞっ!」

「オーーッ!!」


ここで「これより空手部のホープ! 藤堂選手の入場です!」コールが入る。

音楽が止んで、一瞬の間。そして流れる入場曲。昭和末年から平成初期の伝説的OVA、巨大ロボット登場のときに流れた音楽である。


ドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデンドンデン♪


体育館入口が開かれたのだろう。ものすごい歓声があふれてくる。それもそうか。これから街中のケンカなんかじゃなく、本当に鍛え抜いた拳が炸裂する「お金を払ってでも見る価値」のある男が闘うのだから。そのことは実況席の放送部員も強調している。

しかし扉が閉ざされたのか、歓声はすぐに聞こえなくなった。


「お聞きの通りだ、太一郎。会場の雰囲気に飲まれるなよ」

「はい、草薙先生」


改めて深呼吸。案外本当の敵は、藤堂くんよりもこの「会場の雰囲気」という奴かもしれない。

緞帳をくぐって、体育館入口前。いよいよ僕の入場だ。


「続きして、古流柔術柳心水袋流! 柳原選手の入場です!」


ここで僕の入場曲がかかるのだけど、うん、知ってる。これはいにしえの特撮番組、現在もシリーズが続いている「光の国」からやってきた怪獣退治の専門家が、空を飛ぶシーンのBGMだ。


ターッタターターッタター♪ ターッタターターッタター♪ タータッタタタタ♪ タータタタ♪


これは僕に怪獣(藤堂くん)退治をしてくれってことなのか? なんともおかしな比喩だと、つい笑みがこぼれる。

そして僕も畳の上に上がる。大歓声だけど、僕の目は藤堂くんひとりしか見ていない。そして藤堂くんも、僕しか見ていない。


「気合入ってるね、彼。いい集中してる」


僕の耳元で草薙先生。

そして中央に集められて、試合前の注意事項。

両者紅白に分かれて正座、スーパーセーフとグローブを着用。


「両者立って!」


主審の声。


「はい構えて!」


僕は剣道のような構え。藤堂くんはフルコンタクトの構え。


「初めっ!」


主審の突きの動作で、太鼓が打ち鳴らされた。試合開始だ!




まずは両者出方をうかがうように……。

とはいえ、藤堂くんの初手は大体わかっている。稽古での雑巾がけを思い出しながら、影のように、音も無く間合いを詰める。一瞬遅れて、藤堂くんはピクリと反応。……よしよし、僕の前進は「起こり」が見えていないようだ。


「よろしい立ち上がりですわね」

「うん、空手の子は太一郎の起こりが見えていない」

「ということは?」


セコンドの声が聞こえてくる。相田さんが解説を求めていた。つまり、それくらい会場が静まり返っていたのだ。


「太一郎のペースで試合を運べるということさ」

「かなり有利ということですか?」

「本人がそれに気付いていればね」


気付いていますとも、草薙先生。ということで、まずは誘いの一足。やはり藤堂くんの反応は遅れている。

だけど迷いの無い、鋭い前蹴り。そしてその脚を畳におろさず、そのまま回し蹴り。

うん、これは何度も動画で見たよ。そしてその技が自分に向けられることも、十分に想定してきた。

左の前足による二段蹴りは、まず半歩横に移動してかわし、完全に横向きになることで回し蹴りもよける。つまり僕は、足捌きひとつで藤堂くんの真正面にポジションを取っていた。

そして藤堂くんが左足を下ろすより先に、真横(流派では真半身の状態)の突きを出す。

基本通りに上半身の力みを捨てて、コンニャクのようにだらしなく……どいぃぃぃんと……。


硬い硬い藤堂くんの腹筋。そこに寄りかかるような僕の突き。鉄板のように硬い腹筋の向こうで、内臓がムニョリと動く手応え。

効いてる。僕は確証した。そして藤堂くんは強烈なタックルでももらったかのように身体を「くの字」に折り曲げて、尻もちをついた。

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