94、切なさと嫉妬と不安(ノリコSide)
水曜日になってしまった。
鎌倉でのディナーショーから、ヤスシと連絡が取れていない。
師走に入り、元々ハードスケジュールだった上に、『オリーブ』の助っ人出演依頼がどんどんきて、毎日帰宅するのが午前1時を回っていたからだ。
会いたい、声が聞きたい・・・そう思っているのに、現実はままならなくて。
そして、水、木、金は『グランドヒロセ銀座』の『ひろ瀬』に出勤だから、ヤスシは横須賀には帰らなくて親戚の家に泊まる。
つまり、電話で話すことができない。
考えてみれば、まだ最後に会ってから1週間もたっていないのだけれど。
それでも会いたいという思いはつのって、胸が痛い・・・ような気がする・・・こういう気持ちをなんて表現するのだろう。
「ノリコ、さっき歌った『紫陽花ブルース』すごく良かった。切なさが表現できてて。俺が作った歌だけどさー、いい歌だなーって思っちゃったよー。」
歌番組の収録が終わって次のスタジオに向かう途中、運転をしながらミッチーがそう言った。
今日真矢さんは、緑川さんとに黄田さんの入院先で打合せをするため私の仕事についてこられなかった。
そのためミッチーが、スタッフとしてついてくれたのだった。
もちろんスタッフなので、変装はなしで名前も本名の相田 満だ。
でも次の収録現場は『オリーブ』が出演なので、私は助っ人として参加するのだ。
まぁ、賞レースを前に露出が増えるということはいいことなので、オファーをいただけることに感謝しないといけないのだけど。
褒められた言葉にあいまいに微笑む私を、バックミラー越しに見たミッチーは恋だねぇ・・・と、笑った。
こんなに苦しいのに、それを笑うミッチーにムッとしていると。
「会いたいのに会えない・・・そういう胸の苦しさを『切ない』って言うんだよ。自分の心の動きと向き合うことは、表現者としてとても大切なことだよ。もちろん、女の子としても・・・楽しいばっかりが、恋じゃないんだ。苦しいからこそ、恋・・・恋愛なんだ。といっても、俺の場合それを実感したのって、エミちゃんと出会ってからなんだけどねー。」
「何だ、最近じゃない。それでよく、これまでヒット曲なんて作れたよね?実感ないのに、曲なんてつくれるもんなの?」
ミッチー作の、大ヒット曲の数々を思い浮かべながら、変に感心してそう言ったら。
バックミラーに映るミッチーの眉が、一気に下がった。
「実感はなくても、経験はあるから。曲はできたよ。」
「経験って・・・え?ミッチーのってこと?」
「いや・・・俺の両親・・・というより、母親の。ずっとそばで、自分の夫に恋い焦がれて、舞い上がって、愛して、そして嫉妬して、夫がいない夜の切ない顔とか・・・あの人、マジ母親じゃなくて、ただの女だったからさぁ。最悪の子供時代だったけど、経験って言うか目の前でリアルな恋心を見せられて・・・それが貯金になって歌の材料になったなんてさ、皮肉だけど。」
ハハハと力なく笑うミッチーの声がいつもより苦く感じたのは、気のせいじゃないと思う。
でも、上手い言葉がみつからなくて、私は思わずため息をついた。
すると、ミッチーがハンドルを握りながらも左手をひねり、時間を確認すると。
「少し早いから、休憩していこうか。ノリコこのところ忙しいからさ、ケーキでも食べて元気つけよう!」
なんて言いながら、ウインカーを出した。
「相席いいですかー。」
ミッチーが休憩に選んだのは、『喫茶モシカ』だった。
そして休憩中なのか、私服のヤスシがカップ片手に、何かの本を読んでいた。
ミッチーの声に、面倒くさそうに顔を上げたけれど、ミッチーの隣に立つ私をみて、ポカンとした。
「久しぶりだな、座れよ。」
案内してくれたウエイトレスさんがいるからか、ヤスシは言葉少なに私に笑いかけた。
それなのに、ミッチーは。
「ホント、ひさしぶりー。あ、お姉さん、俺、ケーキセットでホットコーヒーとマロンケーキ。」
と、注文をしながら、さっさとヤスシの目の前に座った。
その様子に、ヤスシの目が半目になったけれど。
その顔が面白くて、クスクス笑いながら私もミッチーの横に座って、ウエイトレスさんに。
「私もケーキセットで・・・ミルクティーと、イチゴショートをお願いします。」
と、注文した。
ウエイトレスさんは私がメイクをしていたので風町リノと気が付き、ニコニコしながら『バーボンブルース』のレコードに後でサインもらえますかと逆に頼まれてしまった。
「忙しそうだな。まぁ、年末で賞レースあるもんなぁ。そりゃあ寝る間も惜しんでっていうやつか。」
ヤスシが本を閉じてカバンにしまうと、私の顔をじっと見つめてそう言った。
その様子に何となく違和感を感じたのは、いつのもブラックのホットコーヒーではなく、カフェオレを飲んでいるからだろうか。
「まぁね、今が頑張り時だからねぇ。それに、知ってると思うけど『オリーブ』がうちの事務所に移ったからさ、ノリコが助っ人をする機会もグンと増えて、確かにハードスケジュールなんだよー。」
私が話し出す前に、ミッチーがどんどんと喋ってしまう。
その様子に、ヤスシがムッとミッチーを睨む。
だけど、お構いなしにミッチーは言葉を続けて。
「だからさー・・・ノリコ、最近元気なくってさぁ。」
なんて、いい加減なことを言い出した。
慌ててそれを否定しようとしたのだけれど、ヤスシが眉をよせ。
「疲れてんじゃねぇか?体が資本なんだからよ、気をつけろよ?」
と、凄く心配そうに言葉をくれた。
そこまで、心配されるほど疲れているわけじゃないけれど、それでもヤスシが私を心配してくれたことが凄く嬉しくて、思わず微笑んでしまった。
すると、ミッチーがそんな私を見て、ニヤリと笑った。
「はい、元気回復。ノリコに笑顔がもどったー。やっぱり、愛は偉大だよねぇ。」
と、ミッチーがいきなりそんなことを言い出した。
もちろん、周りの目を気にして、ヒソヒソ声で言ったのだけれど。
「何だよ、それ。」
ヤスシが意味不明とばかり、ミッチーに突っ込みを入れたけれど。
私としては、ミッチーにズバリ心を読まれてしまったので、恥ずかしくてうつむいたら。
丁度、注文したケーキセットが運ばれてきて。
ごまかすようにケーキを頬張ったら、ヤスシが私を見てふきだした。
「ブハッ・・・おめぇ、鼻に生クリームついてんぞ・・・クククッ、落ち着いて食えよ。」
楽しそうに笑うヤスシはいつものヤスシで、さっきの違和感は気のせいだったのだと思った。
私が鼻をおしぼりで拭くと、ヤスシはようやく笑いが収まり。
俺も何か食うかな・・・と、ウエイトレスさんを呼んで、ナポリタンを注文した。
え、今もう14時をとっくに回っているのに、お昼ご飯を食べていなかったの?
驚いてヤスシを見ると、ウエイトレスさんがリゾットもできますよ?オーナーが富士見さん体調崩しているようだからリゾット用意しておいてと言われていますからと、気安い感じでヤスシに話しかけた。
それを目の当たりにした私は、ヤスシに連絡を取っていなかった自分を棚に上げて、ヤスシの体調を知るそのウエイトレスさんに、どうしようもないほど嫉妬した。
それはまるで、さっきミッチーから聞いたミッチーのお母さんのようだと、自分が自分でないような不安にかられた。




